第196話 方便。
「…………」
沈黙が長い。
私の言葉に彼らは不機嫌そうにだんまりを決めこんでいる。
まあ、彼らからしたら私の先の言葉は非難している様にしか聞こえないだろう。
そうなるのも当然だ。
『君達の様な者達は守りたいとは思えない』なんて言葉は、ただ相手に『嫌いだ』と告げているのと同義である。
……だが、はてさて、話はこれで終わりなのだが、このまま彼らをここで解放しても良い事にはならないと思う。
なので、私は彼らに『隠れ里』がある場所を尋ねた。
「そんな事を余所者の貴方なんかに教えると思いますか?」
「そうか。という事は『隠れ里』自体はあるのだな?」
「…………」
ふむ。まあ、この森に囲まれた街を見た時からどことなく『里』に雰囲気が近い街だとは思っていたが、近くに『里』があるとは本当に思わなかった。
里と街の関係性はなんなのか、どういういきさつで君達が来ることになったのか等、色々と聞きたい事はあったが、私のカマかけに『ムッ』としてしまったのか、それから淑女を含めて後ろの三人も完全に喋らなくなってしまったので、仕方なく自分で探す事にする。
そして、この街の周辺から段々と魔力の探知を広げていき、谷を越えて少し行った森の先のところ辺りで目的の場所を簡単に発見する事が出来た。
「ふむ。谷の直ぐ先か」
「っ!?」
「この里に掛かっている【隠蔽】は君が掛けたのか?作りがそっくりだからすぐに分かったぞ」
「……なっ、なぜそれをっ、こ、ここに居ながらあの場所まで探知が出来たとでも言うのですか?」
「ああ」
「そんな馬鹿な、あり得ません」
まあ、魔力量さえ多ければ誰でも出来るが、なければできない芸当である。
その為、信じて貰えないのも仕方がない。
「エア、今回はバウ達を連れて行くと余計に騒ぎが広がってしまうかもしれない」
「うんっ、分かった。ここで待ってるねっ」
「ああ。頼む。直ぐに戻って来る」
エアは少し寂しそうにしていたが、私が言う前から自分でも予想していたらしくすぐに了承してくれた。
──さて、それでは私はこの四人を連れて【転移】をしてっと。
「──なっ!?」
一瞬で室内から、森の中へと移った事で、彼らはキョロキョロと辺りを見回し始めた。
もしかして【転移】は初めてだったのかもしれない。
だが目的地である里は目前なのだし、そう驚くほどのことでもないと思う。
それに、私が里に入るのは嫌がるだろうし、良ければ誰かを呼んできてくれると助かるのだが。
……いや、そんなものを望むのは流石に場違いか。
それに既に、向こうがこちらへと人数を送ろうとしてくれているらしい。
私達の周囲は森だが、少し離れた樹上にはエルフ達が少しずつ増えているのが分かった。
なるほど。悪くはない里だ。対応も早い。
戦闘経験のある者もそこそこに居る。
「余所者が何用だ!……それに、そこに居るうちの里の者だろう。解放して貰おうか」
暫く待っていると、この里でも実力者の一人だと思われる男性が一人私の方へと声を掛けて来た。
なので、私もすぐに返事を返す。
「──回りくどいのは苦手だから率直に話すっ!そちらの里の者達が私に襲い掛かって来たので、それを返しに来た。それと、この里のものにとっても少しだけ良い情報ももって来ている」
「……なにっ?うちの者達が襲い掛かった?それに良い情報とはなんの事だ?」
「私が谷の所に居た竜は倒してやった。もう竜の事で悩む必要はない。だから精々感謝して欲しい」
「なに?お前が竜神様を倒しただと?何を馬鹿な──」
──ドンッ!!
私は目の前の男性の言葉を遮る様に、【空間魔法】で収納していた地学竜の首と身体を森の中に無理矢理出して証明してやった。
当然、分かりやすい様にと、首を落としたことが分かるように見せている。
「…………」
それを見て、目の前の男性だけでなく、私が浮かべている四人や、それ以外の樹上でこちらの様子を伺っている者達全てが驚いているのが分かった。
「君達が、竜神だか何だかと言って勘違いしているのは、ただの地学竜と言う地属性の羽トカゲである。……まったく、これ一つ倒しただけで君の所の若者達がやってきて、襲われそうになった私の迷惑を考えて欲しい。下手な教えを広めるのは結構だが、それは確りと管理して貰わないと困る。里の鍛錬不足の問題をこちらのせいにされたばかりか、こちらの大切にしている存在さえも奪い取ろうとされたのである。里のものとして精々恥を知って欲しい」
「ぐっ、そ、そんな事が……す、すまなかった」
「えっ、なっ!?」
すると、私のその抗議に似た尊大な言葉に、目の前の男性は苦々しくも確りと頭を下げて謝りだした。
そんな彼の姿を見て、浮いている四人や他の樹上の者達は信じられない物を見たと言わんばかりに、地学竜を出したとき以上に驚いているのが分かる。
若者達は未だ何のことだかあまりよく分かっていないみたいだけれど、目の前の男性の困惑する対応を見ていて私には直ぐに分かった。どうやらこれらは全て『噓も方便』であったという訳だ。
もっと詳しく言うのならば、恐らく元々はこの里やあの街が出来た時にはあの谷に羽トカゲなど住んでいなかったのである。
それが後々から、巣作りして勝手に住み始めたのだとは思うのだけれど、この里や街の者達はアレを排除する事が出来なかったのだろう。
だから、しょうがなく、彼らはもっともらしい嘘を吐く事にした。
『あれは竜神だ』と『だから、刺激しない様に近づくな』と最初はそんな小さな嘘だったのだろう。
見る者が見ればあんなものは直ぐに地学竜だと分かる事だし、本来であればギルドが討伐依頼を出しておかなければいけない案件でもある。
だがしかし、そうするとこの場合、ここの里の場所がこれまたネックになるのだ。
おそらくは街とは最低限度の交流があるからまだしも、他の土地から来た冒険者等に谷にほど近いこの『隠れ里』の場所を知られたくないという、……まあ、例の排他的な考えが働いてしまったのであろう。
よって、街の方にも裏から圧力をかけたか操っているのかは知らないけれど、討伐の情報などを隠すようにして斡旋させない様にしていたという訳であった。
当然、普通ならばそんな事をして隠しても、結局は羽トカゲが暴れたりして直ぐに発覚しそうなものなのだが、生憎とあの地学竜は出不精だったらしく、これまでずっとその嘘が通ってしまっていたという訳である。
ご丁寧に年々嘘も立派になったのか、『やれ共存だ』、『街の人々を守っているのだ』なんて耳障りの良い言葉を並べて、今ではもう昔からの言い伝えの様にして若い者に教え続けたのだろう。まったくっ、とんでもない話である。
確かに、あれと普通に戦えば、無理をしてもしなくても少なからず犠牲は出た事だろう。
それを考えれば、『相手を無視して何も被害が出ない様に見過ごす』という選択肢も無くはない様に思える。
だが、それも結局はただただ問題を先延ばしにしているだけであった。
「だからいずれ、被害が出る事は明白であろう。それの為の対処を少しずつでもしていたのか?」
「……いや、俺の祖父の代から、戦闘訓練はしているが、それだけだ。いっそこのまま永遠に何も起こらないのではと──」
「──楽観的が過ぎるっ!さすがにそれは看過できん。反省し改善して欲しい」
「分かった。すまない。本当に申し訳ない。里にも街にも、よくよく伝えておく。だから、どうか許して欲しい」
「……分かった。事情は察しよう。戦闘が得意だとは言っても、羽トカゲは確かに別格ではあるからな。家族の命を容易く天秤にかけなかった。そのことだけは認める。……なんにせよ、辛い日々であったとは思うが、これからはどうか心休めて欲しい」
「……すまない。そう言って貰えると救われる」
代表であろう男性の言葉を謝罪として受け取ると、私は【空間魔法】にまた羽トカゲの首と身体を収納し、浮かべてた四人を地面に下ろしてから、里へと背を向けて歩き出した。
「まっ、待って!!どういうことなのっ!?」
だが、そこで急にあの淑女に引っ張られて、事情を詳しく説明しろと詰め寄られる。
私じゃなくてあっちに聞きなさい。目の前に自分の里の者が居るのだから……まったく。
……良いか、教えと言うのは誰かしらが何らかの目的があって考え出したものなのである。
だから、そこにある言葉を鵜呑みにするだけではなく、どういう意図をもってその教えがあるのかを理解しなければいけない。
嘘も方便だといったが、それは何も悪い意味で、単純に嘘をついていたわけではないのだ。
守る為に、仕方なく嘘をつかなければいけない時もある。そう言う事だ。
君が教えを拡大解釈して、守り神である竜神の代わりを探した事も、ある意味ではそれに近い。
詳しい内容までは私にも良くわからん。だから、後は大人達とよく話し合う事だ。
ただ、一つだけ忠告したいのは、君達はもしかしたらその教えに『騙された』と感じ、大人達を責めるかもしれない。
『自分達はずっとそれを信じて来たのに』と、『その純粋な想いを踏みにじられたのだ』と、そう自分の意見ばかりを押し通したくなるかもしれない。
だが、相手の話にも確りと、穏やかに、耳を傾けて欲しい。
彼らがそこに込めた『思いやり』にだけは決して嘘偽りなど無いのだ。
皆、やり方は違うが心は一緒だった。
ただただ大事な人達を守りたかっただけなのだ。
だから、落ち着いて話をして欲しい。
もし、心がざわつくときには、そのローブでも見てくれ。
紫よりは大部落ち着く色に変えておいたのだから、上手く使って欲しい。
「やはり紺にして正解だったな。良く似合っている」
と私は自分の作品の出来栄えに満足して、思わずそんな呟きをしてから去って行った。
……だが、その【転移】での去り際、最後に見た淑女の顔が、派手な赤色に染まっていたのが私にはとても不思議であった。顔に魔法はかけていないのだがな。
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