第20話 探。
2023・02・26、本文微修正。
「そっちに行ったぞ。追えるか?」
「うんっ!行くっ!」
焼き肉を気に入ってくれた彼女の干し肉問題が一応の疑似的な解決(?)を見せた今日この頃。
本日も私達はその為の猪を追いかけ回していた。
「待ってっ!おにくっ!!」
今日も日差しは厳しく、森の中での活動も少し動けば汗が滲んでくる様な状態だったが、エアは気にもせず元気に『天元』での体内の魔力循環を強めて全力で走り回っていた。
いや、正確には気にはしているのかもしれないが、五秒に一回は浄化の魔法を発動しており、その限りではないと言った方が正しいだろう。エアはお肉を狩るのも、『天元』の訓練も、魔法の練習にも全力である。
「…………」
私が傍に居る時には『浄化』の魔法を出来る限り早いペースで何度も発動してみせ、最初の方は『だいじょうぶかな……上手く出来てるかな……』と、少し不安気な表情をしていた事もあったけれども、内心ではやる気に満ち溢れている事がしっかりと伝わってくる。
少々我武者羅な様子にも思えるが、回数をこなして早く慣れたいという気持ちもよく分かった。
『……大丈夫。その調子でやれば直ぐに上手くなるぞ』と、内心で私は彼女を応援する。
「…………」
ただ、あくまでも現在の主となる目的は基本的に『お肉』である事に変わりはなく、その為の準備もちゃんと進めていた。
私は基本的に索敵と解体を担当し、エアが狩ったお肉達の下準備をしているのが現状である。
狩りに慣れてきたエアは最近ではもうあまり『がおおおぉぉぉぉ』なんてすることも無くなってしまったので……私はさほど心配をする必要もなくなり、黙々と作業を進めていた。
私から見て、彼女は実に良い成長を続けていると思う。
……ただまあ、あの『がおおおぉぉぉぉ』自体は、あれはあれで可愛らしい上に中々の威力を持つ突進だったと、今になって思う事もあった。それに、上手く使えばエアのあの行動も『釣り役』にはピッタリだったんじゃないか、とも。
「…………」
まあ、俗に言う『囮』と言う役割がある事を彼女に教えるべきか否か、私は少しだけ考えていた。
餌の様に振る舞って敵を釣って逃げていき、敵を仲間が待ち伏せしている場所まで引っ張り込んで、罠にかける。また全員で襲い掛かるという冒険者でも大物相手の時には良く使う手法は知っておいて損のないものだと思った訳だ。
冒険者は色んな状況下での活動が予想されるので、この方法もエアには是非覚えて欲しいと思う。
ただその一方で、『最初から教える方法ではないのではないか?』とかも考えたりする訳で……。
『教える』と言う事の難しさを、私は『お肉』を解体しながらも考えていた。
……それにまあ、内心『がおおおぉぉぉぉ』をする彼女の姿がまた見たいだけだったりもするのだが、それは私だけの秘密である。
「よしっ!つぎはっ!!──あっちねっ!!」
また、現状では『がおおおぉぉぉぉ』の代わりとなる『新たな技』を、エアは自分で二つほど会得もしていた。
それらを分かり易く擬音語で表すとしたら『ズドンズドン』と『ヒュードン』である。
『ズドンズドン』は相手に近付いて行って、近づいたところで両手を前に突き出し攻撃する技で。
『ヒュードン』はジャンプして相手の頭上から両足で落ちて踏みつける技である。
……因みに、エア自身が本当にそんな名を付けているのかは不明であった。私が見ていて勝手に心の中でそう名付けているだけの──そんな下らない話である。
「…………」
ただ、技の性能的には『ズドンズドン』は兎も角として、『ヒュードン』の威力はかなり高かった。
そもそも野生においても相手を踏みつけるという攻撃はそれだけでかなり有効的な技だ。それも、肉体強化と強度に優れた鬼人族のエアが高所からやるというのだから、聞くだけでかなりの破壊力が想像できる。
実際、猪くん相手には今の所皆一撃で決着をつけていた。エアもかなりこの技には安心感をもっているらしく、先ほどから何度も使っている。……あ、また一頭猪くんが焼肉ブーム仲間入りだ。
「やっきにくっ!やっきにくっ!」
『焼肉』。それのなんと素晴らしき響きか。私は今まで肉を焼くと言えば丸焼きしかしてこなかったので、ただ肉を焼くだけだと思っていた。
だが、『焼き方』だけでも実は奥が深いらしく。肉の部位によっても味の違いが出るのだという事をエアの食べっぷりを見ていて私は初めて知ったのである。……やはり『料理』と私は少し相性が悪いからだろう。一人では一生気付かなかった。
「…………」
既にかなりの試食と研究を重ねているエアは、今では肉の部位を色々と食べ比べるだけじゃなく、『焼き方』をコロコロと変えながら好みの食感にしたり、自分で塩味以外の新たな『味変』を探したりもしていた。
その中でも、現状エアの一番のお気に入りはしっかりと焼いた食感が一番好きらしく、おなじみのネクト(秘跡産果物)の搾り汁などを筆頭に、各種薬草類なども摩り下ろしてみたり、焼いた肉をそのまま薬草で包んで食べてみたりと楽しそうに研究を続けている。
そんな彼女の様子に、私は是非とも美味しい発見を沢山して欲しいと思った。
「…………」
……さて、私達はそんな感じでかなりの数の猪くん達を狩っていったわけではあるが、流石に狩りの頻度が多すぎたか家の周辺には全く居なくなってしまった。
なので、今ではもう『石持』が出現するくらいの場所で狩りをしていた訳で──。
と言う事はつまり、あいつらも当然出ると言う話であった。
「──でたッ!」
実際エアも発見したのだろう、そんな大きな声をだした。……少し前から奴等特有の臭いもしていたので居る事は分かっていたが、さて今回は一体どんなやつが出たのだろう。
「もったいない……」
すると、その相手の元が猪くんだったからだろう。『猪くん型ゾンビ』を見てエアはそんな風に零していた。『生きてたら……』とも呟く彼女に少し面白さを感じつつ、私も一緒にその『石持』を眺める。
顔の半分、いや、正面から見て大体身体の右側半分が何か他の野生生物に殺され、捕食され骨状態のまま放置されていたのだろう。淀みが溜まり、体内に魔石が生じて『石持』となってしまった個体がそこには居た。
猪くんにとってもきっと思いがけないセカンドライフになって困惑しているかもしれない。
……いや、すまない、嘘だ。実際には死者が蘇りはしないので、あれはもう元の猪くんではない。ああなったらもう完全に別の存在である。
「…………」
時折、人の中にもああして他者に殺害され放置されたまま気づかれずに淀みが溜まり、ゾンビとなって動き出した事で、『まだ人間の意識が残っているのでは?』と考えたり、『呼び掛けに反応したからあの人はまだ生きているんだ!』などと勘違いしてしまう者がいるけれども……。
悲しい事だが、もうそれは完全に別の存在なのである。中には普通に喋りだす個体も居るので、その判断はとても難しいだろうけれど……。
恐らく目の前の『猪ゾンビ』においては、まだ発生したての個体だったからだろう。その動きはとても緩慢で、敵である我々に意識を向ける余裕もなく、ただただそこで淀みを貯め込んでいる状態で彷徨っていた。あのまま淀みがある一定以上まで溜まると動きが活発になり、他へと淀みを撒き散らす存在となるのだ。
だから、そうなる前に終わりにしてあげようと私は思った。
エアを見ると、最初は私のやり方を見てみたいらしく、いつの間にか私の白いローブを摘まんで彼女は背中に隠れていた。
「……ふむ。そう難しい事はない。浄化が使えるなら、石を抜き取った後、こうして石に少しだけ割れ目を作り、そこに浄化を流し込む……それだけだ」
私は一思いにと、猪ゾンビくんの身体を石部分以外全部消し飛ばし、石だけを手に取るとそこへと少しだけ力を込めた。
そうすると、クルミの様な少し硬めの殻に罅が入り、そこへ浄化が入り込む。そして、段々と石は小さくなっていき、終いには跡形もなく消滅してしまったのだった。
私は、これが本来の正しい魔石の処理の仕方であると彼女に教える。
「…………」
ただ、冒険者の場合はこれが仕事の証明代わりにもなるので、集めて持っていくとお金と交換してくれる。
冒険者の中には当然魔法を使えないものも居るので、そういう者達の為にも冒険者協会内では程度まで溜めて後からまとめて浄化魔法持ちに依頼し消滅させるという事もあった。私も何度か頼まれた覚えがある。
「えへへ、浄化できるっ!」
「そうだな。もし冒険者協会にお願いされたら、エアに頼もう。いいか?」
「うんっ!やるッ!!」
エアにも試しと、残りの『猪ゾンビ』の身体に浄化を使えるか試させてみた。そして実際に使える事が分かると、とても嬉しそうに微笑んでいる。
……彼女のそうした無邪気な笑みを見ていると、最初の魔法が浄化で良かったと私も心から思うのだった。
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祝20話到達。
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