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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第187話 疾走。




 

 私達がこの街に来てから気づけば数か月は経ち、季節は日差しの厳しい季節へと入っていた。

 ただこちらの大陸は基本的に涼しい為、この季節はかなり過ごし易い。


 なので、精霊達から『そろそろ大樹の方で、例のイベントをやるよ!』と言う風に教えて貰っていなければ、参加するのが遅れてしまっていたかもしれない。


 今回はイベントが終わってもまたこの街に戻って来ようとエアとも相談し、私達は一旦宿を引き払うと大樹の森へと急いで帰宅する事にした。




 大樹の森の周辺は涼しい大陸と比べれば若干暑いかもしれないが、そこは魔法使いとして周囲の風を調整して温度を下げて直ぐに快適する。



 私達が帰って来たのは当然イベントの為なのだが、『お野菜イベント』をやるのは勿論の事、今回からは『かけっこイベント』と言う名のマラソン大会も開催される事となった。

 各自、この日に向けて身体を作り込んで来たらしく、最近の大樹の家の周辺は魔力の滝があったり、濃密な魔力のシャワーが降ってきたりと回復場所には事欠かず、彼らは存分にトレーニングをして身体を作れたらしい。



 その効果の表れなのか、皆どこか身体が一回り大きかったり、引き締まっている様に見える。

 光の精霊が入っている光の槍でさえもどことなく大きく見え……えっ?これはまた作り直して新しいのにバージョンアップして貰っただけ?そうかそうか。勘違いだったようである。



 だが、そんな感じで、皆おのそのの準備とやる気は万全であり、今か今かとスタートの合図を待っている状態である。


 私はそんな彼らに、今回のイベントのルールについて説明をし始めた。



 先ず、参加は自由である事。

 そして、参加者たちはこの後スタートの合図と共に走り始め、夕方になって日が完全に落ちた時に発動するように予め設定しておいた魔法道具が終了の合図を送り止めるまで、ひたすら大樹の家の周辺に作った特殊なランニングコースを走って貰う。


 そして、上位十人は入賞者として名誉ある表彰をし、更に翌日に控える『お野菜イベント』でエアから逆に『お野菜を食べさせて貰える権利』を得る事が出来るようになったのであった。



 彼らは皆エアが好きなので、エアからお野菜を『はい、食べてっ!』と言ってあーんして貰えると聞けば、皆やる気満々で興奮している。因みに、要望がある場合は私もその役に加わる予定だ。



 『勝ちにいくゾォォォォ!!最初っから全力ダァァァァーー!」』


 『らしくないかもだけど、負けられない戦いってあるのね。私も最初から全力で行くわっ!』 


 『誰にも渡さない!最初から最後まで一位は俺のものだっ!!』


 『逃がさねえ!絶対にな!最後に大きく巻き返すぜ!俺のラストスパートで全部引っくり返してやる!』


 『汚い戦法は精霊として恥と知りなさいっ!そんな自分の戦法をわざわざ明かすお馬鹿さん達のマインドゲームに私は態々乗らないわ!元々の実力差で勝つッ!』


 『おっとっと。これも一種の駆け引きなんだぜ?戦いは既に始まっていると言う事だ!そんな甘い考えなら、こりゃ勝負は見えたな……』


 『冷てえこと言わずによ!全員俺に掛かって来なって!この日のために作り上げたこの肉体の成果を見せつけてやるぜっ!』


 『けっ、そんな肥大した力で何が出来るってんだ。これは力自慢の大会じゃねえ。俺の様に極限まで無駄を絞り込んだ奴だけが最後の最後に笑うんだよっ!』


 『手で押すだけで折れそうになってないか?旦那よりも細い体してるぞ?大丈夫か?まあ、俺はマイペースで走らせて貰うぜ。第一回大会の優勝者の称号は俺が頂く』




 凄いと思うのは、大勢居る彼らの誰一人として、自分が入賞する事、そして一番になる事を疑ってないと言う事である。

 精霊達達のマラソンはハッキリと言えば、身体を作って来たとは言ってもそこまで大きく変化するものではない。彼らは基本的には実力が拮抗している。



 だが、そんな拮抗した実力の者同士だと、その小さな変化がとても大事になってくるらしい。


 実力が均衡した者達が全力で走り合う事の純粋な楽しさもさることながら、持てる力を上手く駆使しつつマインドゲームを互いに仕掛けながら走り合うのは、見ている方も走る方もとても面白い。



 見てる側としても、今回が初めてのイベントと言う事で、いったいどうなるのか誰にも判断する事が出来ないと言うのも評価が高かった。


 参加する者達も観客として見て応援する者達も、皆がこのイベントを楽しみにしている。

 これは今までで一番のイベントとなるかもしれない。



 そんな精霊達の熱気に当てられたのか、エアと一緒に私まで少しやる気になってしまっている。

 ……因みに、私とエアは今回は参加はしない方針だ。次からはどうなるかわからないけれど、今回のはあくまでも完全に精霊達の為だけに作り上げたイベントなのであった。



 そして今、大樹の森開催、第一回『かけっこイベント』が始まる。

 優勝は一体誰の手に──








 『──そして王者は、わたし達』『まさか、同着だとは思いませんでしたけどね』



 そうして、各属性の精霊達が沢山集まった中で、見事勝利をつかんだのは、水の精霊と土の精霊の二人の同着優勝であった。

 誰がどれだけの距離を走ったのかは私が漏れなく魔力の探知で細かく視ていたので、間違いはない。

 数ミリの誤差はあるかもしれないが、その二人は最終的にほぼ一緒の距離を走り切ったのである。



 わたし達といつも一緒に居てくれる精霊達四人の、水の精霊のみっちゃんと土の精霊のつっちゃんが、見事今回の勝利を収めた。


 この二人は前に私とエアが鬼人族の少年の訓練に付き合って走っていた時もかなり強かったが、今回はその時の駆け引きの経験も活きたようで、最終的にはこの二人が他の者達を一気に抜き去り、大きく引き離す形での決着となったのである。



 それに今回は土の精霊の飛び出すタイミングも完璧だったらしく、本当は土の精霊が身体半分の差で勝ちそうな雰囲気ではあった。

 だがしかし、最後の最後、終了のタイミングを読み切る事に神経を費やしていた水の精霊が冷静に力を残しており、その瞬間にだけ身体を前へと持っていき、引き分け同着優勝へとしたのである。



 『今回は危なかった。けど、最低でも負けない様にはした』『少し悔しい気もしますが、私達頑張りましたねっ!』



 二人は互いの健闘を称えて微笑みあっている。それはとても美しい光景であった。



 ……一方、風の精霊のふぅちゃんと火の精霊のかーくんと言えば、早い段階で同着最下位が決定してしまっており、今はスヤスヤと寝て休んでいる。



 二人はまた開始と同時に先行逃げ切りの作戦だったらしく、二人揃って飛び出してはどこぞで見た事がある熾烈な先頭争いをひたすらに繰り返していたのであった。……惜しくも経験活きず。


 ただ、先頭争いし始めた瞬間、二人とも『やはり来たかッ!』『そっちこそッ!!』と言う感じで、満面の笑みで楽しそうにやっていたから満足はしているのだろう。


 当然最後までそのペースが持つ筈もなく、短時間で力を使い果たしてしまい二人はほぼ同時に倒れて完走ならずという結果に終わったわけなのだが、今は良い笑顔をしながら寝ている。



 『マイペースで走る。そして第一回の優勝者の称号は頂く』とはいったい……。

 だがまあ、勝利こそ出来なかったけれどマイペースで走り続けた事だけは確かであった。

 それに、これがもし短距離であれば、勝利に一番近かったのは、このスヤスヤ二人組かもしれない。


 今回は長距離だったが、実りの季節にやる時には、短距離バージョンのかけっこ大会を開催する事にしてみるのも面白いのかもしれない。

 そうすれば、また一味違った楽しみを精霊達も味わう事が出来るだろう。




「──はいっ、食べてっ!」



 そして、翌日、勝者達である上位十人にエアがお野菜を食べさせてあげると、精霊達の歓声は大きく上がった。

 エアはぼんやりと見えているらしく、何となくで精霊達が嬉しそうにしているのも分かるらしい。


 そんな勝者達の嬉しそうな光景を見つつ、『次回は絶対に勝つぞ』と意気込んでいる者達は沢山だ。

 そして、悔しがっている者達もそれに引けを取らずに大勢居た。



 何事も真剣にやるからこそ面白いし、真剣にやるからこそ悔しい。

 それは精霊達だって変わらない。



 私はそんな風に一喜一憂する精霊達を眺めながら、心の中で微笑ましく思っていた。

 彼らが喜ぶ事をもっとしてあげたい気分、と言えばいいのだろうか。

 彼らが嬉しいと私も嬉しくなるのである。


 だから、その為にもっと出来る事はないだろうかと、私はこの日から深く考え始めるのであった。



またのお越しをお待ちしております。

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