第209話 感慨。
(注・前話208話にて、2020・07・09に、大きな修正を致しましたので、それ以前に読んでしまった方はご注意ください。)
「あの、この場所はいったい?」
屋敷の皆がポカンとして固まっている中、いち早く正気に戻った老執事が私達へとそう尋ねて来た。
確かに、『木と森の部屋』を作る上での許可は貰えたが、ここが何の為の場所なのかという説明はまだしていなかったと思う。
私達は彼らの信頼に甘えてしまっていたようで、その大事な部分を怠っていた。
これは大変に良くない。彼らが驚き固まっているのもそう言う理由からであろう。
なので私は、きっちりとこの部屋が何の為にあるのか。どうしていけばいいのかをちゃんと説明する事にした。
彼らにするのは初めてだけれど、精霊の存在も確りと伝える。
『この場所は屋敷に居る皆と、街の中にいる精霊達の為に作った場所』なのだと説明しながら、私は皆にこの場所を好きに使って欲しいと話始めた。
「なるほど。私達には見えない、精霊達の事まで考えての大切な部屋、なのですね……」
私は精霊達に関する事や、自分の力に関する事、そして他の大樹の森などについての詳しい説明は省いた。
だが、それだけでも十分に老執事は私が精霊達の事も大事に想っている事を察してくれたらしく、しみじみと何かを感じ入りながら、納得している。
この部屋の利点は私に説明を受ける前から、既に彼は幾つも思い至っていたようだ。
『でもまさか、これほどの魔法を見せて頂けるとは思わず、最初は驚いてしまいましたが……』と最初にポカンと口を開けて呆けてしまった事を恥ずかしがっていた。
そんな老執事の言葉に、周りのお母さん方やお父さん方、エルフの青年達も正気を取り戻してくれたらしく、口を急いで閉じて今ではもう笑顔を見せてくれている。
『これってまさか……』『あんな、できる?』『えっ、本気で聞いてるの?』『出来るわけないってこんな……』『ロムさんやべーし、すげーなー』『ねえねえ、みんなで畑作れるんですってよ!』『それも精霊達が手伝ってくれるんでしょう?凄いわね!』『私まさかロムさん達がこれほど凄いだなんて知らなかったわ』『みんなそうでしょ!さっきまでずっとポカンとしてたじゃない!』『そうそう、気にしなーい気にしない!』『ここに、観測用の魔法道具置かせて貰えないだろうか』『好きに使ってくれっていってただろう?』『いや、だが良いのかこれ。こんな凄い場所に。これって普通は秘密に……』『ロムさんは良いって言ってくれる。理解のある人だ』『だな、この屋敷の皆の為になるなら問題はない筈だ。俺達はこれを何かの道具に活かせないか頑張ってみよう。それが俺らの役目だからな……』
と、屋敷の皆はそれぞれで楽しそうに語り合っていた。
どうやら部屋の中が森になったという事よりも先ず、私達がこんなに魔法を使っている姿を見て無かったので、そこに驚いた人が多かったらしい。……私、魔法使いだって言ってなかっただろうか。
でもそんな驚きも既に目の前の光景に上書きされて好奇心へと変わってくれたらしく、皆興味深そうに眺めては色々と楽しそうに笑っていた。うむ。概ね受け入れては貰えたらしい。
そして、そんな楽しそうな屋敷の皆の近くには、早速噂を聞きつけてやって来た街中の綿毛の精霊達がフワフワ浮かび漂いながらと次々に部屋の中へと入っていくのが私には良く視えている。……君達いらっしゃい。ゆっくりしていくといい。
『ここ、すき』『魔力いっぱい』『ごくらく!』と、精霊達にもかなり好意的に受け入れて貰えたようで私は一安心である。
私は隣にいるエア達に『皆に喜んで貰えたようだ』と言う意味の頷きを見せると、エアとバウはニコリと笑顔で返してくれた。
エルフの青年達や、魔法道具職人であるお父さんたちは、私の方へと寄って来るとこの場所の事を色々と尋ねて来た。ここに危険は無い事と、魔法道具に活かしたいと思ったのなら好きに使って欲しいという事、基本的にはなんでも自由にして良い事を伝えると、喜んで貰えた。頑張って欲しい。
暫くすると、老執事が私の方へとスッと近寄ってきて、こっそりと『精霊の方々も喜んでいらっしゃいますか?』と私に尋ねてくる。
私は彼に『ちゃんと喜んでいる』と伝えると、彼もにっこりと嬉しそうに笑うのであった。
「そうですか。良かった。……精霊の皆さま方、これからどうぞよろしくお願いいたします。どうかわたくし共とも仲良くしていただけたら幸いでございます。御用の際は何か合図でも下されば、手伝える事があれば協力致しますので、ご遠慮なくお呼びくださいませ」
そう言って彼は、人も精霊も誰も居ない方へと向かって、恭しく頭を下げた。
そんな彼の姿を隣で視ていた私は、彼のその姿と心を、とても美しいと感じ、少しだけジーンときてしまう。
見えていないとしても、そこに居ると思う精霊達へと向かって、彼が本気で気持ちを向けようとしている事が、その姿からは凄く伝わって来るのだ。
だから、そんな彼の姿には精霊達もビックリとしたらしく、私の背後に居るいつもの面々もさることながら、元々この街で暮らしている綿毛の精霊達も驚きで目を瞠ってしまっている。
ただ、それも少しの時間だけで、直ぐに綿毛の精霊達は嬉しそうにフワフワと辺りを踊りだした。
気持ちが伝わる精霊達だからこそ、彼の事がよく分かった筈だ。
『この人は心からそう想って言ってくれている』のだと。
自分達を尊重してくれる人なのだと。
そこにある温かさや優しさ、思いやりを感じて、喜ばない彼らではない。
そして、そんな気持ちには、同じだけの想いを返そうとしてくれるのが彼ら精霊達なのだ。
老執事のそんな気持ちに応えようと、今、彼の傍には沢山の綿毛達がフワフワと踊っている。
『嬉しく想っている』と言う気持ちを、どうにか彼へと必死に伝えようとしているそんな綿毛達の姿と、伝わって欲しいと切実に想い続ける綿毛達の気持ちを感じて、私はまたジーンときてしまった。
……先ほどからジーンときてばかりではあるけれど、どうか許して欲しい。感動してしまったのだ。
「精霊達が、先ほどの言葉に喜んでいる。『こちらこそ。よろしくね』と伝えたいらしい」
だから私は、彼へと応える精霊達のその想いを代弁してあげた。
『精霊達は嬉しそうにしているよ』と。
「そうですかっ。それはなんとも嬉しゅうございます」
すると、彼もまた嬉しそうに、穏やかな笑みを浮かべるのだった。
彼の純粋な人柄のおかげなのだろうか、それとも執事として長い間過ごしてきた矜持がそうさせたのかは分からないけれど、他の皆に彼と同じ事をしてもらっても、同じような結果にはならないだろう。
普通の人が、見えないものを心から信じるのはとても難しい事である。
大体の人は、心のどこかでそれを否定してしまい、信じきる事が出来ない。
そして、精霊達はそう言う否定の部分にとても敏感なのである。
決して嘘はつかない彼らだからこそ、他人の上辺だけの言葉や姿を見ると、それが嘘に感じられてしまい、分かってしまうのだという。
だから、今、目の前で何気なく起こった光景は、本当はとても珍しいものであり、言葉にできない程に素敵な瞬間なのでもあった。
……そんな事を考えていた私はそこでまた、今日何度目になるかわからないけれど、ジーンとしてしまうのであった。
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