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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第21話 服。

2023・03・21、本文微修正。




 一般的に、冒険者は街で暮らしている者達よりも服装が汚い事が多い。


 これは冒険者の服装と言うのがそのまま戦闘服でもあると言う事と、基本的に街から街への移動が多くいつも必要最低限の装備で行動している事、荷物になる様な無駄な物をあまり持ち歩かない様に気を付けているからである。



 そもそも装飾された綺麗な服や、街中で着歩く為だけの服、などは持っていない者もいるだろう。

 冒険者たちは基本的に『一張羅』ばかり。今着ている服を大事にし、補修や改造しながらずっと使い続けているのである。



「…………」



 新しい服を色々と購入できるのは余程に儲かった時ぐらいか。もうどうしても着れなくなってしまった時。それ以外は渋々と補修をする。


 そうして、その浮いた分を少しでも良き武器防具などに費やすのだ。

 自らの命を守るために。

 


 冒険者は基本的にどんな物も大事に、また出来るだけ長く愛用する。

 商売道具であると同時に敵の攻撃や冷たい夜風からも身体を守ってくれる大事な相棒達。

 それこそが冒険者達にとっての『服』の認識でもあった。



 ……よって、彼らの服は長年のご愛顧の賜物により、変色していたり、解れてしまう事が大半である。

 それだけはどうしようもない事であり、その様な時の為に街には『お針子さん』と呼ばれる方々──専門的に服を作ったり直したりもしてくれる者達に依頼して直してもらう。


 その為、冒険者達はお針子さん達と関わる事も多く、関係は中々に深い。

 よく聞く話だと、仲の良い冒険者とお針子さんは夫婦になりやすい、のだそうだ……。



 閑話休題。



「…………」



 ところ変わって、ここはとある深い森の中、とある大樹のお家にて──。


 ここに一人、とある女性が自分の破けてしまった上着を見つめながら、目尻をへにょんとさせ落ち込み、凄く悲しそうな表情をしていたのだ。



 連日の焼肉ブームは継続中。猪だけではなく鳥も狩る様になった彼女は、その持ち前の運動能力を活かして木々から木々へと枝を足場に、ジャンプを繰り返して鳥捕獲に勤しんでいたのだが……。


 本日、予想外にもジャンプする直前の自分の状態を確りと認識できていなかったらしく、木の枝に自慢の服が引っかかっている事に気づかぬまま、思いっきりジャンプしてしまって、大切な服を大きくビリビリに裂いてしまった、のだとか。



「あぁ……はぁ……」



 その時は、あまりのショックからかエアは暫く立ち尽くすと、私へと潤んだ眼を向けて「もうかえる」と言い、一人で直ぐに帰ってしまった。せっかく捕まえた鳥も全部そのまま置き忘れていくほどに、彼女は自らの服の有様に嘆いていたのだろう。



 私もすぐさま鳥を全部回収し急いで戻ると、彼女は自分の部屋で上着を脱ぎチューブトップの様な肌着の状態で、深く肩を落とし、改めて見た上着の背中の部分の大きな裂き跡を見ながら、何度も何度も溜息をついていた。


 思っていた以上に被害は大きく、その状況を目の当たりにして『どうしよう』と深く落ち込んで座っていたのである。



「…………」



 その顔は、恐らく自分の注意不足でこうなってしまった事を後悔しているのだろう。

 少しくらいの傷だったならば自分を誤魔化し気にせずにまた着る事もできた。空元気だって振り撒けたかもしれない……。



 だが、最早背中部分だけが真っ二つになりそうな位の状態になってしまっては、もういくら誤魔化そうとしても自分すらも誤魔化しきれるものではなかった。



「──どれ。見せてみなさい」



 ただまあ……その頃には既に、エアの隣では針と糸、それから細かな物を見る時用で普段は全く掛けていない、モノクルと呼ばれている単眼用の眼鏡を装着した私が、そこには居た。


 普段とは違う見慣れないそんな私の特別な格好に、落ち込んでいた筈のエアも少し吃驚き、目を見開いてこっちを見てくる。



「…………」



 ……ふふふ、何を隠そう私は、長年のソロ冒険者生活でこの手の事はもう日常茶飯事となっており、軽い縫物は手縫いでいけるのは勿論の事、魔法を使えば簡単なお洋服なら大体作れちゃうと言う──実は『お裁縫できちゃう系耳長族(エルフ)』なのであった。キラーン(心なしか光るモノクル)。



 ごほん、ほんと『お料理』以外ならなんでも任せてほしい。

 だから『安心していいぞ』と、エアの頭を軽くポンポンとし、まずはその手にある上着の素材の見極めにはいる事にした。



「……ふむ」



 そしてその肌触りから、使われているのがコットンとシルクの中間、それらが合わさったような──それでいて更に強靭性がある素材であると見抜き、色や使われている素材、糸の太さ毎に各種揃えて番号を振って管理している糸専用の裁縫ボックスの中からピッタリの物を取り出すと、己の得意とする所である魔法も使って、瞬く間にエアの大きく裂けた上着の大穴を直していくのであった。



「わぁぁぁぁぁーー!」



 すると、何気に今までで一番の喜声がそこに……。

 色々と魔法も見せてきたが、精霊の歌の時に次ぐ位で感動した声をエアはあげている。


 瞬く間に直っていく自分の服に、喜びが隠し切れないご様子。これまでの私の『ソロ冒険者裁縫生活』は今日この日、裁縫をする為にあったのだと言っても過言ではなかった。



「…………」



 そう言えば友(淑女)も、昔こんな事を言っていたと、ふと思い出す……。


 曰く、『その謎技術もっと活かしなさいよ!喜ぶ女の子いっぱいいるって!こんなに短時間で出来るなら、私も自分の服の新しいの作って欲しいもん!出来る?デザインが出来ない?ならこれと同じのを作るのは?わっ!?出来るのっ!?すごーーーい!!……おほんっ、あの、もう三着くらい作ってくれない?女の子ってやっぱいつも綺麗な服を着ていたいもんなんだよっ。わかるっ?分かれッ!!オシャレって私達にとっては美味しい物を食べる事と同じ位に大事な事なんだからッ──』



 ……とか、なんとか。まあ、懐かしい思い出だった。



「…………」



 ただ、それを元にして改めて考え直すと……冒険者を目指しているとは言え、その常識とも言える『一張羅』に、エアは拘る必要はないのかもしれないと思った。



 冒険者の服は破ける事が多いのだ。その度に悲しむのは彼女が可哀想だった。

 それに、友曰く『美味しいものを食べる位に服は重要』との事……ならば、エアは人一倍食べるわけで、と言う事はだ、やっぱ服も人一倍持っていた方が良いのだろうと、そんな風にも思う訳である。



 ──と言う事で、とりあえずは『今の服と同じ形状で、色違いの物を幾つか作っておくか』と、私は思い立った。



 『七色分くらいは必須だろう。それ位あれば、ある程度は着回しも楽になるだろうし、あって損はない筈だ』と。


 それから『今の季節は時々日中急に気温が上がったりでかなり暑い。なので今までの服装のままだと対応できない時もあるかもしれないから、少し丈の短いバージョンも必要なのではないか?』と。



 あとは、『友も言っていたオシャレと言うやつ……んー、いまいち私にはどういうのがオシャレに当てはまるのかが分からないものの、確か少しヒラヒラフリフリして可愛いのが付いていると嬉しいとかなんとか言っていた気がするから、少しフリル的な物を胸元や腰回りに軽く清楚かつ適度にあしらったバージョンも──』と。



 『あっと、私としたことが、暑い季節用を作ったなら、その逆も作らなければいけないのを忘れていた。今後今の暑い季節が終われば、段々と肌寒くなって必要になるだろうし、軽く素材を変化させて、あったかい厚手の生地の物も作っておかねば──』と。



 『それに、今回みたいな事がまた急に起きる時もあるだろうから、それぞれの予備分も多めに作って──』と。



「えっ!?えっ、ええ!ええええッッ!!!」


「…………」



 そして、気づけば私は黙々と、エアの目の前には数え切れぬほど服を量産しており……。


 まあ、所詮は長年の冒険者活動の一環として鍛えてきただけのものだから、大したものではないけれども、とりあえずは『その場しのぎ(?)』位にはなるかと言い訳して、彼女へと全てプレゼントする事にした。……少々顔を背けながら。



 ほぼほぼ同じデザインの服ばかりが沢山並び、新しい服は一つもない。少し異様な光景……。

 でもまあ、仕方がない。私には昔から新しいデザインと言うのが全く考え付かないのだ。


 その分、同じ服を作ったり直したりはそこそこの腕前があると証明できたと思う事にしよう。

 なので、『今後もこのような時は困ったら任せて欲しい』と、そんな風に少しいい感じで話をまとめられればいいなと、内心考えて……。



「あ、ああ、あり、ああっりりい、ズルズル、がああ、とぅうう」


「おぉっ!?どうした!!」



 ……いたのだが、エアは私と目が合うと、突然その目元をこれまでにないくらい潤ませ、鼻水を少し啜りながらなんとも言えない表情でガシッと私にしがみ付いて来たのである。


 正直、予想外の反応に私も困惑している。それに、何かお礼に近しい言葉を喋っているみたいなのだが……ちょっと解読も難しかった。


 ただまあ恐らくは、喜んではくれているのだとは思う。それに、いきなり服を作り始めたので驚かせてしまったのだろう、と。



 まあ、今はエアの周りで私が作った服達ふよふよと何十着も浮かんでは回っている状況なので、このままだと邪魔になってしまう事にも気づいた……。


 なので、なんとかしなければと、次はその服の居場所を考える事にしたのだが──



「…………」



 ──よし。それならばいっそと、ここまできたら仕舞える場所も派手にしてしまおうと思い立ち……隣の部屋を繋げて、そっちをまるまる衣裳部屋にしてしまおうと、リフォームする事にした。


 元々、隣にある部屋もここと同じ間取りだ。ただただ客間となっていた場所だから収納用の家具をちょっとだけ増やし、いつでも好きな服に着替えられるように……。そして昔、王都で手に入れた大きな鏡なども置いてみたりして、折角だからと他にも小物をいくつか設置……。



 ふむふむ、隣の部屋との壁も消え広々と、そこを丸々衣装部屋とし、綺麗に服を並べていけば──まあ、まあまあ、一応はそれらしく見える場所(?)にはなったのではないだろうか。



「…………」


「…………」



 あれ?だが、おかしい。今度は何も反応がない。

 『これで服を仕舞える場所が出来た!』と、エアの安心になればと思ったのだが……。『あまりの衝撃で言葉も出ない』みたいな様子になってしまったのだ。


 でもまあ、前向きにとらえれば、とりあえず涙も鼻水も引っ込んだので、もう悲しんではいないとも言えるだろう。そう思う事にしよう。服が破れて悲しんでいたエアはもういないのだから。



 因みに、『部屋はまだまだ空きがあるのでいつでも追加可能だ』と、『不足するようなら何着でも作れるし、飾れるようにもする』と、伝えてみたのだが……。



 エアは「もうじゅうぶんだからっ!」と言って、今度は少し怒る様な嬉しいような、そんな複雑な表情を私へと向けるのであった。



 ……うむ、どうやら私は、少し間違ってしまったらしい。でも、それをどう正せばいいのか、内心私にはよく分からなかった。


またのお越しをお待ちしております。

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