第228話 涵泳。
今回は私が口出しする部分は殆どないままに状況がどんどんと進んでいく。
エアの言葉に思う所があったのか、盗賊だった青年二人と少女一人は真剣な顔でエアの説明を聞いていた。
冒険者とはこういうもので、こんな活動をするんだと。
気を付けなければいけない心得もあるから、今から教えるねと。
「助かる……」
青年はエアにそう言って顔を赤くしていた。
先ほどまで悪態をついていた相手に感謝を伝えるのは中々に恥ずかしいのかもしれない。
「ううん!気にしないでっ!肩を並べられる冒険者が増えるのは嬉しい事だからッ!わたしも嬉しいんだ!」
「うっ……」
エアの笑顔がよく効くらしい。青年は先ほどよりも更に顔を赤らめている。
そんな青年の姿を見て、彼の弟と妹は顔を見合わせるとにやっとした笑みを浮かべていた。後で弄られそうである。……ほどほどに。
ただ、街へと向かいながらのエアの話を三人は終わるまでは、無駄口一つせずに確りと聞いていた。
彼らの根の真面目さを見ていると、本当に冒険者になろうとしてくれている事に私も喜びを感じる。
はっきり言って、盗賊をやる者達はもっと緩いのだ。
彼らの様に一々『自分達は盗賊だから』と、『誰かを傷つけるのは、生きる為に仕方がない事なんだ』と、自分達を誤魔化し続け誰かを傷つけてしまった事を気にし続けたりはしない。
私が今まであって来た盗賊達や暗殺などを生業にする者達は、誰かを殺したとしても翌日にはもう覚えていない、というそんな者達ばかりであった。
正直、私の目からはこの三人は盗賊とは相性が悪かったと見える。
何の目的があって、彼らがそれを強要させていたのかは知らないけれど、彼らに盗賊働きをさせていた者達は大層見る目が無いと私は思った。
彼らはこんなにも真直ぐに進んでいける者達だ。コツコツと積み上げられる者達なのである。
エアから冒険者の心得を聞き、自分達で早速今後の動き方などを相談する彼らを見ていて、私もエアも抱っこされているバウでさえ微笑ましく思った。
思い悩みつつ、合わないその生業にしがみ付き、周りだけではなく自らすら傷つけている姿の歪さは見ていてとても悲しくなる。
一生盗賊であると語った彼らに笑顔はあっただろうか。
冒険者になろうと、前を見ている彼らは、未来を見据えて既にこんなにもいい笑顔をしている。
本人達にとっては何かしらの理由があり、仕方なさに囚われて他の道に行く事を選べずにいたのかもしれないが、周りから見ているとその違いは良くわかるものだと思った。
もちろん、盗賊だからと言って、その生業を一概に全否定したりはしない。
盗賊達の中にも、隠された役割を持つ者が居る時があるからである。
まあ、傷だらけで逃げて来た彼らにその可能性は無いとは思うが……。
なんにしても、彼らはエアに引きつられて冒険者の道へと歩みだした。
その事に私は幸いを感じる。
結局、昨日はほぼ移動もしなかったので、予定よりも一日後に私達は近くの街へと着いた。
ただ、視た所至って普通には見えるけれど、この街はなんとなく煙臭い場所だと私は入った瞬間から思った。
そして、案の定その予想もあたり、私達の姿を見た者が暗躍する気配を感じる。
……いや、正確には『私達』と言うよりそれは『三人の青年達の姿』を見た瞬間からであった。
どうやらその暗躍している者達を魔力で良く探ってみると、この街は色々ときな臭い場所であることが分かる。……ふむ。
面倒事に巻き込まれるのは正直言って面白くない。
この手の輩は宿にも平気で忍び込んでくる。
宿屋の者も責任をもって居るものばかりではない。
金次第で私達の情報を渡して、深夜の襲撃の手助けをする者がこう言う雰囲気の街には居る事が多い。
他の宿泊客を含め、周囲へと余計な迷惑をかけてしまうかもしれない事を考えれば、この街では必要最低限だけ行動したらすぐに出た方が良いだろう。
「──ロム、わたし今日はまだ明るいし先に進みたいなっ!……冒険者ギルドへと寄ったら、また直ぐに旅に出ない?」
すると、突然エアはそう言って、私の手を握って来た。
「……ああ、そうだな。私も丁度そう言おうと思っていた」
私はエアの手を一度握ると、エアもギュっと握り返してくる。
ちゃんとエアも周りの状況や街の空気を感じ取れていたらしい。素晴らしいぞ。
ちゃんと魔力で探知も出来ているのだろう。
すぐさま街を離れる事の提案と確認を取って来たエアの冒険者としての成長を感じる。
私に言われる前にちゃんと自分から動き始めた事に私は感動も覚えた。
ただ、青年達には街に入る前に、予定としてこの街で宿を取って休む事を伝えていた為、エアのその急な提案に首を傾げて、私が直ぐにそれを了承した事で『えっ?』と少し不思議そうにしている。
彼らはまだ気づけなかったらしいが、大丈夫。こう言うのは経験だ。その内に分かればいい。
……とりあえず今は、少し急ぐことにしよう。
だが、そうして入ったギルドの中で、青年達の冒険者登録と、いつも通りに旅の報告を簡単に済ませようとしていた私達は、また少しだけ面倒な事に巻き込まれそうになった。
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