第197話 淑。
「勝手に見知らぬ女性の服の色を変えてしまう人が、この世に居るとは思いませんでした……まったく、私の心が広くて助かりましたね。そうでなければ貴方、今頃は先の件を抜きにしても罪人待ったなしでしたよ」
と、朝からいきなり訪ねてきて、好き勝手な事を話しているのは森の『隠れ里』に置いてきたはずのあのエルフの淑女であった。……なにをしに来たのだろう。正直言って帰って欲しい。
訪問理由は確か、謝罪がしたいとかなんとか言っていた気がするのだが、話はいつの間にか私が『ローブの色』を勝手に変えた事へと取り沙汰されており、やっぱり相殺ですので謝罪はなしですね。みたいな事を言い出していた。
そんな言葉を聞けば、一般的には『謝罪に来たんじゃないのか?』『失礼なのはどっちだ?』と思ったりするかもしれないけれど、私はその口調や態度や雰囲気から、友(淑女)と同じものを感じ、昔を思い出してなんとなく懐かしさを感じていた。
そう言えば最近顔を出していないので、そろそろ一度友二人に会いに行くのも良いかもしれないと思う。
確か、前回あったのは五十年以上は前だったような気が……。
「ちょっと、聞いているんですか?私がまだ話をしているのに、上の空だなんて失礼だと思いません?」
まだ日の出前という早朝の時間の為、エアとバウと白い兎さんはスヤスヤと仲良く一緒に寝ていた。
【消音】もちゃんとかけているので、向こうは今、幸せそうな空間が広がっている。
私も出来ればもう少し寝ていたかったのだけれど、この目の前の淑女が帰ってくれそうな雰囲気は今の所ゼロであった。
でもなんで、私が態々こうして相手をしているかと言うと、これが耳長族の女性にとっては普通の姿である事を知っているからである。
彼女としては、本当にこれでも謝罪に来ているつもりだし、今も申し訳ありませんでしたと言う内容をか~なり遠回りしながら伝えている真っ最中なのだ。
時間がかかる事は事前に分かっていた為、私もちゃんと覚悟は出来ていた。
第三者の視点があれば、『昨日の言い合いと何が違うんだ?』と思う者も居るかもしれないけれど、こればかりは慣れである。
『あー今は、怒っているんだな』、『あー今は、何か言いたい事があるんだな』、『あー今は逃げないと酷い事になりそうだなっ。なにっ、罠だとッ!?』と、エルフの男性達は淑女達とこうした話し合いを一つずつ積み重ねて、経験値を増やしつつ学んでいくのだ。
それに何も淑女だけがこう、と言う訳でもない。
男性には男性で癖があるし、淑女達と似たように回りくどい時もある上に、話し方が独特だったりもする。
私の場合だと簡潔に話しかけようとする場合単語だけになる事が多いらしい。『問う』『断る』『了承した』は私の口癖だと昔に友から教えて貰った。
ただ、どちらにしても耳長族達と話している間は、一つ気を付けておいた方が良い事がある。それは『目をちゃんと見て話す事』だ。
話している間、そこに気を付けておかないと、『あっ、話を聞いていない。きっとわたしが面白くなかったんだ。もっと楽しい話をしなきゃ!』となって逆に話が長くなったり、『あっ、この人は私の事あまり好きじゃないんだ』と勝手にしょぼんとして落ち込んでしまう事がある。
『他の種族の方はもっとサバサバしているんだな』とか、里を出て初めて分かる事はとても多い。
そんなエルフ達の面倒だと思える部分も、ちゃんと分かっているとこれはこれで良さを感じるようにもなるのである。
慣れればエルフと話をしていると、一生懸命伝えようとしてくれているのが凄くわかる様になるだろう。
目の前の淑女もそうだ。これでも『ローブの色を紺にしてくれて、ありがとう』と言う、感謝の想いが見え隠れしていた。
……因みに、エルフ流の読解力をもってすると、微妙な違いではあるのだが、『紫もそんなに悪くはなかったですよ』と思っていたことも伝わって来るのである。ここら辺までを理解できるようになるには、それはそれは沢山の経験値が必要なのだが。
まあ、誰が最初に付けたのかは分からないけれど、『淑女』と言う表現も本当に面白いと私は思った。
丁寧に話している様で、その実思っている事は全く別だったり、言いたいことが直接言えず遠回しにがんばって説明してきたり、奥ゆかしいと言えばいいのかなんと言うか、まあ、本当に『淑女』達は淑女なのだと感じるのである。
私達はもうすっかりとその言葉に慣れてしまった。
里に居る時には本当に変にだとは思わなかったし、それが普通だと思っていたのだが、いざ他の街に行ってみて会話した時の、周りの人達のサバサバ感には本当に驚く。
エルフ達がよく初対面から人を見下したりすると言われる事があるが、きっとそれは驚きつつ話をしている状態で、身を引きつつ警戒して喋っているだけ、という時もあると私は思うのだ。
話し方にしても、遠回しよりも直接的な表現をした方が好まれると聞けば、『という事は、話す言葉自体をもっと短く簡単にすればいいのか?』と考えるようになり、『そっか、じゃあ"単語"だけで話せば分かり易いんじゃないかっ!』と勘違いしたまま、結局それが口癖になってしまったどこぞの白銀の耳長族もいる。
私達はそんな風に基本的には周りの人達よりもかなり不器用で、成長がゆっくりとしている種族なのである。
長生きと言う事を羨ましがられる事は多々あるが、私達のそんな不器用さまではあまり理解されない。
まあ、目の前の淑女の話を聞いていて、昔を思い出し、何となく耳長族について改めて考えたくなってしまった、ただそれだけの話であった。なんとも一長一短な種族だと私は思う。
「……まー、そう言う訳ですから、良かったら……わたしが、その……あなたの、お嫁さんになってあげても、いいんですよ?」
──はい?
……少し気を抜いていたとはいえ、何時の間に目の前の淑女の話はそんな所まで発展していたのか。
これはまったくの予想外であった──。
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