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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第188話 炙。




 大樹の森でのイベントを終えると私達は戻って来た。



 一度行ったらそのまま暫くは向こうで暮らし、実りの季節にやるお野菜イベントが終わったら戻って来ると言うのが最近の過ごし方であったが、今回は直ぐに街に戻らないといけない用事があったのである。



 と言うのも、この街ではこれからとあるイベントが開かれる事になっており、そのイベントへと参加したいからであった。



 そのとあるイベントの名は『燻製祭り』と言うもの。

 燻製と呼ばれる素晴らしい技があるらしく、どうやら煙を使って食べ物の保存性を高める上に美味しく出来る料理法らしいのだが、それをこの街ではみんなでやるお祭りにしてしまったらしい。



 この街の周辺の木々はどうやらその燻製に適した木材の様で、とても人気が高いお祭りなのだとか。『お料理』が出来ない人でも大丈夫と言う噂に私は興味津々である。


 それに、この度沢山の夫婦がとあるパーティによって増えた事によって、こっちのお祭りもそれに負けじとかなり盛大に計画されて行われる事が決まったらしいのだ。


 今回は街の者達の熱気が普段とは一味も二味も違うと言う話なので、是非参加してみると良いぞとある若妻を頂いたばかりのお父さんから耳寄りな情報を教えて貰ったのである。



 エアは純粋に美味しいものを食べたい。私は純粋に『お料理』が出来ない人でも出来るその燻製と言うのをやってみたい。というそんなとても興味が引かれるイベントなのであった。



「…………」


「ロム……」



 ──だがしかし、そうして期待して戻って来た私達の目に飛び込んできたのは『お祭り中止』と言う無情の告知看板であった。



 ……いったい何があったと言うのだろうか。



「おー……、エルフの旦那。すまねえが、今回のお祭り、残念ながら今年はなくなっちまったよ」



 と言うのは三姉妹のあのお父さんである。

 彼の家を訪ねてみたら、なんでも今年は時期が悪いとの事。

 どうも、この街から少し離れた所は少し深めの谷になっており、そこに住む巨大なドラゴンと呼ばれる生物が今までになく街の近くに寄っている為、今回は泣く泣く中止にせざるを得なかったのだと言う。



 そうか、巨大な竜が居たのか……んー?竜とはなんであっただろうか。



「あの谷にいるドラゴンは昔から大人しい事で有名なんだが、ちょっと好奇心も強いらしくてな、冒険者に現在地を調べて貰ったが、今年は例年にないくらいこっち側に近い所に寄って来ているらしいんだわ。だから今この街で、良い匂いのする『燻製祭り』なんかをやっちまうと、もしかしたらそいつが興味を持ってやって来てしまう可能性があるっつー話でさ──」



 ……そうか。ふむ。なるほど。話はよく分かった。

 それならば仕方がないだろう。

 街を危険に晒すくらいならば、イベントを中止にするのも英断だと私も思う。


 お父さんは残念そうに溜息を吐いて、肩を落としながらそう教えてくれた。

 私達も、そう言う事ならば仕方がないと、教えてくれた彼に礼をしてから一旦は宿へと戻る事にする。



「ロムっ!ロムっ!」



 すると、お祭りが中止と言う事でで先ほどまで落ち込んでいた筈のエアが、宿へと戻った途端に私の隣で元気な笑みを浮かべ私の名を連呼してくるのであった。……はて?いきなりどうしたのだろう。



「エア?」



 だが、私が首を傾げてエアを見ると、一方のエアも『あれ?なんでロムは嬉しそうじゃないんだろう?』と首を傾げている。



「ロム?どうしたの?竜だよ?」



 ああ、そうだな。竜らしい。それも谷には巨大な竜が居るようだ。……んー?だがしかし、竜とはいったい何であっただろうか。

 私の脳内辞書からはその単語が消えてしまっている。



「ロム、羽トカゲだよ?嬉しくないの?」



 ……あっ。

 そうか!そうかそうか。竜、つまりドラゴンとは『羽トカゲ』の事であったか。思い出してしまった。

 最近は穏やかで愛しく素晴らしい時間ばかりを過ごしていた為、その存在をすっかりと忘れかけてしまっていたのである。

 ……いや正直な話、出来る事ならばあんなやつらの事は一生忘れていたい気分ではあるが。



 だが、そうかそうか。羽トカゲがこの辺りに住んでいるのか。

 それも大きな谷の中に居ると。

 という事は、そいつはモドキではないな。

 完全に自我がはっきりとした個体であろう。

 どうやら話だと、そう多く居るわけでもないらしい。



 だが、あいつなんぞの為に折角楽しみにしていたお祭りが中止になると言うのは、なんとも腹立たしいものがあるな。



「そうだよロムッ!行こうっ!狩りにっ!」



 そうして、エアはワクワクした雰囲気で期待満々に私へとそう尋ねてくる。

 だが、それに対する私の答えはこうであった。



「ふむ、いや。今回行くのはやめておこう」


「……えっ!?えええっ!なんでっ!」



 私が『行かない』と言う判断を下した事を、エアは信じられないと言うような表情で驚きを露わにした。

 ……気持ちは分かる。凄く分かるのだ。

 確かに普段の私であれば一目散にかけて行って直ぐに狩りにいくはずだとエアは思ったのだろう。

 私も気持ち的にはそうしたい。



 だが、それには少々、今は時期がよくないのである。

 それに特に谷はまずい。かなり面倒な場所であった。



「そうなの?」


「ああ」



 エアはもしかしたら以前のモドキの討伐でドラゴンとはあんなものだと思っているのかもしれない。

 だが、本物の羽トカゲとはあんなお馬鹿ちゃんじゃないのである。

 突発的な遭遇戦ならともかく、敵の巣に入り込んで倒すと言うのはかなりの危険を伴うのだ。正直、難易度はこの前とは遥かに段違いである。



 難易度が高い事、それが先ず第一の忌避する理由。

 そして第二は、時期が悪いと言ったが、恐らくは今がやつらの産卵時期だろうと思われる事だ。

 この時期、産卵の時の羽トカゲの気性の荒さは、一言で説明するならば『かなりヤバい』。本当に信じられない様な、限界を超えた強さを見せてくるのである。



 ……ふむ、もっと簡単に言うと、あのモドキの単純に五倍から十倍という馬鹿みたいな強さがあると思えば早いかもしれない。



「十倍っ!?」


 

 そうなのだ。魔力量がそれほどにあるのである。

 子供を育てる為に蓄積してきた分をそこに費やすわけなのだが、その邪魔をすると手酷いしっぺ返しにあうという訳だ。

 以前に私が巣に入り込んでしまった時には、それはもう酷い目にあった。

 ……まあ、最終的にはなんとか倒したのだが、こういう時期にはいかない方が良い事を、私は教訓として学んだのである。



「ふふふっ、やっぱロムだねっ!」



 エアは嬉しそうに笑っているけれど、本当にやばいのだよ?

 特に谷において、もっともまずいのはそれが『土属性』の羽トカゲの場合。

 一般的には『地竜』、冒険者の間では『地学竜』、より上位のものだと、『怒激竜』などとも言われる事があるけれど、その種類の羽トカゲがそこを住処にしている可能性はとても高く、奴等がそこにいると環境との相性が高すぎて、冒険者側はかなり危険なのだ。



 こいつの何がそこまでヤバいのかと言うと、怒りだしたら冒険者なんかには見向きもせずに暴れまわる様になる事。

 それも理性を持ったまま怒るのだ。



 つまりは何を言っているのかと言うと、目の前の敵は直接狙わず、敵の弱点となる場所を一番に狙って来る。

 今回の場合だと、もし『地学竜』ならばこの街の存在などをちゃんと把握しているだろうし、こちらが攻撃を仕掛けた時点で、全魔力を使ってこの街を吹き飛ばしてくるだろう。



「……えっ……」



 奴等は賢い。ただただぶつかって来るだけのモドキ等とは訳が違う。

 当然、街を狙われる前に倒せば被害は最低限に抑えられるかもしれないが、こちらの存在を確認し、それが自分を倒すものかもしれないと認識した時点で奴等は一瞬で魔力を高めるため、近くで攻撃すればその瞬間にこちらも巻き込まれる程の爆発を奴等は起こすのである。



 その場合『谷』と言う地形は最も面倒で、周りの地形が崩れ易くて巻き込まれる可能性が高く、爆発の衝撃波は来た者へと一番強く向かう為に、先ず生き残れない。



 特に、現在のエア位の力量の者は最も危ないだろう。

 相手を倒せるかもしれない攻撃力はあるが、その地竜の発する攻撃や爆発を防ぐ術がないのである。

 敵はエアの力を感じ取った時点で間違いなく魔力を高めて、街へと迷いなく攻撃を仕掛けてくるだろうし、もしそれを止めようと攻撃してもエアもろとも爆発に巻き込んでくるのだ。



 それに奴等はしぶとく体力もある為、自身で爆発を起こしても少しでも息があれば自然と回復してしまい、報復として結局は街を吹き飛ばす。吹き飛ばす街が近くに無ければ、なんか人の困る事をやってくる。特に橋なんかの大事な場所を落とすのが効果的である事を知っているのが、なんとも始末が悪い所である。



 奴等はそれほどに賢く容赦がない。

 天敵になり得るのが人などだとも分かっている為に、街の比較的近くに巣がある場合は、そのような攻撃も迷わずしてくるのだ。

 モドキなどとは全然違うのである。



「わたしじゃ、まだ勝てない?」



 ……そうだな。

 ほぼ、勝てないだろう。



「……そっかぁ」



 エアは私の言葉にしょんぼりと肩を落とした。

 残念ながら、エアの勝てない相手が追加されてしまった瞬間でもある。

 それに、私が今魔力で探知してみた所によると、相手が『地学竜』である事とその強さもそこそこ以上なものである事の確認ができてしまった。

 恐らくはエアが攻撃しようとすると、一撃ではどうやっても倒せない相手だと思う。



「わかった。無理は良くないもんね。……仕方ないかぁ」



 そう私がエアへと伝えると、今回ばかりはエアも諦めを感じたらしい。

 刺激しなければ問題ないのだから、わざわざこちらから攻撃を仕掛ける必要が無い事を理解したと見える。



 ……だが、ただ単純に『敵が強いから戦ってはいけませんよ』と言うだけでは、そこらへんの魔法使いと一緒である。

 その点、私は一応忘れているかもしれないけれど『差異』へと至っている者であるからして、魔法に関して言えばかなりの自信がある者なのだ。



 よって、この様な場合は、ここから、この様にして、ほいっと、羽トカゲの首を飛ばすっ!!



 ──ドーーーーンッ!!!



 その瞬間、街の外、そこそこ離れた遠くの谷からは大きな衝撃音が届くが……まあ、それだけであった。問題はあるまい。



「……えーーーええええっ!?!?」



 エアはいきなりの爆発音にびっくりして混乱したみたいだが、私はなにも『行かない』とは言ったが『倒さない』とは言っていないのだ。

 だから、『遠くから倒す。これが対処法だ』とエアに教えると、エアは『ぽけーー』と呆気に取られてしまうのであった。



 ──それに、そもそもの話、私が羽トカゲを見逃す筈が無いのである。

 




またのお越しをお待ちしております。

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