第227話 発人。
「あなた達に盗賊は合ってません。あなた達に本当に合っているのは冒険者ですよっ」
「…………」
翌朝、エアの目の前には盗賊三人がブスっとした顔で面白くなさそうにしながら座っていた。
そりゃ確かに、昨日ボコボコにされた相手と対面して嬉しい訳はないだろう。
それもいきなり『貴方達に盗賊は合ってない』と、盗賊である彼らに言っても、素直に彼らが受け入れられるとは到底思えない。
だが、それこそがエアが話を進める上での話術作戦である事を私はちゃんと分かっていた。
きっと、口下手である私とは違い、ここから上手く説得に──
「──冒険者は凄い楽しいんだよっ!それに……凄く面白いっ!それに楽しいしっ!つまり、面白くて凄く楽しいっ!」
「…………」
『あれっ、旦那』『これってっ!』『デジャブ?』『どこかで聞いたことがある様な?』
……さて。なんの事だか私には分からないな。
エアの弁舌は完璧であったと私は思う。
エア、本当に立派になった。素晴らしい以外に言葉が無い。
『だめだ、既に旦那のポンコツが発動している』『親ばかならぬエアばか状態っ!』『全肯定』『エアちゃんもこんな部分までそっくりになって、微笑ましいですね』
自信満々に説明するエアの言葉に、精霊達も嬉しそうに笑っている。
ただ盗賊三人は聞く耳もたず、どこか諦めているようにも見えた。
「どうせ、俺達は街に着けば兵舎にでもつきだされるのだろう?そうして俺達は縛り首だ。良くてどこかの炭鉱で死ぬまで強制労働か?……はは、なんて素敵な人生だ」
「だからっ、冒険者になれば──」
そう吐き捨てた青年は、エアが説明途中でもあるにも関わらず失礼にも顔を背けると、私の方へと顔を向けてきて伏目がちに頼みごとをしてきた。
『魔法使い様。どうか妹と弟だけは見逃してくれませんか?俺はどうなっても構いませんから。魔法の実験にでも素材にでも何でも好きに使ってください。だから──』と。
当然、それに対してもう一人の青年と少女はすぐさまに反発した。
だが、当然私はそんなどちらにも無言を貫き相手をせず、エアへと視線を向ける。
今は私の出番ではなく、エアに全てを任せているのだ。口を出す事は一切しない。
「むーーっ」
ほら見て見ろ。エアの頬が膨れてしまっている。ちゃんと話を聞かないからだ。
私は彼らを冒険者に誘いたいと思ったが、それは何もエアよりも彼らを優先してまで為したい事ではないのである。
私になど話しかけてないで、ちゃんとエアと話をして欲しい。
「盗賊がそんなに好きなの?嫌なんじゃないの?それでしか生きていけないって本当に思ってるの?」
「うるさいっ!そう言った筈だ。俺達は盗賊なんだ。それ以上でもそれ以下でもない。そう育てられ、そう生きてきた。嫌だとしても、これまでずっとそう生きて来たんだ。そして、それは今後も変わる事はない。一生俺達は盗賊なんだっ。決して冒険者じゃないっ!」
『あー、この言い方はなるほど。そう言う事か』『確かにこの泥臭さは』『気に入った理由』『うんうん。基本的に『信念を貫く人』というのがお好きですからねー。間違いないかと思います。分かる気がしますね』
……ちょっと君達。分析するのは止めてくれないか。私にだって羞恥心はちゃんとあるんだぞ。
「……ねえ、あなた達は盗賊として生きてきたんだよね?」
「そうだ。それ以外の生き方をした事はない」
「そう。……でもあなた達、あの時に、自分達は寒さで死んじゃったって思わないの?」
「…………は?」
「だから、今居るあなた達は、ロムの魔法で生まれ変わった綺麗な身体のあなた達なの。だから、昨日の戦いでも前と同じ動きができなかったんじゃない?三人がかりで襲い掛かったのに、バウを抱えている私に一発も攻撃を与えられなかったし。違和感はなかった?それはきっと、身体がもう違うからだよ?」
「……な、なにを言っているんだ?……俺たちが、生まれ変わった?ばかなっ」
「本当だよ?身体、ちゃんと見て見れば?もう傷なんかない綺麗な身体だから」
「はあっ!?なにをばかなっ。そんなはずがない………。………はっ?う、うそ、うそだ。ここも、これも、ない。こんな、なんでっ!!あんなにっ──」
「──この十日間、全然気づかなかったの?あなた達は、三人共揃って一度ほぼほぼ亡くなってたんだよ?だから、『自分は一生盗賊だ』ってあなたは言ってたけど、それは前の貴方達の話で。今はもう新しい身体のあなたなんだから、それには当てはまりません。だから、冒険者として生まれ変わってもなんの問題もないの。だから、三人で街に行って、のんびりとした日々の中でゆっくりと癒されながら生活してみればいいよ。盗むとか奪うとか、そんな事をもう気にしたり、イライラしたりしなくていい生活をするの。兄弟みんなで笑い合って生きていけばいいんだよ。ちゃんと今度こそは幸せになりなよっ!みんな一緒にっ!」
「…………」
この十日間。彼らは必死で生きるための策を練り計画を立て、行動し続けていた。
きっと自分の身体の変化など気づけていないとは思ったが、案の定であったらしい。
青年は、自分の弟と妹の身体にも傷が一切ないという事を知ると、自分の口を押えて『……うっ』と小さく声を詰まらせた。
『ほぼほぼ亡くなっていた』か、亡くなっているとは言っていないもんな。
エアが話していた言葉に嘘はなかった。
けれど、正解をそのまま話している訳でもなかったのである。
傷を完全に癒やして、綺麗な身体に戻ってはいるけれど、それは蘇らせたとか言うわけではないのだ。
説明するまでもなく、彼らはただギリギリ死んでいなかったから助かったに過ぎない。
そんな『ほぼほぼ亡くなり』状態だったから、回復が間に合っただけなのである。
だが、それを知らない三人にとっては、本当に自分たちの身体が新しく作られたかのように感じられたようだ。
一般的に、一度古傷となってしまえば身体がその状態を正常だと認識してしまい、古傷は【回復魔法】を使っても効果が無いと知られている。その事も影響しているのだろう……だがまあ、本当は技量次第でなんとか出来たりするのだけれど、確かにあれはかなり難しかったと私も思う。
微妙な言葉遣いだけで彼ら三人に少し勘違いさせて信じ込ませてしまったエアの弁舌というまやかしは、本当に素晴らしかった。
……そうだ。ついでにおまけして本当のまやかしも使っておく事にしよう。
彼らの昔のきつい記憶だと思われる部分に少しだけ。まやかしでぼかしをかけておく事にした。
そうする事で、彼らが不意に思い出したり、苦しんだりする機会は減るだろう。
「……だが、俺達は許されて良いのか?これまでに沢山の人を殺してきた。その罪は生まれ変わったとしても。償い続ける必要があるんじゃないのか」
「だからこそ、冒険者なんでしょ!誰かを救い、助け、役に立つための職業だよっ!前の自分達の罪なんか全部帳消しにしちゃうくらい頑張ればいいんだよッ!」
「それが俺達の償い、になるのか?」
「うんっ!──あっ、でもね。更にもう一つ忘れちゃいけないのが、他の人達を幸せにするだけじゃだめなんだっ。自分達も幸せにならなきゃ」
「……俺達も?そんなの償いにならないんじゃ……」
「自分達を大切に出来ない人に、他の人を大切に出来ると思う?自分や大事な人の温かさを知っているからこそ、他の人を温めてあげられるんだよ?……ほらっ。ねっ、そうでしょ、ろむ?」
「ああ。そうだな」
『おおっ』『おーっ!』『おっ』『まあっ!』
エアは私の片手の中へと手を滑り込ませ、ぎゅっと手を握りしめて来た。
繋がった手を三人へと見せびらかす様にして前に出すエアは、私の顔を覗き込むと、また無邪気に微笑むのである。
「あなた達は、ロムがきっと良い冒険者になるだろうって言ってた。世界で一番凄い魔法使いの言葉なんだから、信じて。頑張ってみて。誰に恥じる事も無いから。全力で、笑って生きていって」
「…………」
綺麗な微笑みを浮かべる今のエアを、何か別の言葉で言い表すとするのならば、きっと女神が相応しいだろう。
目の前の三人はエアのその笑顔にきっと惹かれていた。
私はきっと、誰かの人生が変わる瞬間を今、目にしている。
『世界で一番凄い魔法使い』だなんてエアは私へと言ってくれたが、私は三人の様子を見ていて、本心からそれはエアにこそ相応しいと思った。
だって、エア以外の誰に彼らをここまで変えられる者がいただろうか。
私にだってきっと無理であっただろう。精々がまやかしを強く掛けて、無理矢理変える事しか出来なかった。
だが、エアは言葉だけで素敵にも彼らの未来を笑顔溢れるものに変えてしまったのである。
同じ魔法使いとして、そんな素晴らしい事が出来るエアを、私は心から誇らしく思うのだった。
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