第199話 霧中。
早朝から驚かされる事ばかりが続くものだと私は思った。
それも『世界を支配してくれ』なんて言葉が、優しき精霊達の口から出てくるとは、予想だにしていない。
突拍子もない上に、なんとも穏やかではない話であった。
だが、恐らくこれは……
『……冗談、だってバレバレですかね。でもまあ、冗談ですけど結果的にはそれと似たような状態になるかもとは思ったもんで、少し盛って話しました』
火の精霊は胸を押さえつつ、そんな事を微笑みながら告げてくる。
そこで、私はすぐさまに彼にたっぷり魔力を渡すと、少しでも痛みを和らげるために回復も使った。
どれだけ効果があるのかは分からないけど、やらないよりはましであろう。まだ痛いか?
『あっ、すみません。大丈夫です。かなり楽です』
痛みを我慢して微笑みを浮かべていても、それを看破できるくらいには彼らとの付き合いも長い。
彼ら精霊達には『領域』という制限が必ず付いて回るらしいので、それを侵す行為をすれば、それだけ自身の存在を傷つける事にもなって、痛みすら覚える事もあるようだ。
今がまさにその状態になっていたという訳である。
だが、彼はそんな状態になってもまだ、何か私に伝えたいことがあるらしく、無理をしながらも更に言葉を続けようと口を開いた。
『旦那……旦那の領域をもっと広げて欲しいんです。あの大樹の森みたいな居心地の良い場所を、色んな大陸の、色んな場所に作っては貰えませんか?』
ぐったりとしながらも火の精霊が頼んで来たのはこれまた珍しくも『植樹』である。
彼が私の身体へと倒れ込みながらそう言うので、私はすぐさま彼を支えて、その願いに頷きを返した。
だが、こんな短時間の間に、こんなにも衰弱してしまう事が、私の内心に大きな恐れも抱かせる。
彼らのこういう姿を目にするのはこれが初めてという訳ではない。
だが、慣れるものではないだろう。
今だって一歩間違えば危うい事になっていてもおかしくはないのだ。
……あまり無理をしないで欲しい。心配になる。
ただ、彼自身そうなるとは知っていても、言わずにはいられない何か特別な事情でもあったのだろう。
それだけはよく分かった。この子がこれだけの無理をするのはそれだけ凄く珍しい事であったから。
「分かった。ちゃんと聞き届けたから。君は少し休みなさい」
『旦那、すみません。……いつも迷惑を掛けてばっかりで、何も返せずに……俺たちはいつも』
何を言っている。それは私の方のセリフである。
それに、迷惑なんてこれっぽっちもかけられていない。
森に木を植える位、私にとっては大した事でもないのだ。ちょちょいと熟してみせるぞ?
早速、もう少しして日が昇ったら、この街から少し離れた場所にでもちょうど良い場所を見つけて、木を植えて来ようじゃないか。きっとエアも楽しんで協力してくれるだろう。
人があまり来ない場所を探し、精霊達にとって居心地の良い場所を作ってみせる。
それで大丈夫かな?
『はい。管理は俺達で頑張りますんで任せてください。それと、出来れば沢山お願いします。あと、旦那は旅をやめないで欲しいです……』
そうかそうか。色々とあるのだな。ちゃんと分かった。旅も確りと続ける。だから心配はいらない。
それに、折角大樹の森を他にも作るのならば、やはりそこにも私の魔力で滝を作っておかなければな。
細かい場所の話とかは、また後で改めてしてもいい。
だから、今は寝ていなさい。
『はい。それじゃあ、少しだけ眠ります──』
「ああ、おやすみ」
『──あっ、そうだ。そう言えば旦那、もしかしたら、この後あの三人が来るかも知れないんですけど、そしたら今回の件はどうか内密にお願いします。この話は俺の独断に近いって言うか──』
──寝なさい。
中々寝る気配がなかったので、思わず魔法で強制的に寝かせてしまった。
『あー!居たよ居たッ!こっちに来てたよ!もうッ!』『独断専行』『しょうがないですね。こんな朝早くからすみません。ご迷惑をお掛けしました』
すると、彼が眠るとほぼ同時に、残りの三人の精霊達も丁度やってきたようである。一足違いだったな。
そして、彼女達は、私の傍で火の精霊が寝ている姿を見つけると、皆『ほっ』と安心したような声を出している。
君が一人で来た時点でもしかしたらとは思ったけど、どうやら誰にも言わずに来ていたらしい。
起きたら彼女達に少し怒られそうだ。だいぶ心配していたみたいだぞ。
……因みに、精霊達には精霊達のルールがあり、精霊達同士の大事な話し合いもある。
その中には当然、私には聞かせられない話も沢山あるようだ。
だから、本当は四人で何か話をしたかったみたいなのだが、する筈だった彼がその話し合いをすっぽかしてまで、ここへと来ていた事に彼女達はプリプリと怒っていた。……いつも暇そうに見えていたが、意外と彼らも早朝から色々としていたらしい。
三人は寝ている火の精霊の顔に、魔力で『おバカッ!』と沢山いたずら書きをしていた。どうやら八つ当たりをしているようだ。
そうして暫くその八つ当たりで気分を落ち着けると、三人は今度は私に向き直った。
どうしよう。私もいたずら書きされるのだろうか。私は寝てないんですけど。
だが、どうやらそれは杞憂だったらしく、実際は、『彼はどこまで話しましたか?』と私と彼が何を話したのかを尋ねて来たのであった。
ただ、私はその問に対して首を横に振り、『深い理由までは何も聞いていない』と答える。
私は彼からただお願いされただけで、その内容も『色々な大陸に大樹の森を作って欲しい』と『植樹』を頼まれただけなのだ。
当然、彼が最初に話した『世界を支配してくれ』なんて冗談は、話さなくても平気であろう。
……すると、三人はその言葉に少し残念そうな顔をしながらも納得している。
──そうして、日が昇り、エアやバウや白い兎さんが起き出すと、私達は一緒に街を出て今日はそのまま『第二の大樹の森』を作り始める事にしたのであった。
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