第205話 立役者。
辺りはすっかりと色付き、実りの季節へと入っている。
だが、ここ最近はずっと『大樹の森』も、『第二の大樹の森』も各地から傷つき、その治療の為に訪れる精霊達の姿で溢れんばかりになっていた。
この数日は連日連夜引っ切り無しに治療を求む精霊達が入れ替わり立ち替わりしていたので、休む暇もあまりなく、とても大変な状況であったと言えるだろう。
「ロム、ご飯の時間だよ!はいっ、食べてっ!」
だが、それも最初の内だけの話であり、今ではもうすっかりと余裕がもてる様になった。
始めはの方は不安そうにしていたエアも、今ではこの通り、機嫌は直って楽しそうに笑っている。
そして私は胡坐をかいた状態でエアにご飯を食べさせて貰いながら、ただただ魔法を使う事だけに集中し続けていた。
本来は私が魔法を使う際、基本的にはどんな体勢でも問題なく使えるのだが、今はこの姿勢ではないと少し対応が出来ない状態である。
だが、別にこれは治療の為に、魔法を使っているわけではなかった。
逆に治療自体は皆が軽傷な者ばかりだった為、案外問題なく直ぐに終わったのだ。
……ならば、何故そんなにも大変だったのかと言うと、『暗い事があった時には、何か楽しい事でもして騒いで忘れたいね』という気持ちが精霊達にもあり、どちらかと言うとその後のイベントの方が普段よりも人数が多過ぎて、統率がなかなか取れず大変だったからである。
折角普段は来れない『大樹の森』にまで来たし、それに自分達の為に楽しいイベントまで開いてくれると言うしで、大勢の精霊達がほぼ全員が参加する『大運動会イベント』と『大収穫祭イベント』という二つのイベントと、沢山のアクセサリーを貰いすぎていた為に一時的に凍結されていた『指輪イベント(エアちゃんに捧ぐ、我が渾身かつ至高の逸品)』も、今回は特別にほぼ同時開催する運びとなり、各地の職人気質の精霊達もこの地で鎬を削る事になったのである。
……だからまあ、当然の話、楽しかったわけなのだが、それはそれは大変でもあったのだ。
前回、ただマラソンをするだけだった『かけっこイベント』から、『長距離走』、『短距離走』、『二人三脚』『騎馬戦』『玉入れ』『大玉転がし』『綱引き』『魔法射撃』『魔法防衛棒倒し』『属性対抗魔法戦』などなど……各種競技を増やして行われた今回の『大運動会イベント』は、各属性の精霊達がチームを組み、ポイントを付けながら競い合って貰う形にしたら、想像以上に盛り上がり、白熱も白熱、本気も本気で、精霊達は応援にも熱が入り、とんでもない熱狂となったのである。
第二会場である『第二の大樹の森』も出来た事で、スペースは十分に確保出来、私は両方の森を【転移】を使って、進行役である精霊達に協力しながらやっていたのだが、段々と熱狂し、皆が競技に白熱してくると、全員がそちらに夢中になって進行を忘れてしまったので、結局半分以上は私一人で全てを回さなければいけないような状態へとなってしまった。
その為、白い苗木に仕込んだ『ドッペルオーブ』を通じて、こちらに居ながらも向こうの状況を把握できるようにして、遠隔でも魔法を使えるようにしたのである。
もちろん、そんな事が元々出来たわけではなく、いつの間にかそちらも把握できるようになっていただけの話。必死に【転移】で移動するのが、途中で面倒になっただけとも言える。
だが、大勢の精霊達の誘導や、種目の進行、状況変化の伝達、競技の精密なジャッジ等の為に、その把握が出来てないと、もうなんにも出来ない状況にすらなっていたので、なんとか出来ないかと頑張っている内に、またなんか突然壁を一つ『すぽんっ』と超えてしまったらしく、たまたま出来てしまったのであった。
またその過程で、『家』の魔法も進化しており、本来は私と『大樹の森』の二点間でしか行き来が出来なかったそれを『第二の大樹の森』でも設定できるようになって、精霊達は思い思いの場所へと行く為に三点間で自由な行き来が可能になったのである。
それに、私はその『大運動会イベント』だけではなく、エアが中心となって行われる方のイベントである『大収穫祭イベント』や『指輪イベント(エアちゃんに捧ぐ、我が渾身かつ至高の逸品)』にも注意を払っていた。
『収穫祭組』は、エアにお野菜を楽しそうに食べさせる『通常イベント』を終えると、今度は来年に向けての準備として『第二の大樹の森の開墾』という『特別イベント』を勝手に楽しんで始めるし、『指輪組』では今までの優勝者達は絶対参加の、『最高の職人決定戦』を始めたりで、私は時に自分もそのイベントに参加しながらも、全力で運営をやり、全力で魔法を使い続けたのであった。
……因みに、今回の『大運動会イベント』での優勝チームは『風精霊チーム』で、どの種目においてもほぼほぼ高い順位をキープし続けた事と苦手競技がほぼ無かった事が影響して総合的に一位となったみたいである。
『うん!まあまあかな。余裕だったけど、こんなもんでしょっ!』と風の精霊ことふぅちゃんがドヤッとしていると、──ピキっとした残りの三人が『来年は絶対に負けない』と各種競技の対策や団体競技の得点の高さを考えてその練習が今後は必要な事などを、それぞれの仲間達と今からもう相談し始めていたのが、とても印象的であった。
『大収穫祭イベント』においては、周辺の森へと影響が少ない範囲で、各々が好きに開墾を頑張って貰い、来年に備えて皆で美味しいお野菜を作ってもらう計画になったらしい。
ここは、一見すると全員が穏やかな集団で何も問題がない様に見えるのだが、その実、気づいた時には悪い顔をして少しでも大きく開墾しようとし始めるので、一番注意を払う必要があった困った集団なのである。
そして、『指輪イベント(エアちゃんに捧ぐ、我が渾身かつ至高の逸品)』の方は、そもそも何故これだけがサブタイトルがついているのかに先ず注目したくなるものの、参加した職人たちは皆必ず『指輪イベント』とは言わずに『指輪イベント(エアちゃんに捧ぐ、我が渾身かつ至高の逸品)』と正式名称で言う事そのものに拘りと、面白さを感じているようだったので、あまり深く追及したりはしなかった。楽しそうならばそれでいいのである。
ただ、イベントの内容自体は最も真面目かつ息が詰まる様な真剣なもので、そのサブタイトルも決して過言ではなく、各職人たちの至高の技術のぶつかり合いというのか、自分たちの魂を掛けてこれぞ本当の全身全霊であると見せつけてくれているのかと思う位に、素晴らしく命のこもった作品が次々と製作されたのであった。
結果的に、エアのお眼鏡に適ったのは、『酒とチーズ検知、警報、吸収、分解』と言うとてもニッチな効果が常時発動するタイプの指輪で、木製のリングに白いラインが幾重にも走っており、まるでパズルの様な模様が、時間と共に流れて変化もしてくれると言う目にも楽しい逸品である。
それはどこぞの第一回大会の優勝者の作品ではあったのだが、数多くの芸術品とも呼べる他の参加者達の作品と比べて、デザインはそこまででは無かったものの、指輪の効果の面においては一番エアの心を掴んだようで、作った本人にこの作品の事について火の精霊の一人が尋ねると『他の作品の素晴らしさには到底敵わないと思った。だが、エアに必要だと思える物をただただ作りたかった』と言う発言に、周りの精霊達はジーンと何かを感じ取っていた。
そして、そんな勝者の言葉は各参加者達の心に少なからず突き刺さりもしていた様で『一度優勝した事で浮かれていた』『技術にばかり拘り過ぎていた』『使用者の気持ちを一番に考えるべきであった』と皆悔しそう反省しながらも、次回の開催に向けてまた一つ大きな目標が出来たと言って嬉しそうに笑って帰って行ったのである。
どのイベントもとても大変ではあったが、そのどれもが成功を収め『やって良かった』と心から私もエアも、そしてきっとバウも思った。
──そう言えば、『バウはイベントの間何をしていたんだ?』と思うかもしれないが、各イベントにおいてバウは突如として現れるお助けキャラの役割を完璧に全うしてくれていたのである。
『大運動会イベント』では、時にギミック要員としてブレスを吐き続けたり、玉入れようのカゴをを背負ってパタパタと飛びまわったり、私がいない場合には簡単な審判を務めたりもしていた。
『大収穫祭イベント』や『指輪イベント(エアちゃんに捧ぐ、我が渾身かつ至高の逸品)』においてはお野菜を一生懸命運び続けたり、精霊達と一緒にブレスを吐いて開墾したり、指輪の素材を精霊達と一緒に沢山取りに行ったりと、エアと同様に精霊達の姿はあまり見えて無い筈なのだが、それでも精一杯頑張ってくれたのである。
もし仮に、今回のイベントを通して、誰かにМVPを送れるのだとしたら、きっと今回は間違いなく私達はバウへと送っていた事だろう。
沢山飛んで、沢山ブレスを吐いて、今では疲れてすっかりと垂れる様に熟睡してしまっているバウのそんな姿を見て、私もエアも精霊達も、バウに『頑張ってくれてありがとう』と感謝しつつ、微笑ましく思うのであった。
またのお越しをお待ちしております。




