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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第217話 暮雲。



 教会の外へと出てみれば、先ほどまでは昼前だった筈なのに、既に日が暮れようとしていた。

 感知できていたけれど、あの状態のなんとも燃費の悪い話である。


 あれ以上居れば、『領域』の問題によって、自己を失っていたかもしれないのに……彼も無茶をするものだ。

 ただ、急いで切り上げたから、彼も被害を受けたりはしていないだろう。



 だがやはりあれは、そう言う事なのだろうな……。

 折角の懐かしい友からの忠告だ。気を付ける事にしよう。



 ……因みにだが、彼のあの状態は死んだ後に復活したり、生まれ変わったり、魂だけの存在になったわけではない。

 死しても尚、存在する事は、本来はあり得ない。


 だが、死する直前でその存在が変われば話は別である。

 そうする事で一般的には死んだように見せるという"まやかし"を使ったのだろう。



 まあ、変わった先がなんであるか等は大した問題ではない。

 基本的に、ああ言う存在を神や悪魔なんて呼んだりもするが、あれらは殆どまやかしだ。

 呼び名こそ違うけれど、その中身は殆ど変わらない。どちらも危うき存在なのである。



 ただ、そう言う者達は、極稀にこうして姿を見せる事があるのだと聞いたことはあった。

 俗に言う『顕現』だ『降臨』だなんて言われている現象である。ただ基本的に滅多にはしない。


 もちろん、それは早々容易く出来るものではなく、かなりの魔力を消費するからだとも聞いた。

 よって、基本的にこんなのは短時間が常識である。なのに、あの男は長居をしようとしていた。恐ろしい話である。



 彼らは精霊達とはまた違う『領域』があり、それを管理する者達だ。というのが魔法使いの世界では有名である。まあ一般常識の類だな。



 それに、間近で見て思ったが、あれはきっと管理だ、なんだなどとはまた別の……。

 いや、今はいいか。


 ただ、そんな管理する立場の者に、『領域』に囚われる存在に、彼はなっていた。

 そして自身でハッキリと『聖人』であると言っていたな。彼もまやかしから実を得たのか。


 だが、聖人になった事を後悔している様な発言をしかけていたけれど、あのままでは『領域違反』になって消えていてもおかしくはなかったぞ?もしかして、本当に消えようともでも思っていたのだろうか。



 ……そうだとしたら、なんとも悲しい話だ。

 だが、まあ自由になったとも言っていたし、これからはどうにかするだろう。

 あの男は、そんなに軟ではない。

 なにせ、ただその身体と教えと【浄化魔法】一つで、世界で最も多くの人々を救ったまごう事なき、凄い奴なのだ。



 世の中で聖人と彼が呼ばれ、皆が崇めてしまうのもその功績を考えれば納得ではある。

 ……まあ、彼は私が聖人と呼ばない事を嬉しそうにしていたが、それもまた当然であった。



 私は彼の事をよく知っていたからである。そしてその考え方も尊重していた。

 彼は汚い奴には容赦がない。良い奴だが決して善人じゃない。

 とても独善的な、ただただ普通の綺麗好きな男だ。

 聖人なんて大層な言葉は似合わないと私は思っているからである。



 『責任なんか知った事かと、俺は俺の好きな様にやるだけだ』と、そんな男なのである。



 ……だが、まあ嫌いじゃなかった。

 地味に真似もさせて貰っていたりもする……あ、いや、ここでこの話は終わりにしよう。



 だが、最後に一つ、説法の云云かんぬんは本当に止めて欲しいと思っている。

 それも聞けば泥の魔獣の逸話はかなり有名だそうだとか、全くこちらとしてはいい迷惑であった。

 私がその『泥のなんちゃら』だともし誰かに知られたら、彼の所の信者が騒ぎだしたりするんじゃ──



「──お待ちくださいっ!『泥の魔獣様』っ!」


「…………」



 ……あれ?そう言えば、この少女もその信者の一人なのか。

 彼女には、彼が教えてしまったという事だな……ふむ、どうしよう。


 もう正気に戻ったのか。戻ってしまったのか。私が帰ってから目覚めてくれればよかったのだが。




「まさか、かの伝説の存在がエルフの方だったとは思いもしませんでした!聖人様との仲良さげな遣り取りも、うすぼんやりとではありましたが、私も確りと感じておりました!間違いなくご本人様なのですねっ!……私は浄化教会の者ですが、今回は聖人様からの思し召しにより、貴方様が『泥の魔獣様』である事は他者に触れ回るのを禁じられております。ただ、やはりわたしどもと致しましては是非とも教会へとお迎えしたく──」



「──結構だ。断らせて貰う」



 ……嫌な予感がヒシヒシと伝わって来る。

 この手の関係者がとてもしつこい上に話が長いというのは、昔からの伝統と言っていい程にお決まりであった。



 だから、少女の『待ってください』と言う呼びかけにも、私は一切待たず、スタタターと早歩きで街へと向かって歩いていく。構っていられない。もう夕暮れだし早い所街にも戻らなければいけないのだ。

 皆の夕食時間も遅れるし、バウの食事を用意できるのは現状で私だけなのである。



「お待ちくださーーいっ!泥の魔獣様---ッ!」



 ただ、大声で叫びながら少女も走って追いかけて来る。……おいおい、叫ぶのを止めてくれ。

 まったくっ、誰かが聞いていたらどうするのだ。

 それを聞かれて私が街に居づらくなったらとても困るのだぞ。



「泥の魔獣様ーーっ!泥の魔獣様ーーッ!」



 だが、そんな私の想いは届かず。

 それに、こんな街の近くでも変わらず叫び続けている事から、彼女が言った先ほど『聖人様からの思し召しだ』なんやかんや言っていたが、そこに契約が使われていないのは明らかであった。



 ……あの男め、めんどくさがって魔力を使わず本当にただの口約束をしただけなのではないか。

 私はもう言葉自体に勝手に魔力が宿ってしまうが、浄化以外は逐一普通の魔法使い同様に魔法を使わねばならなかったのだろう。

 まあ、今回は大変な状況での事であったから、単純に忘れていたのかもしれない……これ位は仕方がない事か。



「……叫ぶのを止めて欲しい。話があるのならば、少し時間を取ろう。だが、その代わりに私の事は誰にも漏らさないと約束して欲しいし、話が終わったら追いかけたりもしないで欲しい。それでどうだろうか?」


「は、はいっ!もちろんですっ!この度、聖人様の『神託』を受け取るという幸運に恵まれたばかりか、まさか伝説の『泥の魔獣様』にまでお会いできるとは、まさに夢の様で──」



「分かった分かった。だが、歩きながら話そう。街には入りたいのだ。話はそれまでで構わないな?」


「はい!わかりましたっ!」



 うむ、素直。契約も完了した。

 そして、そこからの私達はまあ、よくある押し問答と言うか、強引なセールスとそれを断り続ける客の構図と言うか、まあそんな感じであった。

 街に入るまで時間が許す限りは彼女の話に付き合い、入った所で彼女は私から残念そうにしながらも離れていく。……どうやら悪意はなかったらしい。まあだからこそ厄介ではあるのだが……。



 因みに契約と言うのは基本的に、その相手に悪意があるのかどうか、その後の行動を見ていれば少しだけわかったりもする。

 善意ある者ならば、大抵は本人の無意識に働きかけてそっと契約通りに誘導してくれる様になっている。

 悪意ある者ならば、大抵はそのまま自由に動けるという仕様になっている。

 そうする事で、悪意ある者は契約を破る様な行動をそのままとり続けてしまう時があるのだ。



 もちろん、彼女がその事を理解しており、悪意があっても契約通りの行動を遵守していれば見分けはつかない。

 なので完全ではないけれど、まあ契約通りに動いているのならば、善意があろうが悪意だろうがこちらとしては関係ないので、精々契約は守って欲しいものである。



 とにかく、これで私は屋敷へと戻る事が出来た。

 屋敷に戻るとちょうど良い時間であり、昨日までと同じく平和な時間を過ごす事が出来て、エアにはなにがあったのかを簡単にだが話をした。


 すると、以前に『聖人の話』はした事があり、エアもそれをちゃんと覚えていた為、『会ってみたかったなー』なんて残念がってはいた。

 けれど、本来ならば会わない方が良い事なのだ。彼は仕方なく会いに来てくれただけなのだから。



 それに、彼じゃない可能性もあった。

 仮にもしそうであれば、私は大変に面倒な事に巻き込まれていた可能性も高い。


 彼らの存在がなんであったとしても、彼らの様な存在を消す事が出来る魔法使いを、普通はそのまま見逃すとは思えないからである。

 私でも羽トカゲなど、敵だと判断した相手は絶対に見逃す事はしないので、それと似たようなもの。



 だから、彼以外が説明役?というものを受けていれば、必ず私と出会った時点で何らかの争いが起きていたと思う。

 彼は色々と配慮してくれたのだろう。

 どうしようもない事は多かったとは思うが、それでも私を気遣ってくれた彼のその優しさを私はありがたく思った。



 そして、出来る事ならばもう二度と相まみえない事を願うのみである。


 ……なぜかって?次は必ずそんな彼とでさえ争いになるだろうと、私は予測しているからだ。


 そして、もし戦闘になれば、私は私自身と私の守りたいものの為に、全力で彼でさえ消し去ってしまうだろう。


 私は優先順位を決めているから、その瞬間が来ても迷う事はない。

 それは彼も同じだ。

 そもそもが本来あそこまで注意喚起を寄越すような男じゃない。

 それがそのまま余程の状況になるかもしれないという暗示でもある。



 それに、あれはきっと別れの挨拶でもあった。

 私と彼とは、生死の境以上に、もうそれだけ遠く離れてしまったという事である。



「──そっか。じゃあ、もう会わない様にしなきゃねっ!」



 そうだな。

 やりたくない事をやらない為にも、全力は尽くさねばならないだろう。

 本当は彼を消したくなんか無いのである。

 



 ──だがまあ、そうは思っていても、事態と言うのは勝手に進んでいくもので……。


 次の日、白銀の館には黒いローブを着た二人の人物が訪ねて来たのであった。

 



またのお越しをお待ちしております。

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