第191話 厳密。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、現象などとは関係ありません。また作中の登場人物達の価値観も同様ですのでご了承ください。
「ロムが意地悪した」
そう言って今日は朝からエアの機嫌が悪い。
プイっと顔を背けて私の方を見てくれないのである。
今は宿の食堂にいるのだが、食事時にここまで楽しくなさそうなエアは初めであった。
その膝の上には昨日連れ帰って来た真っ白いミニミニドラゴンを抱きしめており、羊さんではないけれどその糸目とプニプニの身体も相まって、周りの人からはこの子もぬいぐるみにしか見えてないかもしれない。
『ばう』
そしてそのミニミニドラゴンのぬいぐるみもお腹が空いたと言うので、私が魔力をギュっとしてポイしてあげると、パカッと口を開けてパカッと閉じた。
『ばうーーーー』と『満腹で幸せー』みたいな声を出して、そのままエアの膝上でコテンと寝ころんでしまう。
そんなミニミニドラゴンのぬいぐるみの様子を見て少しだけ微笑みは浮かべたものの、私が見ている事に気づくとまたハッとしてプイっとエアは顔を背けた。
まあ、確かに『百年後の事なのに、今からあんなに怖い事言わなくてもいいのに……』と言うエアの気持ちも分かる。
だが、こういうのは最初が肝心だと私は思っているのだ。
なあなあで済ませて良い問題ではない。
今はいいかもしれないけれど、その時になってから慌てる事になる。
……そうなって欲しくはなかった。後々困らない様にしたかった。
だから、色々な選択肢を取れるように、今の内から備えておいて欲しかったのである。
確かに私は少し言葉が過ぎたのかもしれない。
それに、今回は流石にエアにも私の思惑は上手く伝わっていなかった。
だが、昨日の帰りから、エアはちゃんとあの子を守る様にはなってくれたのである。
その腕の届く範囲内に二人は必ずいて、抱きしめ合ったり、今の様に膝の上に乗ったりしていた。
その様子からは『何があっても、わたしだけはこの子の味方でいる』と言うそんな強い想いが伝わって来る。
私はそれを見て、『ああ、良かった』と思ったのだ。
最初のエアは、ただあの子を愛でる為だけに、飼いならそうとした。
だがそれは、野生に生きた私からすると、とても歪な行為にしか見えなかったのである。
圧倒的優位に立った羽トカゲが、悪戯に私の事を弄んで殺さずに吹き飛ばして遊んで来た時並に、苛立ちと気持ち悪さを覚える行為でもあった。
相手が、遊んでいるのか、愛でているのか、それは知らない。
だが、する方にはそのつもりが無くとも、それをされる方には、ちゃんと心があり、その行為に対する想いもあるのだ。
する方は、される事でこちらがどう感じるか等、全く考えていないのだろう、そのことに先ず腹が立つ。
こちらは懸命に生き、戦っているのだ。
だから、ふざけるなと伝えてやりたい。この牙が届くのならば貴様など一撃で葬ってくれると。
泥の中を這いずりながら、逃げ、それでも生き続けて来た私からすると、エアにはそんな行為を取って欲しくは無かったのだ。
……この違いが分かるだろうか。
例えるならば、もしあの小さい羽トカゲを『愛でているだけ』のエアと、今の『味方でいると強く想った』エアがいたとしよう。
そして、どちらもその時、突発的な激しい戦いに巻き込まれたとする。
その戦いはとても厳しい物で、正直言ってエアは自分の命を守るのに手いっぱいな状況であった。
そうした時、きっと『愛でているだけ』のエアではあの小さな命を守れはしない。
そして、もしその命を守れなかったとして、その後にエアが覚えるのはきっと悲しみと後悔だけであろう。
極めつけは、あり得ないかもしれないが、『死んでしまったのならば、また次のドラゴンを飼えば良いか』とさえ思うかもしれない。
『"次は"もっと真剣に考えて、死なせない様にちゃんと守り、世話をする事にしよう』などとという、そんな言葉が出てくるかもしれない。
その歪さが伝わってくれただろうか。
何故、最初から真剣に考えない。何故、最初からちゃんと守ってやらない。何故、守る為の備えをしていない。
その命は貴様のオモチャじゃないと私は言ってやりたくなる。私達は生きているのだ。ちゃんと心があるのだぞと。
貴様が戯れに飼いならそうとしたその生き物は、野生において誇り高くあれた存在だ。
その誇りを汚し、己が勝手にしておきながら、容易く扱い、時に見放し、見捨てたりもする。
そんな全てに私はふざけるなと言ってやりたくなるのだ。
そんな甘い考えならば、最初から傍に寄ろうとするなと言いたい。
一緒に居るというのは、肩を並べて、共に歩むという事。並び立つという事である。
『味方で居ると強く想った』エアは、きっとその厳しい戦いの中で、あの小さき羽トカゲと並んで、二人揃って生き抜こうとするだろう。
冒険者が戦友を守るかのように。相棒にその背を預けるかのように。
互いが互いの命を尊重し、守り合えるそんな素晴らしい関係になれるんじゃないかと私は思ったのだ。
この二つの違いが分かって貰えるだろうか。
そんなの、ただの私の妄想でしかないと笑うだろうか。
愛でているだけでも十分にそう言う素晴らしい関係にはなれるんだと、そこにある関係性が主従の様なものだとしても、仲良く互いに命は尊重し守り合っていけるのだと。
上手く飼いならす事によって生まれる連携もあるのだと。
そう胸を張って言ってくるだろうか。
エアも、どっちかと言えば、最初はそっち側の考えだったような気がする。
だから、私はそれに問いかけたのだ。
そこに覚悟はあるのかと。その言葉は本当なのかと。
もし厳しい状況に置かれた時に、それでもなお、その想いを貫けるのかと。
だが、私と命の奪い合いになるかもしれないと言うそんな未来の話を聞かされた時、エアはちゃんと選べなかった。
あの子の命を尊重し、守り合っていこうと考えられなかった。
その状態でなんとしてでも私からあの子を守ろうとしなかった。
それだけの関係を育むための時間がなかったかもしれないが、何時だって万全の状態で決断できるとは限らない。
それでも本当に望むのであれば、その状態でも関係なくエアは選ぶべきだったのである。
だが、……現実は無理だと感じ。覚悟も無く。弱く。諦めた。
ただただ言葉だけは立派だが、中身が伴ってなかった事を自覚したのである。
それでもまだ、飼いならしても、主従の関係でも、素晴らしい関係になれると思えるだろうか?
……いや、そうはなるまい。なにせ、それはまやかしだ。
いや、いっそただの綺麗事だと言っても良い。
もちろん、まやかしにも綺麗事にも力はある。
それは当然、戦いに身を置かない者であれば、それだけで十二分に良かっただろう。
もしも街中で穏やかなまま暮らすのであれば、それでも充分だったはずである……。
だが、私達は魔法使いであり、冒険者であり、あの子はドラゴンなのだ。
だから、そうはならない。穏やかな場所に長居し続けられるわけではない。
私達はどちらも野生に生きる者、野生に生かされている者、常にその危険の中に身を置く者なのである。
綺麗事だけじゃ戦い続けられない。まやかしだけでは、おかしくなってしまう。
だから、結果的にエアは並び立ち、自らは突き進むことを選んだ。
あの子の命を守る為に戦い、同時にあの子と言う存在を強く想う様になった。
いずれ来る私達の戦いの時までに力をつけ、その時になったら戦いを止める為に。
きっとその戦いの間、エアの横にはあの子の姿がある筈である。
それが真の尊重であり、相棒である。
エアがその名に付けた『バウ(宝箱)』と言う言葉の意味以上に、エアにとってバウは大切な存在となった。
そして同時に、バウにとってもエアはかけがえのない存在となったのである。
結局、どちらにしてもバウからしたら理不尽で身勝手な話なのだ。
勝手に産み出され、周りが人ばかりの中で生きなければいけなくなった。
一人も自分と同じ仲間がいない中で、どれだけ心細くとも、逃げ出す事すら出来ない。
ドラゴンとしての誇りを喪失し、存在理由が不明確なまま、ただ生きる事の不安と、積み上がり続ける不満。
そんなバウの気持ちも知らずに、拉致し、飼いならし、愛でるだけ?
そんなものが上手くいくはずが無いだろう。
それが上手くいったとすれば、それはバウが自分で自分を諦めた時だけである。
だから、強い味方が必要だった。
例え種族は違くとも、共に肩を並べ自分を尊重し肯定してくれるエアと言う強い味方が、そんな仲間がバウには必要だったのである。
エアはバウを連れてくるときに契約を結んだ。
『共に在ろう』と。
生まれたばかりでも賢いのがドラゴンと言う種族である。
だから、魔力も貰ってお腹いっぱいになったバウも、寝ぼけながらもその言葉をちゃんと了承していた。
きっとバウもその契約で、エアが自分を尊重してくれる存在だと気づいた筈だ。
そして、きっとそんなエアの気持ちにちゃんとバウも応えてくれるだろう。
この人は自分の味方なんだと、産まれたばかりで心細く不安な中、ちゃんとエアからそう言って貰い、バウは心から安心する事が出来た筈である。
ホッとしたのか、あの瞬間バウが嬉しそうにしていたのが私にはよく分かった。
『旦那……、あんた嫌いなドラゴンの事もちゃんと心配してたのか?』『エアちゃんの事だけ考えてたわけじゃないんだ!』『納得』『本当によく見ていますよね。少し心配性で過保護な気はしますけど』
精霊達にとっても、今回はいきなり私がエアに厳しい事を言い出したので、『いきなりどうしたんだ?』と不思議に思っていたらしい。
そして、その思惑がバウの事を考えての諫言でもあった事に気づくと、漸く納得できたのだという。
……まあ、私からしたらなんの事だか、さっぱりと分からないのだけれど、ただやりたいようにやっただけの話ではあった。
それにあくまでも私にとっては羽トカゲは敵だ。
そんな私がドラゴンの心配をする?そんな訳がないだろう。気のせいである──。
──よーしよしよしよし。
「ばうっ!ばうー!ばうっばうっ!」
「やめてロムっ!わたし以上にバウと仲良くしないでっ!」
いや、違うのだ。魔力をやった後だから、ちゃんと『ゲップ』をさせてあげないといけないのである。
だから、決して仲良くしていたわけではないのだ。
またのお越しをお待ちしております。




