第203話 撼。
第二の大樹の森も、数百年もしたら元の大樹の森と同じく、魔力濃度が濃い場所へと変わっていく事だろう。
そうすれば精霊達にとって、数少ない居心地の良い場所へとなってくれる筈である。
ただ、あまりにも濃くしてしまうと、大樹の森の様に精霊達でさえも長居できなくなってしまう可能性がある為、ここでは最初から加減もしておいた。
私が去った後も、この辺りの環境へと渡す魔力を自然と調整して放射してくれる様に、白い苗木には『炎の滝』でも使った『ドッペルオーブ』を核としてそのまま仕込んである。
これで、精霊達もこの場所の管理がし易くなる筈だ。
お昼寝から起きると、気づいたら辺りはすっかりと日も暮れてしまっていた。どうやら少し寝すぎたらしい。起こしてくれても良かったのだが……おっと。
もう少しで実りの季節と言う事もあって、風はとても涼しい。いや、少し肌寒くすらあるだろうか。
だが、私のお腹の辺りだけはとても温かく、そしていつもよりも重みがあった。
よく見ると、そこにはエアとバウが私のお腹と腕に頭を乗せてスヤスヤと寝息を立てていた。因みに、お腹でエアで腕がバウである。
魔法で身の回りの温度は快適になってはいるけれど、やはりこうして触れている部分はとてもぬくい。
気持ち良さそうに眠る二人を起こさない様にと思うと私は動けないので、暫くはその状態でただただ空をボーっと眺め続けていた。
旅に出ても、やってることは大樹の森に居る時とあまり変わっていない気がする。
……まあ、ここが第二の大樹の森なのだから、それでも良いとは思うのだが、誰か人がこの様子を見ていた場合、これでは冒険の途中なのだと言ってもあまり信じて貰えなさそうだと思った。
まあ、幸せそうに眠っている二人の姿を見ると、『そんな細かい事はどうでも良いか』という気持ちにもなる。それに警戒を緩めているわけでもないのだ。
唯一問題があるとするのならば、ここまでのんびりとしていると、どうにもまた眠気に負けてしまいそうになるという点であるが……ん?そう言えば、精霊達は何処へと行ったのだろうか。
私は首だけを動かし、精霊達の姿を探し始めた。
すると、周囲には彼らの姿が無い事が分かる。
それに、気づいたのだが、この場所に元々居る筈の、綿毛の精霊達の姿ですら……ない。
「……これは、いかんな。エア、バウ、起きて貰えるか」
「んっ?ろむ?」
「……ばうっ」
そこで私は異変を予感した。
まだ、何かを察知した訳でもない。警戒に実際に何かが引っ掛かったわけでもない。
だが、恐らくは、おかしい事が起きていると予感が働いたのだ。
これは長年冒険者としての生きた者としての勘である。
それにここが森の中というのも運が良かった。
また、直前に自分の魔力を周囲へと広げていた事も功を奏している。
もはや自分の『領域』と言っても良い位に、長年生き続けて来た環境である大樹の森によく似た状態を作り出せていた為に、私の感覚はとても鋭くなっていたのだ。
だからこそわかる。ここは既に先ほどまでと、空気が違っている。
独特の穏やかさの中に、じっとりとした、淀みが混じりかけているかのような……。
「……淀みか」
元々の大樹の森においては、私はそれを長年かけて掃い続けて来た為、大樹に近い場所には殆どその気配を感じない。
だが、この場所はまだ作ったばかりであり、当然そこまで淀みを掃う事が出来ているわけでもなかった。
……だから、森の中はそこら中に小さな淀みが点在している。
それへと注意を向ければ向ける程に、私の勘はそこに問題がある事を告げていた。その小さな淀みに端を発して何かが起きるような気がしてならない。
「周囲、警戒……異変だ。探知は、不可。淀みに注意を。まだ事が起こる前なのだろう。だが、確実に何かが起こるぞ」
「──うん、分かったっ!警戒する!」
「バウッ!」
そんな私の言葉に、寝起きでまだ少し呆けていたエアとバウも一気に立ち上がり、気を引き締めて辺りを見回し始めた。
「…………」
……一分経ち、二分経ち、未だ何も起こらない。魔力の探知にも何も引っ掛かりはしない。
だがしかし、そこらの淀みの気配は小さいながらも存在感を強めている様な気がする。
森のそこら中の小さな淀みの全てからそれらを感じる事が出来た。
全てを掃えば問題は無いのかもしれないが、私が言っている小さな淀みとは、砂の一粒単位のもので、とても広範囲に点在しているのだ。
だから、正直な話とても面倒なのである。
それに、今は少しでも情報を集めるのが大事であると、勘が告げている。
今、ここから始まる何かの光景を、私は確りと見ておかなければいけないという、そんな気がした……。
──すると、その瞬間は突如として訪れる。
森の中、たった一粒程の気配しかなかった、その点在する淀みのほぼほぼ全てが同時に膨らみ、淀みから『石』へと変化していく様を、私は感覚を最大にして捉える事が出来たのである。
それは自身の体感時間を凄く引き延ばしていくかのような、不思議で新鮮な感覚であった。
だが、その瞬間に感知出来てしまった内容に、私は身震いが起きる。
……その気配が、なんと『モコ』のものであったからだ。
正確に言うのならば、そんな『石』の小さな気配の一つ一つから、ほぼほぼ同時に『モコ』の気配を感じたのであった。良く視れば小さな『石』の外周は既に小さな黒い球体に覆われ始めてもいる。
こんな事が出来たのかと驚かずにはいられなかった。
あれはこれだけの数で、複数が同時に現れる事が出来るものだったのかと。
確かに、これまでは無かったけれど、複数が現れない可能性は無い話でもなかった。それに気づけずにいた私がただ単に愚かであったという話である。
だが、それにしたって一度にこんな沢山現れるとは誰が思うだろうか。
「ロムっ、なんか急に出てきたのを探知できたよッ!なにこれっ!」
エアやバウも球体となった段階から探知出来る様になったらしい。
そして、私からそれら全てが『モコ』の気配である事を教えられると、二人は辺りをキョロキョロと見回し、とても驚いた顔をしていた。
その理由は当然、三百六十度、どこを見回してみてもその『モコ』が存在が感じられるのが分かった為であろう。
私が把握できているだけでも、周囲の森の中には、百体以上のモコの気配があった。
これがもし、この後その球体である黒い身体がどんどんと大きくなって、人型になり自我を持って行動し始めたとしたら……その時には大変な事になるだろう。
これは直ぐにでも対処しなければと私は思った。
それに、不幸中の幸いと言うのか、精霊達が言いだしてくれたおかげで、この周囲が大樹の森と似た環境になっている事が有利に働く。これの恩恵は大きく、私はかなり早い対応が可能だろう。
今ならばまだ、完全に大きくなる前に、全ての『モコ』達を潰す事ができ…………んん?
「……ねえロム……本当にこれがあの『モコ』なの?海で見たやつとか、お話に出てきたのと随分違うけど──」
──そうして、エアが私に尋ねてきた理由も納得であった。
なんと、今回発生した『モコ』なのだが、数は多いけれど、モコモコの成長具合があまりにも芳しくない様子で、大体二十センチも成長しないまま皆人型形態へと変化し始めてしまったのである。
そして、変化し終わった個体から、よろよろと歩き始めると、身近にある草などにパクっと噛り付きだしていた。
ただ、それは上手くいった方の個体であり、上手くいかない個体はどれも上手く歩けないのか途中でコテンと転んでしまっている。
すると、これまた驚いたことに、たったそれだけで転んだミニ『モコ』達はそのまま体内の超極小の『石』と共に、消え去ってしまったのであった。……なんとも脆いのである。
大体百体居れば、上手くいったのは全体の一割が良い所で、私の把握しているモコ達は結果的に十体ほどしか残らなかった。
だが、その残りのモコ達も、野生の動物達の体当たりを受けたり、草が口に合わなかっりして簡単に消滅してしまっている。
……結局、そのまま私の把握していた『モコ』達も全滅してしまったのであった。
「…………」
もちろん、全滅したことは悪い事ではないし、恐ろしい事態に発展しなくて喜ばしいのだけれど……。
なんだろう、このちょっと想像していた展開とは違う肩透かしを食らった言い様も無い感覚は……。
エアやバウはなにが起こったのか分からずにぽけーっとしているが、きっと今の私も似たような雰囲気を発している事だろう。
「……浄化」
とりあえず、私はそのまま森の中全体を一度綺麗に浄化しておいた。これで残りも心配ない筈。
そして結果的には、『モコ』が発生したことで、森の中の淀みも少なくなり、空気は綺麗になったとも言えるが……。
果たしてこれは、良い事があったと思って、良いものなのだろうか……。うーむ、分からん。何が目的なのだろうか。
そこで私達はとりあえず、街へと戻って今回の件を一応はギルドへと報告しておく事にした。
広範囲に亘り探知はしていたとは言え、流石に相手は小さい事もあり、見逃しが居た場合に備えての対処である。
──だがしかし、そうして街のギルドへと向かった私達が驚いたのは、あの『モコ』が現れたのはどうやら森の中だけではなかったらしく、街中にも現れたどころか、大凡ギルドで確認できる全ての大陸の街でも似た事件が起こっていた、という事なのであった。
……そうして、この日から、世界中には『ゴブ』と呼ばれる『瘴気生物』が発生する様になったのであった。
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