第192話 復。
『……ゲプッ』
私達は部屋へと戻り、そこでバウのゲップをさせた。
ああ、出たな。よしよし良い子だ。これで大丈夫だろう。
するとエアは、頬を少し膨らませたまま私の腕からバウを取り返しつつも、そこにある微笑みは完全には隠しきれてはいなかった。
依然として顔を向けるとプイっとはしているが、そこにはもう不機嫌さはあまり感じられない。
……どうやら私とバウがじゃれているのを見て、エアも一安心したらしい。
だが、今の少しギクシャクとした状態をこのままにはしておけないだろうと私は思った。
だから──
「──エア、すまなかった」
「ロム……」
私は頭を下げてちゃんと謝った。
どんな理由があったにせよ、私はエアを悲しませたり不安にさせたかったわけではないのだ。
目的は達成できたが、その為に使った手段は、その言葉の内容はもっと別の言い方があったかと思う。
泣かせたかったわけではない。
ちゃんと理解して貰えるように、もっと丁寧に言葉を重ねればエアならば確り理解できたと思う。
それを怠ったのと私の言葉不足の方に問題があった。
だから、ごめん。どうか機嫌を直して欲しい。
「……ろむー」
エアは抱っこしていたバウを自分の背中に抱き付かせると、そのまま私の腕の中へと飛び込んできた。
正面から抱っこするのは中々ないが、これはエアの顔がよく見える。
その顔を見るに、どうやら不安を感じさせてしまったらしい。
それに私達はいがみ合ったり、言い合いをした事がこれまでに一度も無かったように思う。
これが初めての経験かもしれない。
あれを言い合いと言っていいのかは分からないけれど、してみて思うのは少なくともあまり気分の良い物ではなかったという事である。
もっと簡単に言えば、癒しであるエアの笑顔が見れなくなるのが、私も嫌だった。
だから、仲直りするには早いに越したことはないと思い、直ぐに謝る。
……私がそれほどに、エアとの関係を大切に想っているという事でもあった。
対して私の腕の中のエアは言葉が上手く出てこない様に見える。
言いたい事はいっぱいあったけど、それはなんかもうどうでも良くなったような、それよりも今こうしている事が大事なような……そんな不思議な表情だ。
ならば、こういう時にこそ、私はアレが使えるのではないかと思い立ち、正面に居るエアへと顔を向けると、私は自分で両手の指を使い、頬をぐにっと笑顔の真似をしてみた。
……自分ではまだ少し難しいが、どうだろう?だいぶ形にはなってると思うのだが。
「……ふふふっ、もうっロム、言ったでしょ、自分でやっちゃダメだって……はいっ、やってあげる!」
やってくれるらしい。それにそれをした瞬間から、エアの表情が一気に柔らかくなったのが分かった。
これはやはり素晴らしい。笑顔を見せられたらそれが一番良いのかもしれないけれど、これが今の私にとっての笑顔である事をエアも分かってくれているのできっと問題ない。
私の顔をぐにぐにするエアの背中からは、糸目のプニプニどらごんであるバウが興味深そうに覗いていた。
……君もこれからよろしく頼む。色々な意味で、君にもすまなかった。
それに私はどうも君が羽トカゲとはまた別のものに見えてしょうがない時がある。
私は羽トカゲとは絶対的な敵対関係だが、バウはまだその毒々しさが足りてないというのか、未だ私にとっては羽トカゲではないと言う認識なのか、私自身でもこれはなんとも不思議な感覚だった。
最近まで羊さんとも一緒にいたから、どっちかと言うと君もミニミニドラゴン型の動くぬいぐるみに見えてしまっているのかもしれない。
私は『お裁縫』も好きだからな。ぬいぐるみも作れるし、好きだぞ。
今度お詫びのしるしに君とそっくりのぬいぐるみを作ってあげる事にしよう。
……そうすれば、君も少しは寂しくないだろうか。
君の仲間は連れてきてあげられないけれど、君と同じ形をしたそのぬいぐるみが、少しでも癒しになってくれればいいのだが。
──ああ、そう言えば、もう一人紹介したい方がいた。
その方も我々と同じく野生に生きる素晴らしい方である。
是非とも仲良くなって欲しい。
という事で、私は八つ当たり気味に楽しそうにグニグニとエアに顔を弄られながらも、自分の頭の上に、【召喚魔法】で白い兎さんを召喚した。
魔力の探知で、その様子を視ながら感じていたのだけれど、白い兎さんは出てきた瞬間『あっ、呼んでくれたっ』と嬉しそうな気持ちを伝えてくれたのだが、その視界の中にエアに背負われるバウの姿を見ると、──ピシャっと一瞬で硬直した。
『──危ないのが居るっ!?!?!?!?!?!?!!??』
野生において、ドラゴン達はとても危険な存在であることを兎さんは十分理解していたので、その姿を見た瞬間に危険を察知し、逃げ出そうかどうしようかを迷っていた。
だがしかし、結局は私が守ってくれると言った言葉を信用し、そのまま頭の上で鼻をピクピクさせながら観察する事にしてくれたのである。
私はそんな兎さんの信頼を嬉しく思いながらも、エアの背中に居るバウの事を魔力で気持ちを伝える要領で紹介していった。
産まれたばかりのバウにとっては白い兎さんは別に捕食対象ではなく、そもそも賢いので、バウは相手が自分たちの仲間であり、自分よりも上の存在だと認識しているらしい。
ただ、バウは兎さんの匂いを嗅ぎたそうに鼻を向けている。
兎さんは私から自分の後輩だと説明されて少しは緊張が解れたみたいで、その身体からはこわばりが段々と無くなっていき、『お野菜スティック食べたい……』と言う気持ちを伝えて来た。
なので、私は魔法で浮かして兎さんに食べさせてあげる。
「あれっ!?兎さんも来たの?……はいっ、この子、バウって言うの。よろしくね?」
私の顔を弄り続けてエアの機嫌もすっかりと直ったのか、そこでようやく私の頭の上に乗っている兎さんにも気づいたようだ。
そして、背中に居るバウを抱っこし直すと、エアはバウの顔を兎さんによく見える様にしてあげている。
──ピシャ。
白い兎さんはバウからに匂いを嗅がれ始めると、また微動だにせず私に密かに救援を求め続けてくる。
『近い、近い。食べられない?危なくない?たすけて、たすけて』と言う言葉がずっと延々伝わって来るので、私はバウにも確りと白い兎さんの事を紹介しておいた。
バウは賢いので、その紹介だけで白い兎さんの事を理解できたらしい。
何よりも、一見して不動のまま堂々としている様に見える上に、自分と同じ白い色のその流れる様な毛並みの美しさに、バウは兎さんに憧れを持ったらしい。
『ばうっ!ばうっ!』
よろしくお願いします的な挨拶をバウは兎さんにしている。
兎さんは、その挨拶を受けてどうやら危険はないようだと判断すると、バウの事をジーっと見つめて、暫くして何度かコクコクと頷いていた。
『危険はない。分かった』と言って兎さんもバウの事を理解できたらしい。
まあ、実際今ならばバウは生まれたばかりであるし、兎さんの方が魔力を大量に備えている為、強かったりもする。
『召喚獣』として契約した時から、兎さんは私との繋がりで魔力によって強化を受けているため、付き合う時間が長ければ長い程に、段々と強くなっているのだ。
……因みに最近の白い兎さんは地元の雪山で寒さに負けない丈夫な身体を持ち、最速で駆け回って遊んでいるそうである。日々風を感じているらしい。
その後、不思議と馬が合うのかバウと白い兎さんは二人で仲良く話し合いを始めた。
どうやら色々な野生での苦労話を兎さんはバウに教えてあげているらしく、『森は大変。ここのお野菜は美味しい』と私達の傍に居られるのは中々にお得なのだと嬉しそうに語ってくれている。
そしてバウもその話に興味深そうに聞き入り、時に質問を交えながら、『確かに確かに』と共感できる時には何度も楽しそうに頷いていた。
二人は見事に種族を越えた友情を育めたようである。
私とエアはそんな二人のほのぼのとする姿を見ながら、沢山癒されたのであった。
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