第213話 慙愧。
「……わたしはいったいどうなったのですか」
少し痩せてしまった身体を起こして、老執事は私達を呆然と見つめながらボソッと呟いた。
その視線はあちこちへとさ迷いながら、屋敷の皆の顔を一人ずつ眺めている。
皆が地面に膝をついているのを少し不思議にそうにしながら、その途中で私の姿を見つけると彼の視線は固定され、また微笑んだ。
「あなたは、また助けて下さったのですね……」
私が言葉に『大したことはしていない』と答えると、周りの皆がギョッとしたような表情を向ける。
その光景を見て彼は少し面白かったのか、『ふはははっ』と少し声をあげて笑うと、すぐ傍にいる女中少女に遅ればせながらも気が付くと、『お嬢様、ご心配をおかけして申し訳ありません』と頭を下げていた。
少女は老執事へと飛びつくと、今まで一番声を張り上げて、溜まっていた涙を全て出し尽くす勢いで泣き続ける。そんな少女をあやしながら、老執事が嬉しそうに微笑む姿を見て、私もまた微笑ましく思うのだった。
私は密かに皆の身体を魔力で再度探知してみたが、それで見る限り彼はもう平気だろう。
屋敷の皆も同様に大丈夫そうだ。
私は、急に怪しげな力が抜けた事で足に力が入らなくて膝をついてしまっていた皆にも回復を施すと、魔法でそっと宙へと浮かせて立たせた。
「ロムさんっ」
すると、なんて言って良いのか複雑そうな表情で、エルフの青年達を先頭に皆が私の名を呼んで来た。……どうしたのだ?
「これっていったいどういう事なんですか?」
「死んだ人を生き返らせられるんですか?」
……なるほど。確かに彼らの目線だと私が急に魔力を弾けさせて身体中ボロボロになったかと思えば、これまた急に強い【回復魔法】を使って彼を蘇らせたかのように見えるだろう。
それも、途中で世界が震えたかと思えば、彼らは身体から力が抜け、地面に膝をつかざる得ない状況での、その復活劇だ。傍目からみれば、まるで何か特別な儀式をしたかのように見えてしまったとしても不思議ではない。
いっそ、奇跡が起きたのかとさえ思えてしまうかもしれないが、事実は全然違う。
私はこれはちゃんと説明しておく必要があるだろうと思い、なにがあって、何をしたのかをちゃんと言葉にする事にした。
「怪しげな力が私達全員に植え付けられていた?……確かに、なんか最近身体の調子がいい気がしていた……」
「わたしも……」
「俺達もだ……そう言う訳だったのか」
皆、心当たりがあったようで、そのせいで老執事も死にかけてしまったのだという事を伝えたら皆すんなりと理解してくれた。
老執事が息を吹き返したのも『その怪しげな力を消し去る事が出来て、それから回復を掛けたら上手くいったのだ』と言うと納得してくれたようである。
誰でも、『死者を復活出来る』なんて言う夢みたいな言葉を信じるよりも、回復が間に合ったという言葉の方が理解し易かったようであった。
因みに、私はその怪しげな力を『加護』だなどとは絶対に言わなかった。
どうせあれは『良くないもの』の力であろうという予想もあったからである。
もしあれが良いものであるのならば、彼の身体を蝕むような状態を作り出すわけがない。
それを彼が死ぬまでそのまま放置し続けるわけがない。
もし放置し続けていたのだとしたら、それではまるで、彼が死ぬ姿を見たかったかの様ではないか。
そんなお馬鹿な思考をしている者が渡してくる力が『加護』などであるはずが無いのである。
だが、そんな何もかもはもっと早く、以前に不思議な力を感じると相談を受けた時に、私がちゃんと対処していれば、彼らをここまで傷つける事も皆を悲しませる事も無かったのだ──。
「──だから、皆、すまなかった」
「……えっ?」
『今回の事は私にも問題があったのだ』と告げると、皆、突然私が謝りだしたことに、疑問なのか首を傾げている。
だが、私としては、今回のこれは流石に自分の怠慢だと思えて仕方が無かった。
皆を守ると思った矢先に、油断し、敵から攻撃を受けているにも関わらずへらへらとしていた。
自分が蒔いた種であるにもかかわらず、諦めようとさえ思いかけていた。
一歩間違えば、彼は、いや、彼だけじゃなく屋敷の皆が全てがきっと──
「──それでもちゃんと、助けてくださいました」
だが、私が頭を下げると、すぐさまにベットの上から彼が反論を告げて来る。
その表情は、少し怒っているかのようにも見えるが、彼は私が頭を上げるとまた微笑んで、静かに告げて来た。
『例え如何なる回り道があろうとも、その事で貴方が自分自身を責めようとも、私は、私達は、あなたに救われました。あの時も、今回も、貴方はちゃんと傍に居て、救ってくださった。……それでいいではありませんか。わたしもまだ、エルフには生まれ変われてはおりませんが……それでも今後も何卒よろしくお願いします。貴方へと誠心誠意仕えさせて頂きたく存じます』と、彼は少し恥ずかしそうにしながらもそう伝えてくれる。
そんな彼の言葉に、屋敷の皆の顔も綻んだ。
彼は眠る前に言っていた言葉を、ちゃんと覚えていたらしい。
仕えるなどと言わずに『もっと自由に生きて良いのだ。幸せになって良いのだ』と私は思うのだが。
そう言っても彼は『……ならば、この生き方こそが私にとっては幸せな人生なのです。貴族なんぞの執事ではなく。この白銀の屋敷の、世界で最も素晴らしい魔法使いに仕える執事の一人として、家族と共に生きられるこの幸多い人生を選びます。偉大なる主に恥じぬように、誇り高く胸を張り生き続けたいと思います』と言って彼は微笑んだ。
『買い被りだ』と言うのは簡単であった……だが、彼の真剣な瞳を見ていると、その言葉は出てくるはずも無かった。
彼は二度の生還を果たして、私へと最大の信頼を預けてくれているのだ。
買い被りだと言って、彼のその言葉を否定する事は、彼のその信頼を裏切るという事でもある。
……そんな事はしたくなかった。
人は失敗をする生き物だ。それは私も変わらない。
ただ、人は己の行いを反省し、改善する事が出来る。
自分の言動に責任を持ち、志を高く持つことが出来る。
より良い明日を目指し、歩く事が出来る。
私達は皆、自己の心の有り様を確りと見つめ、反省した後、また顔を上げて、前を見るだろう。
彼がその生き方に誇りを抱くというのならば、その主と言われた私もそれに見合う様な生き方をして、彼らを守り続けたいと思った。
私はただの魔法使いにしか過ぎない。それは何も変わらない。
ただ、せめてここに居る屋敷の皆が誇りに思える位のほどほどの偉大さで、身の丈に合った身近な魔法使いでいたいと思った。
私は人の上に立つような大層な存在にはなりたくはない。
ただ彼らと、肩を並べて笑顔で生きていきたいのだ。
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