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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第211話 感謝。

注意・この作品はフィクションです……。実在の人物や団体、事象、症状などとは関係ありません。

また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください……。


今回は人の死に関する描写がございますので、苦手な方はブラウザバック等の対処をお願いします。




 『小さな約束事を宝物とまで称するのは、少し大袈裟が過ぎるんじゃないか?』と思うだろうか。

 だが、気づいた時には時間と言うのはあっという間に過ぎているものだ。



 気づけば私とエアが冒険者として活動を始めてから、この寒い季節で四年と言う時間が過ぎようとしていた。次の芽吹きの季節で五年目になる。


 私達が出会ってから数えるのならば、もう直ぐ十年目になるだろうか。

 それを考えると、本当にあっという間だと私は感じる。



 そして、長命な種族の特徴として、私達の成長はどうしても緩く、ソレに気づくのに疎い事を、私は経験として知っていた。


 何気ない普通の会話や思い出がどれだけ大切なものなのかを、私達はいつもいつも、後から気づいてばかりなのだ。もっと早くに気づけば良かったと思った時には大体が手遅れである時が多い。



 だが、そうした経験を重ねて来た者はいつしか、その疎さが少しずつ嫌でも改善され、分かってしまう様になる。

 今こうして話してる、朝の挨拶一つが、その人物との大切な思い出の一つでもあるという事に……。



「おはようございます。今日の朝食はいい出来ですよ。沢山お召し上がりになって……」



 老執事のそんな普段と変わらぬ朝の挨拶の途中で、私は彼の手を取って静かに魔力を通した。

 そして私は彼へと小声で『少し遅れてすまん。もう痛みは平気か』と尋ねてみる。



 すると、彼は『昨日のはやはりそうか』と、気づきを得た顔をして、静かに『はい。おかげさまで今朝にはすっかりとよくなりました』と答えてきたのであった。



 その言葉と同時に、彼は自然と視線をとある方に移すと、そっと微笑んだ。

 その先にあるのは、食事の配膳を軽やかに、かつ楽しそうにしている元お嬢様である女中少女の姿がある。



「今日は、あまり激しい動きは控える様に。数日は安静にして様子を見よう。痛みがもしあれば私が抑えるから心配はいらない」


「……ありがとうございます」



 『第三の大樹の森』が完成し皆が喜んだばかりの、昨夜の話だ。

 彼は自身の部屋のベットの上で、寝ていて急に自身の胸を押さえて苦しみだしたのである。



 それこそ『第三の大樹』を作っておかねば、どうなっていたのか分からないという状況であった。

 あれに仕込んだ『ドッペルオーブ』が異変を感じ取ってくれた為に、私はすぐさま気づく事が出来たのである。

 そして、気づいた私はすぐさま遠隔で【回復魔法】を使い、彼のその痛みを癒すことができた。

 間に合って本当に良かったと思う。



 彼は急に体から痛みがなくなった事で、最初は不思議そうな顔をしていたが、それが魔法によるものだと察すると、何かに祈るかの如く私の名を呼び、感謝を告げていた。



 だが、感謝などしないでくれ。

 確かに私は魔法で一時的に痛みは癒せたが、それは治せたわけではない。


 今も魔力を通して、探知し、彼の痛みの原因が『老化』に端を発するものであったことに気づいて、無力を感じている最中であった。



 ……私はただの魔法使いである。それ以上でもそれ以下でもない。


 いくら『差異』へと至り、歳を取らなくなったとは言え、それは自分だけの話だ。

 他の者の『老化』を止める事までは、何度試そうとも私にも出来なかったのである。



「わたしも、いい年になりましたから……」



 すると彼は、私にも微笑みを向けた。

 ソレは今までに何度も、私が見たことがある表情の一つだ。


 悟った顔と言えばいいのだろうか。

 全てを受け入れた者の、顔をしていた。



「わたしは、あとどれくらい……」



 彼は私に、何かを尋ねようとして、途中で口を噤んだ。

 そして『いえ、なんでもありません。それではわたしも、向こうの手伝いに参りますので』と、強い笑みを一つ浮かべて、普段通りの様子へと戻ると、元お嬢様である女中少女と一緒に配膳を行なっていた。



 彼はちゃんと理解しているのだろう。

 そして、その時間を何に使うか、彼は確りと決めたのだ。

 『少しでも多く、残り時間をお嬢様と過ごそう』と、あの表情はそう語っていた。



 残念ながら私に出来る事はもう多くはない。


 ……悲しい話だが、その時は、そう遠い話ではないのだ。

 ……それを想うと、胸にズキリとした痛みを感じた。



 無理やりにでも魔力を込めてどうにかなるような問題であれば、私は喜んでそうしただろう。

 だが、そんな簡単な話ではなかった。



 彼は魔法使いではないし、今から『差異』へと至り、老化を防ぐ事は出来ない。

 精霊達を心から信じてくれて、如何に心優しくあろうとも、彼は普通の人であり、執事なのである。



 こんな人が他にいるとも思えない位に、彼はとても素敵な御仁だ。

 失われて欲しくないというのが、私の心にある素直な気持ちである。



 ……だが、こればかりはどうしようもない問題なのだ。


 私の背後で精霊達も彼を想い、憂いてくれているのが伝わって来た……。

 



 『この暖かな土地に来てからの日々は、とても輝かしい日々の連続でした。決して長くは無かったとは言え、私の人生において一番幸せな時間だったと心より思います。お嬢様もとても立派になりました。まだ少し不器用ですが、ここに来てよくお笑いになるようになったのです。わたしはそれが何よりも嬉しくて。少しだけホッとしてしまい、気が抜けてしまったのかもしれません。本当はもっと皆さんを支えたいと思ったのですが、身体が急に言う事を利かなくなってしまいました。申し訳ございません。ですが、あなたのおかげで痛みは一切ありません。わたし達をあの街から、あの貴族社会から切り離してくださり、こんなにも幸せな時間をくださった。ありがとうございます。私はもう充分に満足です。その事にどれだけの感謝をすればいいのかもわからない程、わたしは貴方に感謝を捧げたい。……大地でさえ意のままに生み出す、世界で最高の魔法使い。天上に、もし神が居るとするならば、わたしはそれがあなたであればいいのにと、何度思った事か……。お優しく不思議で、お嬢様と同じく不愛想で不器用な、敬愛すべき我らが主よ……出来る事でしたら、次はわたしもエルフに生まれ、そしてまだあなたに返しきれなかったこの恩を返す為に、仕え、続けたい……その時は、どうか……いままで、ありがとう……』




 ──『第三の大樹の森』が出来た日の夜に彼が胸を痛めてから、幾日か過ぎたとある朝に、彼は体に力が入らず寝床から立ち上がれなくなった。



 そして、その日から彼の身体は日を追うごとに、みるみるうちに衰えていってしまったのである。

 それに私やエアの回復でも現状では痛みを消すくらいにしか効果が無かった。



 【回復魔法】と【浄化魔法】を強く掛けて、一時だけでも強制的に肉体の強化を施す事は出来たのだが……、それは彼に必要ないと言われ、断られてしまった。



 『このままでいいのです』とそう言って、あの穏やかな顔で彼は微笑むのだ。

 そんな事を言われれば、私にはもう無理強いなど出来よう筈もなかった。



 実際の年齢よりも年を感じるその風貌は、彼がこれまで人一倍労苦を背負ってきた事の証であり、衰えが見えようとも、変わらずその背筋はスッと伸び、執事として立派に生き続けて来たのが一目で分かる、そんな誇り高い姿をしている。



 ……だから、私はそんな彼の意思と言葉を尊重した。



 本人は安心してしまったのだという。

 幸せ過ぎて、少し気が抜けてしまっただけなのだという。

 ……充分に満足してしまったのだという。

 私に何度も何度も感謝もしていた。

 


 感謝したいのは私の方だというのに……。

 私は、君に、君達に、もっと幸せになって欲しいと思って、ここへと連れて来たのだ……。




 彼が横たわるベットの傍には、元お嬢様である女中少女の姿もある。


 一番最初に彼から『最後の挨拶』を受け取った彼女は、それからずっと彼の身を案じて手を握り続けていた。


 彼女だけではない、彼の状態を聞き駆け付け心配した屋敷の全員が、既に彼から挨拶をされたのである。

 エアはもちろんとして、出会ったばかりのバウにまで彼は語り掛け、見えていない精霊にまで彼は挨拶をしてくれた。



 そして一番最後は私に。彼は最後の最後まで頑張ってちゃんと伝えてくれた……。

 瞼を閉じたまま、何度も何度も神に祈るかの様に、エルフに生まれ変わってまた、私に仕えたいとまで彼は言ってくれる。



 そんな彼の言葉に、屋敷の皆は、瞳を潤ませ、彼の声が薄くなるにつれ、涙を流している。


 私は、涙一つ出せぬこの身に嘆きつつも、彼の言葉を最後までちゃんと聞き届けた。

 そして、魔力に想いを乗せて精一杯の気持ちと『ありがとう』を彼へと伝える。



 すると、彼は最後にまたいつもの穏やかな微笑みを見せ……、そのまま深い眠りへと入ってしまった。



「──じいじっ!じいじっ!」



 彼の言葉が途切れると、女中少女が何度も彼を揺り起こそうと、その身体にしがみ付いている。


 だが、どれだけ時間が経っても、揺すっても、声を掛けても……彼はもう目覚めてはくれなかった……。





またのお越しをお待ちしております。

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