第224話 分別。
「危ない所を助けて頂いた様で、心より感謝いたします。魔法使い様」
翌朝の事だが、青年二人が目を覚ました演技をして起き出してくると、微笑みながらそう話しかけて来た。一見すると好青年である。
彼らは近くの村の者だという話で、『今年は作物の出来が悪く、身売りしなければ村の皆が食べていけないという話になり、身売りに出されそうになった所をこの三人で逃げ出して来たんです!』、という話を私達が尋ねてもいないのに語りだした。
その間、手足が寒風に晒されて痛みどれほど辛かったか、食べ物も無くてどれだけ怖かったかを青年達は語り、私達が助けてくれなかったら間違いなく死んでいたと、だから助けてもらった恩をどうか返させて欲しいと頼んできたのである。
そして、最終的には『仕えさせてください。魔法使い様』と言って、私へと頭を下げて来た。
「……すまないが、断る」
だがまあ、私の答えはそれ以外無かった。
彼らは『これだけ丁寧に頼んでいるのに、断るのかこのエルフめ……』と、ムッとしているかのような表情を一瞬だけしたけれど、直ぐに表情を変えて、再度諦めないとばかりに言葉を尽くしてくる。
『魔法が使えるわけでもなく、足手まといだとお思いでしょうが、せめて身の回りの世話だけでも……』とか、『非才なこの身では役に立てることなど高が知れているでしょうが、奴隷の様にこき使ってくだされば……』等々、段々とその遜り具合も強くなって来た。……君達、さっき身売りが嫌だとかで村から飛び出したって言ったばかりではなかったか。
「……再度告げるが、断らせて貰う」
「何故ですか!」
「なんでもします!絶対にお邪魔はしませんので、何卒……」
青年達は真剣に頼んで来るが、少女だけは『あー……』と何かを察した顔をしている。
青年達はそれが何かをまだ知らない様で、少女にも顔を向けると、『ほらっ、お前も一緒に頼むんだ』みたいな事を言って促していた。
だが──
「──君達、盗賊なのだろう?」
「…………………………はい?」
その私の一言により、長い沈黙の果て、青年達はその人好きしそうな笑顔を一瞬で──ピシリと凍り付かせて固まってしまった。
「……す、すみませんが、良く聞こえなかったので、もう一度……今なんて、おっしゃったのでしょうか。魔法使い様」
盗賊青年達は、私の言葉が聞き間違いかと思ったらしく、もう一度尋ねて来た。
なので、私は彼のその要望通りに、もう一度ハッキリと告げてあげる。
『そちらの少女が目覚めた時に、私達に金目のものを出せと口を滑らせていたのだ』と。
すると、青年達二人はくるりと少女の方へと向き直り、少女はそんな二人が居ない方向へと身体ごと向くと青年達からサッと顔を逸らしている。
そんな少女の姿を見た二人は、暫くお互いに見つめ合うと、視線で『どうしようか』と意思疎通を取ろうとしているのがよく分かった。
『武器はないけど、ここでやりあうか』それとも『三人で今すぐ逃げ出すか』と悩んでいるのが、聞かなくても丸わかりである。
「…………」
だが、今回ばかりは私にも思惑があった為、今すぐ彼らをここでどうこうしよう等とは思わなかった。
確かに『金目のものを出せ』と言われはしたのだが、言葉を返せばそれだけであったのだと。
少女も襲い掛かって来たわけでもないし、青年達が夜襲を仕掛けてきたわけでもない。
だから、君達を盗賊と断定するにはまだ少し早計だったかもしれないと私は話した。
それに、少女がそんな事を言ってしまったのも、余程腹を空かせていたから仕方なく、という理由も考えられるだろう。
腹が空けば人は誰でも同じ様な行動をとるものだ。
普段は無害な街の者だとしても急に凶暴になってしまったりするのである。
……だから、まあなんだ。
君達も腹が膨れれば、落ち着くのではないだろうかと思った。
そして、近くの街までは一緒にこのまま君達を連れて行こうかと思ったのである。
そうすれば、盗賊だなんだという問題もそこの街に辿り着くまでの道中で判断する事が出来るだろう。
「……なるほど。そうですか。わかりました」
言っておいてなんだが、私のその言い分は大変に怪しく『他にも何か思惑があるぞ』と言っている様なものであった。
現に、それは青年達にも分かっていたのか、彼らは口では了承を告げながらも猜疑心が隠し切れていない様な表情となっている。
彼らの顔からは『いったい何を企んでいるんだ』と言う言葉が今にも聞こえてくるようだ。
「──じゃあ、そろそろ朝ご飯にしようかっ!」
「ばうっ!!ばうばうっ!」
だが、そこで丁度良くタイミングを見て声を掛けてくれたエアとバウによって、私達はその後一緒に食事をとり、終わったらまた先に進む為に歩き出す事になった訳なのだが、世の中でも中々に珍しい『冒険者と盗賊』と言う、本来は敵同士である筈の二組の不思議な道行きが始まったのであった。
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