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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第216話 雲泥。



 昨日に引き続きエアとの買い物の途中で、私は見知らぬ人物から『"泥の魔獣"に言いたい事があるから、一緒について来て欲しい』と囁かれた。



 私は『泥の魔獣……』と、口の中でその言葉を反芻する。

 その言葉の意味を知ってはいたが、それを理解するまで、飲み込めるまでは、少しの時を要したのであった。


 私の事をそんな風に呼ぶ人物について、私は一人しか思い当たらない。

 だが、その人物がいるわけが無いのだ。

 彼はもう数百年は昔に亡くなっているのだから……。



 "綺麗"な黒いローブを着たフードで顔を隠した人物は言いたい事だけ言うと、人混みに紛れて素早く遠ざかっていく。

 その姿は既に魔力で捉えてはいるけれど、付いていくのならばこうしてはいられないだろう。




「エア」


「ロム、今の人?」


「ああ。少し行って来る。どうやら私一人に何か言いたい事があるらしい」


「分かった。待ってるねっ。はいっ、バウっ、こっち来て」


「ばう~ばう~……」



 私が一緒に買い物へときていたエアへと話を振ると、エアも気づいていたらしく理解を示してくれた。ありがたい。


 私が背中に負ぶっていたバウをエアに渡そうとすると、寝ぼけている白い糸目のプニプニドラゴンのぬいぐるみは背中から離れた途端に少しぐずりながら、エアの背中に抱き付くと直ぐにまた静かになった。寝たらしい。



 エアはバウが自分の背中で寝付いたのを感じると嬉しい様で『あっ、もう寝たよ』と嬉しそうに笑っている。そう言えばここ数日は私の背中にずっとバウが居たし、バウとの触れ合い欲求が少々物足りていなかったのかもしれない。どうか存分に触れ合って貰いたい。



「お屋敷で待ってるねっ!ロム、行ってらっしゃいっ!」



 ああ、行って来る。

 手を振るエアからは私の心配など殆どしていないのがわかる。

 そこにあるのは『ロムなら直ぐに帰って来てくれる』と言う深い信頼なので、当然私はそれに応えるのみであった。

 この後、いかな理由や話合いがあろうとも私は優先したいものを優先する。それはなにがあってもだ。






「──なので、要件ならば手短に」



 私は顔隠しの黒いローブの人物について街を出ると、郊外にひっそりと建てられた、外見は普通の小さな教会の中へ入っていく。


 内部を魔力を使って探知をすると、まるでダンジョンの入口へと突入する時の(もや)の様な物がその協会の内部に充満しているのが分かった。……危険なものではなさそうである。


 私は魔力でそんな、靄の様な霧の様な不思議な物質を払いながら教会の中心部へと進むと、ここまで私を案内してきた黒いローブの人物へとそう声を掛けた。



「…………」



 だが、その人物はここに来るまでの機敏な動きは嘘かの様に無言で立ち尽くすと、身体だけをこちらへと向けて『──ビクリ』っと身体を一度大きく震わせたのである。


 その震えによってその人物の身体は前面にぐったりと倒れかけるも、途中で踏み止まり地面をジーっと眺め続けていた。

 数分はそうしていただろうか、私が静かに待っていると、地面を向いていたその人物はゆっくりとフードで隠れた顔を前へと向け、私の方へと素顔を晒してくる。


 だが、そこに見えた顔は、私の見知らぬ少女のものである事が分かった。……記憶にもない。完全に見た事がない相手である。



「──おっ、居た居た、汚い奴が」



 だが、その少女が私を見ると、二っとした笑みを浮かべて相手は一瞬で詠唱も無く綺麗な【浄化魔法】を私へとかけて来た。

 それに、その声は先ほどと一変しており、どこかで聞き覚えがある壮年の男性のものになる。



「……ふむ。浄化なら、毎日しているのだがな」 


「どうせ一回だけだろ?」


「必要な時には使っているが、そうでないなら普通は一回で充分であろう」


「そんな事はないっ!外から帰って来た時とか、手洗いうがいの際も必ず、かならず、するべきだ!他にも食事の前に一回、した後に一回、歯を磨く前に一回、磨いた後にも一回、トイレも前後で自分に一回ずつは当然、使用したトイレにも使用前後で一回ずつ、あっ、浄化があるから便した後にお尻拭かなくてもいいなんて横着はするなよ?ちゃんと拭け!あと忙しい時、汗かいた時、寒い季節で水浴びが出来ない時にも──」



 あー、これは間違いがない。

 浄化をかけられた瞬間から、分かってはいた。君だろうと。

 その魔力の質と雰囲気から直ぐに気づいた。


 それに、その馴染みのセリフも……。



「死んだ後も変わりがないようだな……綺麗好きよ」


「そちらも、相も変わらず泥に塗れる事ばかりやってるみたいだな、冒険者。だが、そこそこ綺麗になってるじゃないか……うんうん。俺の言葉が通じたようだ」



 姿形は違えども、間違えようのない人物がそこには居た。

 この出会いはなんと言えばいいのだろうか……再会でいいのか?



「今だけな。それにしても懐かしい」



 なにやら、私に何か『言いたい事』があったとか?

 はてさて、私は一体どんなことを言われるのやら。恐ろしいものである。



「いや、逆に聞きたいんじゃないかと思ってな。誘い文句に使っただけだ。理由を知らないとスッキリしないだろう?こういう事はハッキリさせておきたいって思ったわけだ」



 ……綺麗好き故にだろうか。



「良い事だろう?……あっ、お前は泥の中も好きだったか」



 そうだな。

 だから別に知りたい事もない。



「だが、残念!俺は語りたい!折角こんな機会を無理矢理に設けたんだぞっ!もっと喋らせろっ!!てかそもそもの話、まだ生きているなんて思わなかったぞっ!良く生きていた……ほんとうに懐かしい」



 ……そうか、じゃあ、まあ好きに語ってくれ。

 そんなに嬉しそうにされては否やは言えるはずもなかった。……やれやれ、また長い話になりそうである。



「今回の事はな全て、上の奴等が余計なちょっかいを──」



 ──そうして、彼から語られたのは、特に面白くもない話であった。



 そもそも今の彼が何者であるのか、それにさえ興味が無い私にとっては、正直どうでもいい話の極みである。


 まあ、それでも簡単に言うのならば、私の事を知っている存在がおり、その存在がちょっかいを掛けたかったのだという。理由は不明だ。


 恐らくは遊び半分、人のそういう苦悩だったり足掻きだったりを眺めるのが好物である存在がおり、昔から私に目を付けていたのだとか。


 それがこの度、バレない様に私に悪戯を仕掛けて、見事それがバレて痛い目を見た上に、存在そのものが消滅してしまったのだという。


 彼はまあ、控えめに『ざまあみろ』と思ったらしい。



「いやースッキリした!こんな清々しい気分になれるのは、まるで生まれ変わったかのようだ!やっぱりどうしようもないのが居なくなって綺麗になると気分が爽快になるなっ!」



 その相手が彼とどういう関係だったのかと言えば、まあまあ近しい間柄だったようで、その相手が居なくなった事で彼は自由になれたのだという。

 今回の事は、その相手の勝手な行動であり、何か目的があったみたいだけれど、そこにいったいどんな理由があるにしろ本来はやってはいけない過剰な干渉でもあったらしい。

 彼がここに態々来たのは私と知り合いでもあった事で、事情説明の役割が回って来たのだとか。



 ……まあ、それ以外にも色々と何かを語っていたが、正直、心の底からどうでもいいと思っていたので、途中から私は寝てしまった。……私の長話センサーが止まる事を知らなかったのだ。



「……ん?」


「はぁーー、これも懐かしいと言えばそうなのかもしれないが、いくら綺麗好きな俺でも本来は寝ている奴を起こす為だけに浄化を使ったりはしないんだぞ。……お前以外にはな」



 それはなんとも失礼をした。

 だが、本当に興味が無かったのでな。許して欲しい。



「はぁーー、なんともはっきり言うものだ。それにその答え方も、変わらない。だが俺の説法って結構人気があるから、昔は寝る奴なんて殆ど居なかったんだけどな……」



 ──あっ、説法と言えば君、ちょうどその話をしたかったのだが、信者に変な教える事を止めて欲しいものだ。

 なんだ『泥の魔獣を改心させた話』と言うのは。そもそも誰が泥の魔獣だ。誰が。



「いやいや、お前以外に相応しいものはいないだろう……ふくくくっ、いや、思い出したら可笑しくなってきた。本当に汚かったもんな。あの頃は。──だから俺は嬉しいんだぞ!今ではこんなに綺麗になっているんだもんな。うんうん、カッコいいじゃないか。綺麗にしていればさぞかしあの頃からモテただろうに、勿体ない」



 他に目的があったからな。あれで良かったのだ。 

 それに改心もしていないぞ。私はあの頃のまま変わらぬ。変わらずただの魔法使いである。



「……ほーん、魔法使いねー。なるほど。不器用さも未だ相変わらずか。だが、尚更お前で良かったのかもしれないな」



 話は終わりか?ならそろそろ私は帰ろうと思うのだが、この靄か霧か良くわからないもので誤魔化そうとしてはいるけれど、もうそこそこの時間は経っているのだろう?



「ほーー、やはりわかるのか。すごいな……因みに、これは雲だ。綺麗だろう?」



 雲か。まあ君に似合ってるのではないかな。

 ……さて、では本当に私の帰りを待ってくれている者達が居るのでな、私は君よりもその者達の方が大事だから、帰らせて貰うぞ。

 その少女の事は君に任せておけばいいのかな?



「つれない奴だなー。だが、お前らしいか……。この娘の事ならば大丈夫だ。帰る際にお前の浄化でもかけてやってくれ。そうすれば自分で帰る様に伝えてある。……では、冒険者、会えて嬉しかったぞ。それにこの奇跡の様な一時にも感謝だ。来てくれてありがとう。お前と出会い、話が出来て、本当に良かった。色々があったし、これからもあるとは思うが、お前ならば大丈夫だろうと俺は信じている。……聖人になんてなるもんじゃなかったって何度も思ったけど、こんな瞬間が得られた事に俺は──」



 ──浄化。



 私がかつてと同じく、背を向けて彼へと浄化をかけると、話の途中だった彼は言葉を止めて、深い微笑みを浮かべていた。

 まさか会えるとは思ってもみなかった。

 私もまた会えて嬉しかったよ。友トゥオー。



「俺を聖人と呼ばないのはお前だけだ……ロム。『元気でな、長生きしろよ……』」



 長命の耳長族(エルフ)であり、『差異』へと至って歳すら取らなくなった私に、そんな優しい皮肉を言ってくれるのは君だけだ。


 ありがとう。何かが今後起きるのだな。気を付けておく事にする。

 ……最後に彼が使ったのは、今は古き冒険者用語の一つでもあった。



 複雑でもなく一般的にも使っていた者が多かったから、それで彼も覚えていたのだろう。

 それを使って私に密かに伝えてくれた。


 教会内の雲が薄れていくように消え去っていくその気配を感じながら、私は少女の身体から彼が去っていってしまったことを察する。



 ……さよなら。



 ──『死ぬな』と言うメッセージを残してくれた友へと、私は深く感謝するのだった……。





またのお越しをお待ちしております。

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