第221話 不解。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『第二の大樹の森』へと私達は【転移】を使って戻って来た。
戻った私達はすぐさま、森に囲まれた街へと赴き、そこで数日を過ごした後、羊飼いの少年達の大事なイベントである『結婚イベント』へと参加してきたのである。
本来は各家庭でひっそりとやる筈だったそれも街全体で行われたパーティによってかなり多くの人が夫婦になれたという事で、こちらも街全体で芽吹きの祝いと共に大規模で開かれたのであった。
本来は芽吹きの季節は色々と忙しい筈なのだが、『燻製祭り』が無かった事をふまえて開催する事にきまったらしい。
もしそうでなかったら、私達だけでも羊飼いの少年とその妻となる少女の家族達の分だけのお祝いをしようと考えていたが、街全体でやるのならばそちらの方が良いかと思い、私とエアとバウはただただ観客の一人として、幸せそうな彼らを見守る事にした。
当然、彼らには祝いの言葉もかけに行き、寒い季節の間は全く姿を表さなかった私達が、彼らを祝う為だに帰って来たという事をしると、殊の外嬉しそうにしてくれていた。
彼らは私達に感謝を伝えてくるが、私達が帰って来たかっただけだし、祝いたかっただけなので気にしないで大丈夫なのである。
ただ、羊飼いの少年にいたっては、あれだけ我慢が得意だったにも関わらず、また少し泣いていまっていたようにも見えた。
隣に居る少女が笑いながら慰めているのを見て微笑ましく感じる。
少女の家族はお父さんも姉妹達も、全員が結婚する為にかなり大変そうであったが、その分だけ幸せそうにも見えた。
あまり全体的に詳しい事まで話さないのは、どのシーンでも羊飼いの少年が今回は……だった為、恥ずかしがるからである。
私達から言えるのは、とにもかくにも良い式であったという事であった。みなおめでとう。
そうして、そんな式も終われば、また新たな一年がそれぞれに始まる。
みな忙しくなるだろう。私達も次なる大陸に向けて歩き出さなければいけないと思う
……ただ、挨拶だけは確りとしてからいく事にしよう。
「……ロムさん達は、もうここには帰ってこないんですか?」
そう言うのは、羊飼いの少年であった。
寒い季節の間はずっと私達は『白銀の館』に居て、こっちに居なかったから『存在も忘れられてしまっていたりもするかな?』と、この街に戻って来るまでは少しだけ心配に思っていたけれど、ちゃんと皆忘れていなかったようである。
「忘れるわけないでしょっ」
ないらしい。
隣には可愛らしいドレスをまとった三女の姿もあり、仲睦まじい様子を伺い知る事が出来る羊飼いの少年はまた少し立派になったようにも見えた。
この姿には、後ろにいる三女のお父さんや、二人のお姉さん達も微笑んでいる。
それは旅をしている上ではよくある事なのだ。
基本的に、冒険者と言うのも色々な人達との一期一会を大切に感じながら、日々を生きるのである。
「だから、達者でな」
「わかりました。ロムさん達もお気を付けて。いつでも帰った時には僕の家に来てくださいね。いつでも歓迎しますからっ」
また会う日はそう遠くない内に来るかもしれないと私は思った。
なんにしても有難い話なので私達は感謝しながら、街を出て行く。
来たばかりではあるが、元々の用事もこのためだけに来たので問題ないのだ。
皆さよなら、どうか健やかで。
「──それでエア、どうしたのだ?」
再び森へと戻り歩き続けている私達であるが、その途中で私はそう言ってエアに具合を尋ねてみた。
白い糸目のプニプニドラゴンのぬいぐるみを負んぶしながら、エアは『なにが?』と言う風に逆に首を傾げて問い返してくる。
『別に何も無いよ』と言いたげではあるが、私はその状態のエアを見て、『何も無い』とは到底思えなかったので、何かを悩んでいるのだろうと感じ取ったのであった。
まあ、その理由としては普段のエアの表情と言うのは基本的に無邪気にいつも微笑んでいる為、逆に真顔で真剣な状態と言うのが珍しかったりするのである。……因みに、魔法の練習に打ち込んでいる時にはその限りではない。
だが、今はそんなきつい魔法の練習をしているわけではないので、その表情は私にとって『あー、これは何かがあったんだな?』と気づくには充分過ぎる程の大きな異変なのであった。
「……ねえ、ろむ」
「なんだ?」
すると、エアは悩みを打ち上げる気になったのか、ぼそりぼそりと自分の考えを話し始めてくれた。
最初はふと思った事が始まりで、そしてこの前の聖人の件の影響も大きく関係している出来事らしい。
……まあ、それがなんなのかと言えば、なんとそれは『死生観』についてであった。
そんな事を考えるまでエアの精神が成長し、関心を持つ様になったという事を、私は喜ぶべきなのかもしれないが、これはとても難しい話でもある。
『死んだらどうなるの?生きるってなんなの?』と、そんな単純だけど複雑な問題が、ふとエアの中で大きな疑問となったらしい。
屋敷にて老執事が亡くなってしまいそうになった時の、あの喪失感や、その後の復活した時の安堵感。
そして聖人と私の特別な死後の関係性。
こっちに戻って来てからは、数多くの人達の幸せそうな結婚の姿を見て、エアの頭にはふと『幸せ』ってなんだろうと、過ったのが始まりだったのだという。
そして『死』については考えれば考える程、怖くなって、いくら考えても答えが出なくて、もしあの時に亡くなってしまいそうになっていたのが老執事ではなく私だったら……とか、そんな事を考えると、エアは良くわからなくなってしまったのだとか。
……そんな話を聞いて、私も少しだけ『なるほど』と思った。
何故ならば、私はそこまで『死』については悩んだことが無かったからである。
「ないの?」
「ああ。ないと思う」
そんな余裕が無かった。と言った方が正しいのだろうか。
そして、それはきっと周りの者達も似たようなものだろう。
「わたしが、変なのかな?」
「いいや、違う。そうではない」
エアが変なわけではない。
それがただ単に、とても大きな問題である為である。
つまり、エアの様にその問題を大きく捉える前に、皆今日の事や、明日、数日後、数年後、そして、子供達がその先はどう生きていくのだろうかと、もっと具体的な部分に焦点を当てて、分けて考えているのだと思う。
正直言って、『考えても分からないから考えない』と言う者も多いのではないだろうか。
そして、大概は皆、その事よりも今この瞬間が忙しかったり、何かに夢中になっていたりして、『死』について考える余裕があまりないのだ。……基本的には私もそうである。
それに、だいたいはその代わりに、『とある事』を先ず考えるから、そちらに夢中になる筈だ。
「それってなに?」
「それは、『幸せ』についてだ」
エアもふと頭を過ったと言っていたが、大体は先ず『どうしたら幸せになれるのか』と言う事を思い浮かべて、その為に何かしらの行動をし始める。
私は長き泥を這いずり回った冒険者時代において、常に考えていたのは『どうすれば生き残れる』のかと言う事だった。……あの瞬間は、それだけが私にとっての『幸せ』だったのである。
その為に、使えもし無い武器だろうが、何だろうが全部を使ったのだ。
その間の私は『死』とは何だろうと思い悩む暇も無かった。
何せ、それは常に傍にあった。
問う必要も無かったとも言える。
「じゃあ、死ってなんなの?」
「長年冒険者として生きて来た立場から言わせて貰うが、私にとっての死とは、『想う事や考える事をしなくなり、完全に立ち止まった時』の事を言うのだと思う」
老執事もあの時、最後まで私達の事を考え続けてくれた。想い続けてくれた。
だから、私はそんな彼の想いに応える事が出来た。
あれは私だけが頑張ったわけではなく、老執事も諦めずにずっと立ち止まらなかったからだと、私は思っている。
それにエアも、あの瞬間は私に期待し、想い続けてくれただろう?
あれはきっと『幸せ』について想ってくれていたと思うのだ。
どうか『幸せ』が失われないよう、私に守って欲しいと、な。
結局の所、私は人が恐れているものは『死』ではないと思った。
きっと皆、『幸せ』が失われる事を恐れるのだ。
だから、エアも『死』について考えるよりも『幸せ』について考えれば、先の疑問や不安が無くなるのではないだろうかと、私は考える。
「エアにとっての、『幸せ』とはなんなのだ?」
「なんだろう。……わたし、分からなくなって来ちゃった。……ロムは?」
エアは私の質問に対して困った表情を浮かべた。
一応、今回は言葉は尽くしたつもりだったけれど、私の口下手具合ではまだまだエアの疑問をすんなりと解消させるには至らなかったらしい。
だがそうか、私にとっての『幸せ』を聞けば、少しは参考になるだろうか。
……因みに、それはとても簡単だ。
「エアの笑顔を見る事だな」
「……えっ?……」
「エアの笑顔を、見る事だ」
「…………」
正直な話、この手の哲学的な話は私は大の苦手な分野でもある。
物事はもっとシンプルで良いと思うのだ。
だから、素直にそのまま答えたのだが……エアは『ポケ―っ』と遠くを見つめて呆けだしてしまった。
どうやら、イマイチ理解は得られなかったらしい。……参考にはならなかったようで、残念である。
『あーあ、どこかで見覚えがあるぞこれ』『あっ』『あっ』『あっ、エアちゃんがまた知恵熱でも出してしまいそうな顔色に……』
なんとも難しい問題だと再度思った。
ただ、こういう時には、言葉を重ねてもっと丁寧に話した方がいいと以前に教訓を得ているのである。
だから、もう少しエアに説明を重ねようか。
つまり、この手の問題は正解が一つじゃないのだ。
人それぞれ違ったりもする。
だから、これはあくまでも私の意見でしかないのだが──
「私の『幸せ』はエアが笑っている事だ。だから──」
「──っ!?」
……その後、何故か私は『三度も言わないでいいからっ!』と言われ、何時の間にかエアの逆鱗に触れてしまっていたらしく、プリプリと怒られ続けるのであった。
……解せぬ。
またのお越しをお待ちしております。




