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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第195話 不穏。

注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、現象などとは関係ありません。また作中の登場人物達の価値観も同様ですのでご了承ください。



2020・07・05・後半を微修正。



「返してください」



 私達にそう言って来るのは、昨日怪しげで派手な紫色のローブを着たまま私の事を監視していた耳長族(エルフ)の淑女であった。

 今日の彼女は、私が変色してあげた紺のローブをそのまま着用しており、彼女の背後には仲間達だと思われるエルフの若者が三人程ついて来ている。


 宿の一室にこれだけの人数が居るのは暑苦しいだろうと思うかもしれないが、彼らが訪ねてくると気づいた時点で、私は部屋の中を一時的に【空間拡張】していた為全然問題はない。



 さて、話は戻るが、そんな四人のエルフ達は私達へと向かって突然『返せ』と言って来た。

 本当はもっと別の理由で来たらしいのだが、この部屋に来た瞬間にその目的も変わったのだという。


 まあ、簡単な話、彼らのその要求は、糸目のプニプニどらごんである『バウ』を、一見してミニミニドラゴンのぬいぐるみにしか見えない『バウ』を、『渡して欲しい』というのである。



 なんで二回も言ったのかと言うと、最初彼らがバウの姿をしたぬいぐるみが欲しいのかと思って渡してみたら『これじゃありません!本物の方です!ふざけているんですかっ!!』と言って怒って来たからであった。


 別にふざけてはいない。真面目に渡したのだ。

 それに違ったからと言って、怒って投げ返さなくてもいいだろうに。


 バウからしたら自分と同じ姿をしたぬいぐるみ(バウバージョン)が、ぞんざいに扱われた瞬間を見せられて『ばうっ!?』とショックを受けてしまうのも仕方がない話である。



 一応、昨日からバウのお気に入りになった──今も大事に寄添っている──ぬいぐるみとは別の、予備として作っていた個体を渡したのだが、それでもお気に入りのと同じ見た目のそれをそんな風に扱われたら誰でも良い気持ちがするわけがない。

 バウはまだ産まれたばかりではあるが、賢い子なのでちゃんともう彼らのその行いがどういう意味なのかを理解出来ていた。



 当然、もうバウは彼らの事が大嫌いである。

 そうでなくとも彼らと一緒に居て良い関係が築けるとは思えていないだろう。



 そもそも、『返してくれ』だの、『渡して欲しい』だの、バウの事を物だとでも思っているかのような発言をする時点で既に良い雰囲気は感じない。

 はっきり言って申し訳ないが、私も彼らとは親しくしたいとは思えなかった。


 幾ら同族だとは言え、友から淑女には手を貸してやれと言われていたとしても、これはダメである。

 だから──



「──断る」



 すると、私が断ったその瞬間、彼女の後ろに居た三人が動き出しかけたが……もしかして力ずくで奪おうとでもいうだろうか?



「待って!勝手な事をしないで!この場は私に任せるって言ったでしょっ!」



 だが、動き出した三人を彼女のその言葉だけで止めた。

 三人の表情からは『なんでだ?こうした方が手っ取り早いだろう?』と言う不満そうな表情が窺える。

 なんとも穏やかではないな。


 だがしかし、淑女の方が一応は彼らの上司に当たるのか、その命令に彼らは渋々ながらもちゃんと従い元の位置へと戻っていった。



「分かって貰えたでしょう?こちらとしても本来、手荒な事はしたくないのです。それにこちらは二日前の大きな爆発があった後、あなた方二人が街を抜け出した事も掴んでいます。だから、決して言い逃れもさせません。……二日前、街を抜け出したあなた達は、我々の守り神である竜神様の住処である谷へと忍び込み、そこで世継ぎでありお産まれになったばかりの次世代の竜神様の御身を奪い去った。──その事に間違いはありませんね?」



 ……ふむ、なるほど。彼らがここに来たのはそう言う理由からであったか。

 だが、大きな間違いがそこにはある。

 あの地学竜が竜神か否かなんて話はとりあえず置いておくとして、先ずあの爆発はただ単純に私が奴の首を落として倒したから起こったのだ。バウが産まれたのはその時ではなく、私達が向かった後の話である。



「いや、間違いだな。私達は冒険者として適した行動をしたに過ぎない」



 だから、それを奪い去っただなんだと言われても困るのだ。

 だが、そんな事は彼らからしたらどっちにしても同じことかと思い、私はそれだけを言い返しておく。

 まだまだ相手は話したい事がありそうなので、先にそちらの言い分を全て聞かせて貰おうと思った。



 それに、彼らの場合、アレを竜神だなどと崇めてた位だから当然倒されるなんて事は考えもしていないのだろうし、私に倒されたと知ればきっと怒り出し、もっと騒ぎを大きくして面倒な事に発展させるのだろうと予測出来てしまったのだ。

 今は無駄な事を話さないのが最善である。



「……ほう。あくまでも白を切ると?でも、そちらに竜神様の御身がある以上言逃れは出来ませんが?本当は我々がいち早くその御身をお救いしていれば問題はなかったのですが、盗掘に秀でた冒険者達にそんな事を言っても詮無い話だという事はこちらも重々に承知しています。──なので、取引と行きましょう。こちらは貴方方の望むだけの金額を用意するだけの準備があります。ですから──」



「──再度告げる。断る」



 どうにもこの手の輩は話を自分の良い方に理解しがちだ。

 それも暴力かお金を見せれば良いと短絡的な考えばかりする。

 ある意味では昨日の今日でそこまで準備し訪ねて来ただけで、胆略はあると言えるのかもしれないけれど、私としてはどうにも好かん。



 何故もっと関係の構築に力を入れないのだろうか。

 これならば、無理やりにでも関係を結びにくる商人達の方がまだマシである。

 向こうはそう言う交渉事での最低限度の手順やルールは守るからだ。


 その点、目の前の彼らの様に『上手くいかなければ直ぐにでも魔法や腕力で解決してしまえばいい』という考えが透けて見える者達と、こうした話し合いをするのはなんとも無駄に思えた。



「……はぁ、そっちがそのつもりならば、こちらにも考えがありますが?盗人であるあなた達には相応しい対処法がありますので。そちらには美しいお嬢さんも居る事ですし、荒事は避けたいかと思っていたのですが……どうです?今ならばまだ大目に見ますよ?素直に渡してはいかがしますか?」



三度(みたび)告げるが……断る」



 残念な話だ。最初訪ねて来た時には『ローブの色を戻してください!』と言って来るのかと思い、お茶菓子と一緒に『お裁縫』の準備もしていたのだが、そんな楽しい話は一つも出てこなかった。


 ……はぁ、とりあえずは今にも飛び出して来そうなので、動けなくしてしまおうか。

 それから彼らには私達がその地学竜を倒した事を告げる。



「なんですってッ!?竜神様をあなたが倒したっ!そんなの嘘だッ!!」



 するとその瞬間から、彼女らの浮かべていた表情は怒りや驚愕といったものに変わった。

 それと同時に、激昂して今にも襲い掛かろうとしていた後ろ三人が、自分の身体が全く動かせない事の異変を訴え始める。


 襲い掛かろうとしていたのだから、その動きを封じるのはこちらとしては当然の対処なので勘弁して貰おう。

 そして、私は魔法使いとして、羽トカゲを見逃す気が無い事を告げた。

 あれは竜神でも何でもなくただのトカゲであると。



「そんなことはありませんっ!我々はずっと竜神様と共にあったのですッ!この街がこれだけ発展してこれたのも竜神様が常に外敵を倒してくださっていたからですっ!それをあなた達がッ!」



 なるほど。確かにその言葉の通りならば私達は随分な悪人だな。

 だが、それはただ自分の食料を狩っていただけに過ぎないよ。君達の大いなる勘違いだ。

 あの地学竜は逆に人の手から逃れる為に街を狙える場所に巣くっていたにすぎない。


 本当に物は言い様だと思うが、君達の勘違いと考え方は危ないものだ。

 自分達の都合の良い方にばかり捉えすぎている。

 あれらは君達の都合通りに動く生き物ではないよ。



「共存だって出来ていました!長い間ずっと!この街はそれで良かったんです!それを、そんな平和なこの街を、あなた達が壊さなければ!」



 なるほど。聞けば街の者達も賛同しそうな、なんとも耳障りの良い言葉だ。

 ここまで来ると恐れ入る。なんとも素晴らしい教えに思考を誘導されてきたらしい。

 自らでそれをおかしいと思えなければ、君はずっとそのままだろう。


 それか、あの地学竜が戯れにでも街を襲った時に初めてその教えが間違いであった事を知る。

 君はあの羽トカゲの何を知っているというのだ?話せるとでも?心を通じ合わせたとでも?



「我々の心は、祈りは、ちゃんと通じていた筈です!それでこれまでは上手くいっていたのですから!だから、あなた達はこの街にとっては罪人同然なのです!我々の守り神を殺したのですから!絶対に、許しません!竜神様のお世継ぎをお救いした後、あなた達には絶対に罰を与えますッ!」



 首一つしか動かないのに、随分と堂々としている淑女だ。

 だが、これでは話は通じないな。それに必ず私達にとっての害になる。

 ……これは仕方がないか。



 『浄化』



 ……ん?エアが浄化をかけてくれたのか。ありがとう。頭が少し落ち着いた。



「……ロム、どうするの?」



 私達のやり取りを聞いていたエアは私の方へと心配そうな表情を向けてくる。

 彼女の今の話を聞いて、少し心が揺れ動き不安を感じてしまったのだろう。

 彼女の語る理想しかない話は、人にとっての願望でもあるので、大変に心地良く聞こえて正しい様に感じられてしまうのだ。



 それに、羽トカゲを知らないと、その力に畏怖し崇拝してしまう者は昔から数多くいた。

 が、昔はそれが流行る事は決して無かったのである。



 ……何故なら、奴らが街を襲う回数がとても多かったからだ。



 あの時代を生きて来た者達は痛い程に知っている。

 奴等はそんな崇拝する様な存在ではなく、ただただ我々の敵であるのだと。



 けれど、最近では羽トカゲが街を襲う事も少なくなり、普段は谷奥や、人があまり踏み込まない様な場所で隠れ住んでいる為、羽トカゲの事を知らない者ばかりが増えて、目の前の淑女の様に勘違いする者が多くなって来てしまったのだろう。


 それでもまさか、同族の間でもそんな者が出ているとは思わなかったが、この目の前の四人もまだまだ若いのだろう。なんとも皮肉な話であった。



「昔がなんですっ!大事なのは今だとは思いませんかッ!我々はずっとこのままやっていけた!竜神様だって私達と上手くやろうとしてくださっていたに違いないんです!対話だってもしかしたら上手くいっていたかもしれない!そんな私達の今と、これから先の平和を全部、全部あなたは壊した!同族として、貴様の様な人は絶対に許しておけないッ!」



 はぁ、彼女のこれは全て、妄想でしかない。

 理想を抱いて正義感のみで語り掛けてくる者達と一緒だ。

 『大きな力は世の為人の為、平和の為に活かすべきだ』と、恥ずかしげもなく語って来る者達と何も変わらない。



 その教えに毒され、さもそれが当然であると思ってしまった者達の限界である。

 それの歪さに目を瞑って、都合の悪い事からは目を背け、良い事ばかりに目をやっているだけなのに気付いていない。


 君達は言ったな、『世継ぎをお救いする』と、それは何の為だ?バウの力を何の為に使う?



「それは勿論、竜神様の後を継いでいただき、我々と共にこの街を守ってもらう為に」



 そこにバウの意思はあるか?親がそうしていたからお前もそうしろと?

 そうして当然なのだと。お前は街を守る為、我々の都合の良い道具になれと。そうバウに教えるのか?その事に歪を感じないのか?



「そ、それは違います!我々は道具だなどと考えているわけではありません!私達は竜神様の偉大なる力を信仰しているだけ!その素晴らしさを信じているだけなんです!そしてその力があれば、我々はみな共に平和に暮らしていけると信じているんですっ!」



 大きな力を振るって周りを押さえつけてか?

 平和だなんだと理想を押し付けておきながら、自分達で戦わず、バウに戦わせてか?



「違う!我々も戦うっ!だが、どうしても周辺諸国との戦力差を考えると竜神様のお力が、この国を守る為には必要なんです!これは生きる為に仕方のない事!平和を守る為には──」



 バウは犠牲になってもいいと。



「違うっ。そうは言っていません!ですが、大勢を救う為には、力ある存在に頼るのは当然の事で……」



 ……それが君達の教えなのだな。

 なんとも歪なものだ。

 その歪さを正当化する為に、何かを犠牲にすることは出来ても、自分達を犠牲には出来ないのか。


 もし、より大きな力が現れた時、君達の教えではどうするのだ?

 バウの力でも止められなかったとしたらどうするのだ?

 バウが居なくなったとしたらどうするのだ?



「そ、そんなのは……その時に、なってから考えれば良い事です。私達は今、私達に出来る最善を尽くすだけ!それが何よりも重要なんです!」



 その最善が身代わりを仕立てる事か。

 ……さて、先ずはっきりと言うが、君達は今、『その時になってから考えれば良い』と言ったけれど、今が『その時が来た』とは考えないのだな。



「……えっ?」



 私は言った筈だぞ?地学竜は私が倒したと。

 つまりは、世界には君達が言う大いなる力を圧倒できる者達が居るという事だ。

 それが君達が言う敵国や周辺諸国に、同等の力を持つ者が居るかもしれないと何故考えないのだ。



「っ!?」



 今が大事といっておきながら、君達には今なんか全然見えてはいない。

 本来ならば君達が今すべきことはバウを身代わりにする事なんかではないのだ。


 自分達でそれに備えて今の内から準備する事。

 平和だなんだと、"まやかし"に囚われ続けているとおかしくなるぞ。



 それにはっきりと言わせて貰うが、大きな力を持つ側、犠牲役をさせられる側からの言葉であるが、君達の代わりに必死に戦うなど、そんなのは死んでもごめんである。


 私達は私達の為に力を揮う。その為にこの力を活かす。大切なものを守る為に生きる。



 もしそれで君達が大勢犠牲になろうとも、私は正直知らん。どうでもいい。

 それは君達の準備不足だったと思ってくれ。



「そ、そんな、我々の中には非力で、戦えないものも大勢……」



 非力……、非力か、その言葉を私は、自分に何度呟いた事か。

 この身体はその非力の代表とも言える程に弱く情けなかった。

 元は泥を這いずり逃げる位しか能が無かった。



 それでも今、そんな無能が、こうしてここに居る。

 君達が言う大いなる力をもつ者ぐらいならば、軽く圧倒出来る程にまで、ひたすらに備え続けた非力がここには居るのだ。



「な、何を言っているのか、わかりません……」



 そうだな。いきなり私自身の話をしても理解して貰えないのは当然だ。それはすまなかった。

 だが、やりもしないで、全力で取り組む前から無理だなんだと言ってくれるな。

 安全な場所から喚くだけの存在が、守って貰えるだなどとは決して思って欲しくない。



 犠牲になる方にも心があるのだ。

 守りたい者とそうでない者がいるのだ。

 君達の様に、私達を都合の良いモノ扱いするだけの者達が、そのどちらになるのかは言うまでもないだろう。



 私は好ましくない者達に対してまで、お人好しにはなれない。聖人になどなりたくもない。

 そこらへんを弁えていない者達にとっては、躊躇なく冷酷になれる、ただの魔法使いなのだ。




またのお越しをお待ちしております。





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