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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第214話 霽月。



 数々の剣闘士達の血や汗が染み込んだ剣闘場の地面に十人と一人が向かい合って武器を構え合っている。


 圧倒的に有利である筈の十人側が、たった一人と接戦となっている状況は、観戦している者達からすれば衝撃的な光景であったけれど、激しい互いの力と技のぶつかり合いに観客達は興奮しているのか、両方を称える歓声となって剣闘場を揺らしていた。



 エアの髪は綺麗な『緑』に染まり、『天元』に風の魔素を通したその身体は空間を縦横無尽に駆け回る。

 十人の剣闘士達は、互いに連携をとって攻め込まれれば他が必ずフォローに回り続けて激しい猛攻を防いでいた。



 反撃のタイミングを段々と掴まれつつあるエアは、幾ら早くても直線の動きは見きられやすいと途中で気づき、段々と弧を描いた動きや、フェイントを混ぜて虚をつく攻撃も混ぜ始める。

 十人側の剣闘士達は、ようやく掴みかけていたタイミングをもう一度やり直しかと、肩を竦める動作をして見せて、小さく隙を作っては明らかな誘いをエアへとかけていた。



 そっちがその気ならばこちらも手を変えるだけだと、試合巧者である剣闘士達は、彼らならではの戦い方をし始める。


 そもそも、彼らが見せている隙も、普通はほぼほぼ攻撃に行ける様な隙では無い事も示している。

 十人は、やれやれと言ってはいるけれど、その顔は楽しくてしょうがないと言わんばかりに気炎を吐いており、相手であるエアであればその常人では飛び込んでこないであろう隙を理解し、きっと向かって来ると読んだ。



 対するエアは、日々の訓練の賜物でひたすら動き続けても速力は衰えず『天元』に通し循環させる魔力量は常に安定している。

 この位はまだ序の口だと言わんばかりだが、その顔にも笑顔が浮かび、額には汗が輝いて見えた。



 エアはニヤリとした笑みを浮かべると、あえて地面へと足を付けて、そこから複雑に動きまわりながらも、明らかに誘われている場所へと飛び込んで行った。



 剣闘士達は、その動きを見て驚愕を覚える。

 一目で先ほどまでの動きよりも明らかに一段上の動きである事を悟ると、エアがまだまだ手を抜いていたという事に、逆に挑発を受けたかのような気持ちを得た。



 『小娘がっ!』『舐めやがってっ!』『返り討ちにしてやる!』



 笑みは一層濃くなる。それだけで互いが何を考えているのかが少し分かってしまう様なそんな一種の伝心を味わいながら、エアは木剣を片手に鋭く飛び込んで攻撃に入り──



「──なっ!なんて動きっ」



 ──瞬間に、更に動きを変えながら、十人の内、一番近い人を狙っていたところから、一気に一番離れていた人へと狙いを変えた。

 十人が最初の一人のフォローに入ろうとして身体を向け、そちらへと一歩を踏み出したその隙をついて、一気に全力で空を走り抜けて一番遠い人物の頭上へと、鋭く切り込みを放つ。



「……ぐっ!わっがっ」



 如何に速くとも、攻撃が来る事さえ分かっていれば防御の反応位は出来るのだと、エアの一撃を受けとめた剣闘士の技は流石だったと言うべきだろう。

 だが、予想外だったのは、前回以上に成長したのは速度だけではなく、その一撃にしても尋常ではなかった事である。


 魔力を込めたエアの木剣の鋭さは相手が構えていた剣を両断し、その身体も切り裂くかと思われたが、相手はその瞬間魔力を高めて一歩退くとエアの間合いから退避しかけたが、引くに合わせてエアの蹴りが腹部に入ってそのまま吹き飛んで行った。……はい。魔力で回収します。



 そして、本来ならば、一手目の剣で相手を行動不能にしたかったエアだったが、蹴り迄使った事で、既に残りの九人が、エアの退避できる場所を塞ぐ形で既に動き、尚且つ攻撃を放っている。

 これはどうやっても今度はエアが相手の攻撃を捌かねばならない状態だった。



 この状況は剣闘場にいる九人にとっては想定内の一つであった。

 彼らは事前にこうなる事も作戦の内として誰が倒されようとも最後の一人になるまでエアを倒す事に全力を尽くす構えである。


 前後左右、大体一度に攻撃を仕掛けられるのは四人、他に槍使いが二人いた為、その隙間を縫う様に巧みな突きを含めて、エアの空への逃げ道を潰し、同時六ケ所の複数攻撃、もしそれでも何とか攻撃を避けて逃げ出そうとしても、残りの三人が投擲武器を予備で持ち既に準備しており、それを構え始めている。


 完全にここで一撃与えるか、または行動不能にするための布陣。完全な連携。

 優秀な一個体を倒す為に、人が取り得る最大の手法において、エアを打ち砕かんと九人の攻撃は放たれた。





 ──だが、それに対してエアが取った行動は、不動。敢えて動かず、敵の攻撃を全て受ける形である。


 そして、足を動かさない分、エアがするのは『天元』に魔素を通す事。その属性は──土。

 エアの髪は瞬く間に『茶色』へと染まっていった。



 ──ガッ!!



「──ぐっ、手が」


「かてぇっ!!」



 大凡人体を武器で殴りつけたとは思えない感触。それは大きく硬質な岩石に全力で打ち付けた様なものである。

 当然、彼らは一切手加減のない全力でエアへと攻撃を仕掛けていたので、そのダメージはそのまま自分達へと跳ね返ってくるようなものだった。



 九人の剣闘士達は、その瞬間、魔力を高めて退避に移ろうとして動き始めるが、全員が完全な隙を晒したこの瞬間を見逃すエアではない。


 先ずする事は、相手が空を飛べないという事で、相手の足を地面から離す事。

 そうすれば、その離れている間、相手はその場に止まったままだ。そうなれば後は狙い放題である。


 よって、エアは『天元』に通した土の魔素を通してから、一度全力で地面を踏みつけた。



 ──ドンッ!



 大きな砲弾でも落ちたのかと思う程の音が剣闘場には鳴り響くが、それによってエアの足元は一切凹みも傷つきもしていない。

 土の属性を通したエアは地中の中を泳いで移動できる程、ある程度自分の周りの土を操作する事が出来る上に、その衝撃を任意の所に分散させるくらいは、普段魔法を使うよりも遥かに容易に、まるで手を伸ばすかのように操る事が出来た。



 それによって起こるのは、九人の足元から空へと向けられた不可避の衝撃。

 九人身体は数センチではあるけれど、その衝撃で浮かびあがってしまい足は地を離れてしまう。


 『隙さえ無ければ』本来は容易に避けれていた筈のそんな地面からの衝撃も、今では絶望的な詰みの状況を作り出す無慈悲な技であった。



「──ごっ」


「──ぐあっ」



 先ずは二人、お腹にはエアの一撃が入り、二人は吹き飛んでいく。……はい。回収しますねー。


 完全に身体を浮かされた状態で、瞬間的に動くのは至難の技ではあるが、エアから身体を遠くへ離すために武器を用いれば僅かとはいえ距離を取る事は出来る。

 逆にエアが攻撃した瞬間を狙い、体幹を崩され不十分な態勢のままでもエアへと攻撃した者も居た。

 一方が攻撃して相手の注意を逸らし、仲間を逃がし体勢を整えさせる作戦へと瞬時に剣闘士達が切り替えたのは流石の訓練の賜物であろう。



 だが、今のエアはそんな不十分な攻撃で止まりはしない。再び硬質な岩石を叩く様な音が鳴り武器を取り落とした時には、エアが周囲に居た四人を倒すのとほぼ同時であった。


 残りは少し離れて投擲武器で攻撃を仕掛けようとしていた三人だけ。



 ただ、その時にはもういつの間に変化させていたのか、エアはまた『天元』へと風の魔素を通しており、その髪は美しい『緑』を靡かせていた。

 三人が武器を持ち換えようとするときには、既に一人を倒し、残り二人も程なく吹き飛んでいくのであった。……はい。回収です。



 十人全員倒し終わったエアは、審判の合図を待ちながら、客席の一角で『出張お裁縫教室』と銘打って剣闘士達や周辺のお母さん方と一緒に『お裁縫』を楽しんでいる私へと嬉しそうな笑顔を見せてきた。手を振って来るので私も振り返す。



「決着ーーっ!勝者、エアちゃん!!」


 

 その決着の綺麗さと凄さに、観客にいた剣闘士達からは笑い声や歓声が上がった。

 エアが『天元』に魔素を通した時の、その鬼人族特有の動きや性能があまりにも想像以上で、彼らももう笑うしかなかったらしい。



 『おいおい、武器が通じなかったぞ』『あれじゃ、金属武器でも無理じゃないか?』『急所を狙うしかないが、それは完全に防がれていたな』『どうすればいいんだ?あれだけの速い戦いで咄嗟に武器に魔力を込める事なんて出来ねえぞ。まず足を止めなきゃだ』『魔力もずっと込めてたら別の意味で疲れるしなー』『やっぱりまだ魔法の練習が必要って事でしょ?次までにはもっとそこを重点的にやりましょっ、ふーーくやしーー』『てか鬼人族の種族特性とはこんなに凄かったのか』『俺知り合いいるけど、あんな事出来るなんて聞いたことないぞ』『あれで魔法使いだってんだもんなーやべーよ』『純粋にエアちゃんが、つえーー』




 剣闘場で回収した剣闘士達はみなもう先の戦いに対して反省会を開いている。

 彼らは勉強熱心でもあるので、集まって皆で魔法の練習とかもしたりするらしい。


 今回はかなり剣闘士達も自信があった様だが、それだけに負けた事でショックを受けたのかと思えば、意外とそうでもないらしく、どうやら壁は高い程面白いと感じているらしい。……逞しいものだ。


 それに、ある程度の手ごたえも感じられたらしいので、エアとの訓練はとてもいい刺激になると言って十人は嬉しそうに笑っている。……まあ、密かに悔しさが隠しきれていない人物もいるけれど、そこは見なかった振りをしておくことにしよう。



 ……因みに、今回の十人の中には一人、エルフの青年も姿もあった。



 あれほど一緒に剣闘場へと行きたがっていたのは、このためだったのかと私とエアは内心でニマニマとする。

 私は観客席で、服の穴の繕いを中心に作業を進めていくのだが、今日は私の後頭部に、白い糸目のプニプニドラゴンのぬいぐるみのフリをしているバウが抱き付いているので、周囲には幾つかバウそっくりのぬいぐるみも置いて時々、魔法で浮かべたりして剣闘場に来ていた子供達をあやしていた。



 これで多少バウが動いても魔法で動いていると皆勘違いするのである。

 バウは賢い子なので、周りにバレない範囲でなら動いても構わないと伝えると『なんか楽しそうっ』とノリノリで私の頭に抱き付いているのだ。


 今は少しギリギリを攻め過ぎた様で、先ほどから一人の少女がガン見している為バウは密かに冷汗をかきながら不動を貫いている最中である。……楽しんでいるようで何よりだ。



 そうこうしていると、エア達の帰り支度が出来たらしく、私達は一緒に帰る事にした。

 エア達の戦いの前には、他のエルフの青年達の試合などもあって、ちゃんと皆成長しているのがよく分かったのである。

 剣闘士としての働きが認められて、もう少ししたら五人共ランクアップもさせて貰えそうだという喜ばしい青年達の話も聞きながら、途中の露店で買った食べ物を軽く摘まんで家路へと私達は戻った。




「──お帰りなさいませ。大変良いお時間です」


「お食事はもう少しでできます。もう少しお待ちください」



 白銀の館へと入っていくと、そこには老執事と女中少女が二人で仲良く寄添って出迎えてくれた。

 私達は、二人へと案内されるような形で、皆が待つ食堂へと足を踏み入れていく。


 そこにはお母さんや子供達の姿と、今日はお父さんたちの方の姿も既にあった。

 全員で『ただいま』と『おかえり』のやり取りを繰り返し、私達は皆で食卓を囲む。



「ロムさーん!ちょっといいのできたんですよ!食後に、少し見て貰えませんかー?」



 『ああ、もちろんだ。是非とも行かせて頂こう』と言う私のそんな返事を聞くとお父さんたちはなにやらニヤリとした笑みを浮かべてこちらを見つめて来る。……どうやら余程の自信作でも出来たらしい。



「今日のご飯も美味しいよっ!」


「おやおや、それは嬉しいですなー」


「エアさんに蹴られた腹が痛ぇ~」


「回復かければー?」


「……いや~、最初にぶっ飛ばされた証として我慢して反省する」


「やだ~そんな青あざ痛そう~」



 エアや老執事、エルフの青年達、子供達や、お母さん達。ここには皆の笑顔があった。

 昨日、頑張って良かったと、私はこの光景を眺めていると深く想える。



「ばうっ!ばうっばうっ!」

 


 ……おおっと、すまんすまん。

 ほら濃厚な魔力にしておいたから許してくれるかな?



「ばう~~~」



 私は背中に抱き付いたまま負んぶ状態で下りて来ないバウに『お食事魔力』を渡しながらあやして、この当たり前だけど尊い普通の光景を、とても喜ばしく感じるのであった……。





またのお越しをお待ちしております。

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