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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第194話 朗色。



 現状、私は派手な紫色のローブを纏った人物に暗い顔でジッと見られている。


 恐らく向こうは、こちらが認識できていないと思っている様で、街の人達が気づいていないのを良い事に、堂々と道の真ん中でこちらを凝視していた。

 どうやら随分と自分の装備を過信しているらしく、大胆になってしまっているらしい。


 だが生憎と私からはバッチリと視えてしまっている訳なのだが、あれほど完全な不審人物があそこまで堂々としているのはこちらとしても逆に怖い。……全然隠れてないぞと教えてあげた方が良いのだろうか。



 いや、未だ何が目的かも分からない上に、先に私が魔力で相手を探知させて貰った所、どうやらその人物は女性で、それも同族の女性であった。

 昔から何かと耳長族(エルフ)の淑女達との間には良い思い出があまりない私であるので、警戒が少々強めに出てしまう。


 標準的に綺麗な顔立ちはしているは分かるのだけれど、その派手なローブを纏って暗い顔でこちらを凝視している時点で、とにかく凄く怖いのだ。

 だから、あまり話しかけたくはないし、近寄りたくもないのである。



 それに恐らくは中々に魔法も達者な人物ではあるのだろう。

 彼女が自分に掛けている【隠蔽】の魔法も中々ではあるし、保有している魔力量からも相手が優れた魔法使いであることは明白であった。

 一応目安として言うのであれば、その魔力量はだいたいエアと同じかエアよりも少し上位である。



 まあ、私目線で言わせて貰うとするのならば、当然エアの方が美人さんだと感じるし、優しいし笑顔も素敵な良い子である事は間違いがない。



 『出たな旦那の……"親ばか"』



 ……なんとでも言ってくれ。

 何故エアの事を引き合いにだして褒めだしたのかと言うと、単純に癒し成分が欲しくなったからである。

 まあ、その気になれば向こうから声を掛けてくるだろうし、暫くはそのまま放っておく事にした。


 一応は隠れているつもりらしいし、きっと何かしらのアクションを向こうからその内起こしてくれる筈である。私はそれを待ってから判断する事にしよう。



 それに偶々今だけは私を凝視している様に見えるだけで、そもそも本当はただあそこから見える街の景観が好きなだけの人物かもしれない。

 『さっきから私の事を見ているが何か用か?』と尋ねて『いえ?見てませんけど?ただ街を見ているだけです』と返されたら、凄く恥ずかしい想いをする事になるだろう。



 もしこれが探知か何かの魔法でも直接私に使われていれば、反撃として何かできたかもしれないが、そうでないならば私にとっては彼女は未だ少し派手な格好をしているだけのただの街の人であった。



 一応後でエア達にも注意を促しておくとしよう。

 こんな格好をした人物には決して近付いてはいけませんよと。



 後、先ほど魔力であの人物を調べた時に分かった事なのだが、あの派手な紫色のローブはあれでも迷宮品の魔法道具であるらしく、どうやら【認識阻害】と言う珍しい魔法効果が掛かっているローブである事が分かった。


 ただまあ、『阻止』ではなく『阻害』の時点で、珍しいとは言っても性能的には一段落ちるアイテムではある。せめて紫色でなければもっと使いやすいアイテムになるのではないだろうか。

 あれだと街中を歩いているだけで、視える人にはなんか危ないと今の私の様に警戒されてしまうだろう。

 もしかしたら、彼女が暗い表情をしているのもそんな部分に理由があるのだろうか。

 『もっと落ち着いた色合いならばあの人の白ローブの様に普段使いに適したローブになるのに』と思っているのかもしれない。



 ……まさか、私を凝視しているのも、それが理由だったのだろうか。

 折角の迷宮品だ。大事にしたい気持ちは分かる。

 だが、そこから更に欲張ってしまう気持ちも、分からなくはないのだ。

 『性能には満足しているんだけど、せめて色合いがあんな白色だったらなー……』とついつい思ってしまい暗い表情をしているのかもしれない。……うむ。充分にあり得る。『いや旦那、それは……』。



 ここから宿に帰るまでの間、ただ歩くだけでは丁度暇であった事も確かであった。

 ならば、折角なのであの少し派手過ぎる紫色をもっと落ち着きのある紺色とかにしてあげても良いのではないだろうか?


 そうすれば、折角の迷宮品で元々の生地も良いのだし、私が着ている白ローブの様に普段使いも出来るもっと良いローブへとなるだろう。……こっそりと色を変えるだけならば、魔法を使えばそこまで難しいものでもない。

 紺色があの人物の好みではないという場合もあるが、その時は改めて向こうから『変えて』と言ってくるだろう。



 ──という事で私は『お裁縫』好きの観点から、あのローブに少しだけ手を加える事にした。

 私の後方十メートルと言う一定の距離を保ったままついてくるその人物のローブを、私は相手に気づかれる事のない様にゆっくりと紫から紺へと変色させていく。



 私の後をついて来ているので、やはり私に何か用事があったのかとは思うが、正直今はもうそんな些細な事はどうでも良い。

 今の私の関心は専ら彼女の『ローブの色』ただそれのみである。

 ゆっくりと丁寧に、少々の加工も施して、新品とは少し違う味のある雰囲気を残したい。

 微妙な傷なども見られるが、これはあえてそのまま残す。



 彼女が冒険者なのかは分からないけれど、迷宮品を持つ冒険者達はこういう傷跡に激しかった過去の冒険の思い出等を重ねている事も少なくないので、それを慮っての事である。


 『あー、この傷はあの時に出来たものだったなー……』と、冒険者達はそう言う傷跡を見て、一時の安らぎや感傷に浸ったりする生き物でもあるのだ。


 魔力の探知でよくよく見ると、このローブもなかなかに使い込まれている品である事は直ぐに分かったので、そこを考慮に入れて良い塩梅になるように調整する。


 その品に思い入れがあるのならば、『色も変えない方が良いのでは?』と思うかもしれないけれど、……まあ、その時はその時である。『紫が良かったの!もとに戻して!』と言われれば直ぐに対応も可能だ。



 彼女は私の後をつけながらも何かを探っている様な気配があった。

 だが、一体何を調べてるのかはわからならい。

 そんなことよりも今は、少しローブの脇の所の生地が薄くなってきているので、穴が空かないように少しだけ補強をしておきたい。だからあまり動かないで欲しい。



 『旦那が止まれば向こうも止まるんじゃないか?』『うんうんきっとそう!』『右に同じ』『もう追跡しているのは確定ですし……』



 私は精霊達のその言葉にハッとした。そうか、君達は素晴らしいな。

 良い子達な上に、そこまで賢く成長したことを私は心底嬉しく想った。



 『いや、旦那あの……』『急にこんなとこで褒められても……』『困る……』『嬉しいですけどね……』



 私が褒めると精霊達は皆顔を赤く染めていた。

 私はそんな彼らの姿にほっこりとする。

 そして、同時に一旦露店を見るふりをして立ち止まれば……向こうも、よしっ、思惑通り立ち止まったのである。



 『そもそも、旦那はなんだってあんな事をしているんだ?』『お裁縫が好きだからねっ!』『やむを得ない』『好きな事に夢中になってしまう時は誰にでもありますから……』



 精霊達から今度は逆にほっこりした視線を感じるが……よしっ、脇の部分の補強も気づかれないままに完了できた。ふぅ、中々これは難易度が高いが、やってみると楽しいかもしれない。



 まあ、彼女が何を調べているかには全く興味はわかないけれど、こうして同族の淑女が何かを頑張っていたり、困っていたりする時は、"さり気なく"手を貸してあげるのがエルフ紳士としての務めだとかなんとか、昔に友(淑女)も言っていた気がするので、今回の事もそう言う事にしておいて貰おう。……悪い事をしているわけでもないしな。



 ──そうして結局、私はのんびりと歩きながら遠隔で彼女の魔法道具であるローブの色を落ち着きがあって味のある綺麗な紺色に変更してあげるのに成功した。……彼女は未だその変化に気付いていない。


 やり遂げた私は、なんとなく不思議な達成感みたいなものを感じた上に、その出来栄えにも十分満足している。

 これにはきっと友(淑女)もにっこりとしてくれるだろう。

 最後まで彼女に一切気づかれることなく施す事ができたので、"さり気なさ"の観点からも配慮は完璧であった。



 そして、終わった時には丁度自分の宿の前まで来ていたので、私はそのまま宿の中へと入って行く事にする。

 彼女も中まで着いてくるのかと思っていたが、どうやら今度は外で建物を見張る事にしたらしい。

 どうやら宿泊するわけでもない様だ。

 残念だ。同じ宿泊客ならば、急な変更にも対応可能だったのだが……。

 まあ、外に居ても気になった時には直ぐに入って言ってくるだろう──。



「──だから、気に入らなかったら、いつでも言ってきなさい」



 と私は宿に入る直前で、彼女の目を確りと見つめてからそう言ってあげた。

 すると彼女は、まさか私にその姿がバレているとは思わなかったのか、驚きで息をのみ大きく目を見開いてしまっている。



 私はそんな驚く彼女の姿に内心で笑みを浮かべると、背を向けて一人宿の中へと進んで行った。

 この後、彼女がローブの変色に気づいてもう一度驚く事になるだろうと、密かにニヤニヤとしながら……。





またのお越しをお待ちしております。

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