第206話 様々。
一連のイベントを終えて、私達はまた大樹の森の花畑でのんびりと身体を休めている。
忙しさから抜け、少しだけ一息つきたい気分であった。
ただ、身体は疲れているのだけれど、頭がまだ動いている気がして、逆に今日は眠気が中々にやって来ない。
だが、そんな中でものんびりと寝転がりながりつつ瞼を閉じているだけで、普段は気に留める事が出来ない小さな音を身体で感じて、ちょっとした幸福を感じた。
きっとそれは人によって幸福の形が違う様に、感じられる音もまた人によって様々なのだろう。
ある人は風の音、ある人は鳥や虫の鳴き声、またある人は傍に居る人の呼吸の音や、心臓の音。
それらには必ずなにかしらの熱がある。
それを体で感じる事で、自分の心がゆっくりと熱を分けて貰っていくのが分かる。
魔法や魔力とは、いったい何なのだろうと、研究者達は力を理解しする為に、その未知の力を解き明かそうと、色々と難しい名を付け、仮定し、それを何かしらの枠に当てはめて、自分の理解できる場所まで下ろそうとした。
そうする事で、未知を理解した気になり、少しでも不安を打ち消し、自らの思うが儘に操り支配する事で、大きな安心を得ようとしている。
だが、最終的に、人は感じる事で魔力を理解するようになる。
この力は定義しきれるものではなく、限界はどこにもないのだと知り、心で感じ、そして熱をその心の中へと入れて満たしていくのだ。
やがて、その熱こそが力の正体でもあるのだと、心が理解する。
その瞬間に、人は魔法使いへと一歩を踏み出すのだ。
そして理解した人は、その熱が周りにばかりではなく、自分の中からも発しているのだと気づく様になる。
その熱を外へと伝える事が出来るのだと知り、周囲へと伝える事で自分の熱を分け与える事が出来る事を知るのだ。
そして、自分の身体から出した熱は、温度や色など、性質を変化できる。
更に、性質を変化したら、今度は形質も変える事が出来るようにもなる。
すると、形質が変わった時には、重さをも感じられるようになっており、存在がよりハッキリと感じられる様になるだろう。
そこから暫くして、気付いた時には、ただの熱でしかなかったものが、自分の中にあったその力が、目の前へと確かに存在している事に驚く事になる。
そして、それこそが魔力であり、ハッキリと感じられるようになったそれを、性質や形質、重みや音、臭い、場所、時間、その他色々と変化させたものが魔法なのだと分かるようになる。
……言葉で伝えようとするなら、そんな所だろうか。
まあ、これは私の感覚に過ぎんし、直感的に聞いても意味が分からなかった時には、この感覚は君には合わなかったと言う事でもある。
だから、その時は私の言葉は全て忘れて、自分なりの感覚を探して見つけてみると良い。
コツは『自分だったらこうする』というそんな、曖昧だったり、何となく浮かんで来た気持ちをそのまま試してみるのが一番良かったりすると思う。色々と試して欲しい。
「ばうっ!」
──何故、今更初歩の魔法の話なんかを始めたのかと言うと、最近になって白いまくらの利用者として増えたバウが、私に『魔法のコツを教えて!』と気持ちを伝えて来たからであった。
どうやらバウは私から『お食事魔力』を貰う時の魔力の使い方を最初に見て覚えたしまった為に、誰かに魔力を渡して強化する様な魔力の使い方は得意になったけれど、逆にそれ以外の単純な基礎の魔法の使い方が分からなくなってしまったらしい。
私やエアの魔法を沢山見ていて、同じようにその真似をしようとしても、今度は何故か上手く使えないのだとか。
私の腕を枕にし、うつ伏せのまま顔を向けてくる糸目のプニプニドラゴンのぬいぐるみは、私から初歩の魔法の使い方を聞いて実際に試してみたりしながら、『ばう~』と鳴き、『難しい~』と唸っている。
ただ、それを間近で見ていて私が感じたのは、どうやらバウは賢い分、少し考えすぎてしまっている様に感じた。
『これはこうだったのだから、この魔法もきっとこういう使い方なんだろう』と考える事が先に来て、自分で感じるという事を後からしている風に見える。だから、上手くいっていないのだろう。
だからもっと、考えるよりも前に感じる事を優先させた方が、感覚で使う魔法は楽になると私は思った。
『ばうー?』
「そうだ。ほぼほぼ考えない」
『……ばう~』
「難しい事はないぞ。先ほども言ったが、なんとなくでいい。魔法を使おうと思わず、『気づいた時にはそこに魔法の存在を感じていた』という方が大事なのだ。……そうだな、バウの場合はご飯の時は私の魔力はこういうものだと、もうそれで覚えてしまったんだろう?だからバウはあれを使える。あの時、態々『ご飯はこういう魔力の使い方をされているな?』なんて、考えないのではないか?」
『──ばうっ!!ばうっ、ばうっ!』
「そうかそうか。なんとなく分かったか」
バウはご飯に例えたら何となく感覚の違いが分かったらしく、早速試してみる事にしたらしい。
ご飯で釣る方法がよく効いたようだ。
最初の頃のエアも、色々と魔法を教える際には同じような事をした気もする。
感覚とは繊細で、とても不思議なものだ。
同じものを見ていたとしても、同じように視えているとは限らない。
だから、他者の感覚に圧倒されて、自分の感覚を惑わされてしまえば、自分らしさのままに行動できなくなったりするのだ。
分からないのも当然だ。まったく違う風に見ているのならば、幾ら言葉を重ねた所で理解など出来るわけもない。
それに、相手の感覚に合わせ過ぎると『自分が考えていることは本当に自分の考えなのか?』『誰かの模倣ではないのか?』『自分らしさとは何だったっけ……』と、普段の生活ですらそんな考えで頭がいっぱいになり、一歩も進めなくなったりもする。とても危険な事なのだ。
だから、本来の感覚を大切にしなさい。
君が感じる事、それがそのまま君にとっての宝物でもある。
好き嫌いは誰にでもある。
合う合わないも当然ある。
他者との間に違いが生まれてしまう事は、決して間違いではないのだ。
相手が自分と違うからと言って、それを不安に思ったり、否定したりしてはいけない。
正解は一つではないのだから。
バウはバウなりの正解を見つけなさい。
「ばうっ!」
──クルクル。ポトン。
小さな石の塊が、バウの目の前に突然現れると、暫くはクルクルと宙を回って、暫くしたら静かに私の胸の上に落ちた。……うむ。良い魔法だ。良く出来たな。
「ばうっ!ばうっ!」
バウは、小さく弱いけれど【土属性魔法】で石を出し操る事が出来た。
それを見て嬉しそうにバウは笑い、私の腕に頭をグリグリと擦り付けてくる。
上手くいったから褒めろという事らしく、私はバウの頭をクシャクシャと撫でて褒めてあげた。
そして、暫く撫で続けていると安心できたのか、バウはそのまま静かに眠りに落ちてしまう。
既に、私のお腹ではもう、頭を乗せて『くかーー』と気持ち良さそうに眠っているエアが居るので、私はまたしてもこのまま身動きが取れなくなってしまった。
もしかしたら、周りから見た人によっては、私のこの状態を『窮屈じゃないのか?』と感じてしまう者も中にはいるのかもしれない。
だが、私の感覚的には、これならば全く問題なく、大丈夫なのである。
なにせ今、私は言葉にできない程の幸いを感じているだけなのだから……。
またのお越しをお待ちしております。




