第189話 地。
私達は街へと出た。これから羽トカゲの回収に向かうのである。
だが当然だけれど、あの爆発音は街中の皆に聞こえてしまったらしく、その音に驚いた街の人達が既に道端へと出て話しながら不安そうにしている。……騒がしくしてしまい申し訳ない。
【消音】を掛けていれば良かったと今更ながらに私は反省した。
それに谷の竜の事は街の人達の殆どがその存在を知っていた様で、皆口々に『竜が動きだした』『竜が暴れてるんじゃ!?』『竜が襲い掛かって来るのかも……』とそんな話をしている。
本来であればその心配が無い事を伝えて安心させたい気持ちはあるけれど、今だけはそれを控えておいた。
いきなり見知らぬ私から、『竜はもう倒したから平気だ』と言われても、『なんで街中のお前がそんな事を知っているんだ?』と普通の人はあまり信じてくれないからである。
ここから谷までを魔力で探知できるという事を話してもそれはあまり変わらない。
『そんな事が出来るのか?』という話になり、『いや、そんな事は流石にエルフと言えど無理だろう』と言う流れになると、これまでの経験から私は察していたのだ。
なので、今は沈黙したまま、回収へと急ぐのみ。
そして、戻って来た後で、羽トカゲは居なくなっていたとでも伝えれば、街の人達もその方が安心できるのである。……これは教訓による学びだ。
──かつて、同じような状況になった際、私は街の人達を安心させようと話をした事があったが、その際は信じて貰えなくて逆に疑われる事になり、その言葉の裏を深読みされ、『もしかしたらドラゴンは今にも街を襲うんじゃ?今すぐ逃げた方がいいんじゃないか?』と言う話が街の人達に広がってパニックになってしまった事があった。
……ははは、そんな事が起きるはずないだろうと、笑う者も居るかもしれないが、不安な時と言うのは思考が偏ってしまう事は少なくない上に、集団になった時は人の心理は思考停止に近い状態にもなるので、その偏りにそのまま流されてしまう事が嘘の様に本当によくよく起こるのである。
だから、例えばもしその状態で誰かに『逃げろ!』と言われれば、人はそれだけで悲鳴をあげて全員逃げ出してしまう事もあるんだ。
そして、そんなパニック状態になってしまったまま逃げたりすると、周りの人の事など当然考えられないし、よく見えてもいないので、誰かに勢いよく押されて転倒してしまったり、その転倒した人が後から逃げてくる人に踏まれてしまったりという事態が起こる。その場合、当然ただのケガでは済まない事になるのだ。
よって、それを避ける為にもこういう時には、一旦落ち着いて皆が冷静になるまでは沈黙しているのが一番良いと私は知っている。
『自分から騒ぎを起こしたくせに』とかつては言われた事もあったし、そう思われるのも当然だとは思ったが。……それでも、理由としてはほぼ利己的なものでしかないけれど、街の人達の安全にも繋がる話でもあるので、ここはこのまま黙って行く事としよう。
一応はエアにもこの手の話は知っておいて損はないだろうと思い、足早に街を進みながらも私はエアへと説明した。エアはこのような状況でも、ちゃんと私の話に耳を傾けてくれている。そして何故か楽しそうでもあった。
きっとこの手の『冒険者っぽい』お話はエアの大好きな部類と言っても良いので、興味深く思っているのであろう。一目で分かった。
「ねえロム、そのパニックとか、余計に混乱しちゃったりとか不安になっちゃったりしたら?そんな時にはどうすればいいの?」
……ふむ。そのような場合か。その時には、浄化が中々に効果的だろう。
エアの浄化ならば間違いなしに効く筈だ。
「そっか!浄化か!」
まあその場合、こっちが何かをする前に相手はもう勝手に動き回ってしまう可能性は高いが……。
それに、相手を見て浄化したり説明したりしないと、やった途端に『あんたはなにをやったんだっ!』と詰問されて詰め寄られる事になり、それ以上だと『余計な事をしやがってっ!捕まえろっ!』と悪者扱いされて襲い掛かられる事も多い。
当然、街にパニックを引き起こした原因として、皆が負った大ケガは私の責任となり、身に覚えのない罪なども一緒くたにされて、これ幸いとどんどん罪が積み重なっていき、そして気づいた時には国のお尋ね者になっているのだ。……経験談である。
安心させようと思って放ったその一言がそんな事態にまで発展する事があるし、そうでなくても竜を倒した事で発生する利権やなんかの面倒な話に巻き込まれる可能性も十分にある。
街の人は安心できても、結局こちらは気が休まる事が無くなってしまうのは嫌なので、やはり今の所は知らんぷりが一番良いだろう。
魔力で探知すると、倒した羽トカゲの周囲には現在は誰も居ない。
だが、現在はである。時間を掛ければ直ぐに誰かしらが来るだろう。
だから、ひっそりと回収するとしたらば今だけが一番のチャンスなのである。
これがのんびりしていると、冒険者ギルドや国の兵士達などが人を派遣し、無理矢理にでも利権にありつこうとしてくる恐れがあるし、野次馬がいっぱいになって傍にすら近付けなくなるかもしれない。
前にモドキを倒した時に止めを急がなかったのは、最初から砦の者達に見られていた為に、勝手に回収する事が出来なかったからでもあった。
あそこで回収をしていたら普通に盗人と呼ばれたりもするのだから、本当に怖い話である。
……因みに、首無しになった『地学竜』は現在、谷底で岩石に埋もれているが、その身体は首以外ほぼ無傷であった。その身体はきっと良いお金になるだろうし、そのまま何かの素材として使っても良いと私は思う。
血などもちゃんとした保存をしておけば素材になるそうなので、簡単に軽く炎で炙っておき、止血はしておいた。後で何かしらのポーションでも作ってみようか。
まあ、やろうと思えば街に居たままでも羽トカゲは【空間魔法】の収納で回収できなくはなかったのだが、折角の機会なのでエアに現場を見せて、こんな風になるのだと教えておこうと思っている。
「あっ、おい!エアちゃん、エルフの旦那!どこ行くんだ!!」
そうして私達が、街の外へと向かおうとしていると、その途中で例のお父さんに声を掛けられた。
だが、私達は今急いでいるので、『ちょっとだけ街の外へと用事がある』とだけ告げ、さっさといなくなる事にする。今はまだなにも語る気はないのだ。
「まさかっ、竜の所に様子見しに行くのかっ?──気を付けてくれよっ!」
だが、察しの良い御仁であった。娘達も言っていたが、彼は本当に観察眼がいい。
でもすまないな。後で話をしに行くから、それまで待っていて欲しいのである。
──私達はそうして、いち早く街を抜け出して羽トカゲが埋まっている谷へと向かった。
そして、それほど時間もかからず、私達は誰よりも早くその場所へと辿り着く。
「うわーー、凄い事になってるね」
元々は谷と呼ばれていたその場所は、更に大きく半円型に地面が抉れており、その中心部だけは少しだけポコリと膨れ上がっていた。羽トカゲはあそこに埋まっているのであろう。
私はとりあえず、周囲の岩を全部浮かして、羽トカゲの身体に余計な傷がつかない様に注意を払った。
まあ、岩でどうこうなるとは思わないが一応念のためである。
茶色と言うかほぼ黒色に近い鱗を纏っている『地学竜』は、まるで鎧を着ているかのような風貌であった。
だが、そんな鎧を着ているかのようなゴツゴツした身体にも変わらず、背中に大きな羽はちゃんとついており、こいつもこんな形だがちゃんと空を飛ぶのである。本当にとんでもない話だ。
ここに来るまでの道中で、エアにこの『地学竜』の事は少し詳しく解説しておいたので、実際に目の前で見て触れ、エアは感嘆していた。『うわー』とか『おー』とか言いつつペタペタと触って嬉しそうにしている。
「大きいねー……それに凄く硬い……すごく強そう……」
エアはお気に入りの古かばんから槍を取り出して、コツンコツンと突いてみたり、自分の手でチョップしてみたりしていた。……ただ、その時にエアがウズウズした表情をした事を私は見逃さない。
「一度、全力で攻撃を放ってみると良い。良き経験になる」
なので、私はそう告げた。
すると、エアはすぐさま私の顔を見て笑みを浮かべ、次にはすぅぅぅーと大きく息を吸って止め、はぁぁぁぁーと大きく吐いて目を真剣に変えた。
──ズドンッ!
そして、エアは全力でパンチ一発。骨の芯まで響く様な重い音と共に、羽トカゲの茶黒の鱗にピシリと罅を入れる事に成功する。
見事であった。素晴らしいぞエア。
よく魔力循環してあって、現状の最大肉体強度で放たれたその攻撃は、あともう少しその硬い鱗を貫けそうですらあったのだから、これは大したものである。
「ぐぬーー」
だが、それでもやはりストイックと言えば良いのか、なんともエアは満足いっていないようで、少し悔しそうな顔をしていた。
「うーーん……他に弱そうな部分ないかなーー」
ただ、その切り替えも早かった様で、エアはぐるっと一周、地学竜の身体に弱点が無いかを探す為に走り出して行った。
うんうん。良い切り替えである。
ならば私も、その間に魔法で切り飛ばした首を拾ったり、辺りの環境の調整へと入る事にした。
大きな魔力や魔法を使った場所は、淀みができやすいので、それをなくすための調整である。
周辺の流れに逆らわず、自然に穏やかなまま流れていけるように、私は綺麗に魔力を流し、時に吸い取っては過剰にならない様に気を付けた。
「ロムーーーッ!」
すると、羽トカゲの身体の周囲を見回っていたエアが、途中で茶色く大きな岩を持ち上げては、嬉しそうに微笑んで私の名を呼んでくる。
「見てーーーーっ!たまごーーーーっ!」
なんとその手には、先ほどの衝撃でも壊れずに、『地学竜の卵』が一つ、まだ残っていたのであった。
またのお越しをお待ちしております。




