第186話 意向。
『どよ~~ん』というそんな音が聞こえてきそうなほどに、私は落ち込んでいた。
あんなに仲の良かった白い兎さんに、魔力を渡そうとしたら『やめて!触らないでっ!』と言う激しめの拒絶を受けてしまったのである。
『だ、旦那っ、元気だしてっ!』『そ、そうそう!時間が解決してくれるよっ!』『に、忍耐っ』『そ、そうですよっ。今は耐え忍ぶ時です!』
ありがとう君達。精霊達がいつもより凄く優しい。
きっと今の私はそれほどの落ち込み具合なのだろう。
一瞬世界が灰色に見えたほどなのだから、自分でもかなりの状態だと思った。
だがしかし、急に兎さんはどうしたのだろうか。
反抗期だとしたらタイミングがあまりにも良すぎる気がする。
さっき話をしていたばかりなのに、直ぐこの反応なのだ。
もしかして、私達の話が遠い雪山の地でも聞こえていたのか?……いや、流石にそれはないだろう。
なら、『ただのサプライズなんだよーっ!』と言って直ぐに元の機嫌に戻ってくれたりは……。
「…………」
──プイっ!
それも違うらしい。
何度か視線は合うのだが、その度に兎さんはプイプイっと私から視線を逸らしてしまうのだ。
チラチラとこちらを見ながら、今はまだ二十センチ程先で背中を向けたままそこに居てくれるのだが、このまま嫌われてしまえば、その内遠くに逃げていってしまうかもしれない。それはあまりにも悲しい。
どうにかしてまた仲良くなる事はできないだろうか。
いずれ時間が解決してくれるとは言っても、とてもそれまでは私の心の耐久値的に、もちそうにないのである。
──チラチラ……プイっ!
それにしても、兎さんはよくチラチラとこちらを見てくる。
あれでは反抗期と言うよりも、まるで拗ねているかのよう……ん?拗ねている?
「…………」
……もしかすると、これはアレかもしれないとその時になって私は気づいた。
これは俗に言う『召喚獣の嫉妬』と言うやつである。
前にも説明した事があったかもしれないが、召喚した動物達は縄張り意識がとても高く、複数の召喚獣と契約していると機嫌が悪くなってしまうのだ。
そして、それは動物同士の臭いで分かってしまうらしく、臭いは魔力にも残り香が移るそうなので、身体を洗ったりしたところでは消えるものではないのだと言う。
そこで私は、少し前まで毎日いっぱいの羊さん達に囲まれて過ごしていた事を思いだした。
羊さん達と私は契約はしてないけれど、あれだけ近くに居てお世話をしていれば、そりゃ臭いも移るだろう。
それに、今思えば、羊さん達は妙に私に近かった気がするし、時々身体を擦り付けられても居た。
恐らくは羊さん達も、『んっ?他のやつ(召喚獣)の臭いがする?よし、とりあえず上から臭いを擦り付けておこう』とあれは縄張り意識が働いていたのかもしれない。
──よって、当然兎さんは召喚されて来た時に私の臭いを嗅いで思った筈だ。
『他の子の臭いがするっ!?』と。
そして、固まった兎さんは次にこう思ったのだろう。
『私がいるのに。他の子と契約したんだ』と。
それは当然、縄張り意識と独占欲が強いのが当たり前の召喚獣達にとっては、平常でいられるものではなく。
『浮気された。ショックだ。騙された。私だけだって言ったのに……』となるわけであった。
そこまで思い至れば、確かに、今の兎さんの状態は納得である。
と言うか直前に反抗期の事を考えていなければ、もっと早くに気づいた可能性もあった。
私としたことが、兎さんを傷つけてしまう所だった。
……たぶん、これは嫉妬であってるはずだ。反抗期ではないと私は思う。反抗期じゃないと嬉しい。
そこで私は、魔力をたっぷり濃密に高めて、『私が契約しているのは君だけだよ』と言う想いを沢山込めて白い兎さんへと贈った。
──ぴくっ!!……チラ。
魔力を受け取った兎さんは私の気持ちが伝わったのか、まだ少し疑わし気な眼差しでこちらを見てくる。
向こうからはまだ魔力で想いを伝えてくれないので、正確な所は分からないけれど、恐らくは……。
『ほんとに?わたしの勘違い?』と聞いているのだと思う。
そこで私はちゃんと言葉に出して『本当だ。他の人の召喚獣のお世話をする仕事だったから、臭いはその時に付いただけなんだよ』と説明する。
兎さんはその後も何度か、『嘘ついてない?』『信じても良い?』『裏切らない?』と聞いてくるので、私はその度に魔力付きで嘘でない事を証明しながら『嘘ではない』『信じて良い』『裏切らない』とはっきりと伝えていった。
すると、その度に五センチ刻みで兎さんは私の傍へと戻って来てくれて、遂には手のひらの上に乗り兎さんの方からいつもの様に魔力で私に想いを伝えてくれるようになる。
『うん。なら、いいよ。わかった。……でも、もう少しだけ魔力頂戴』と言うので、私は兎さんにゆっくりと魔力を流してあげた。
すると、兎さんは気持ち良さそうに目を細める。
その後はいつも通りに、『頭の上に乗せて』と言って来るので、いつもの場所へと乗せてあげて。
『お野菜スティックたべたい』と言うので、一本ずつしゃくしゃく食べさせてあげた。
すると、『おいしい。よかった……』と伝わってきて、そのまま頭の上で満足したのかすぴーすぴーと眠ってしまったのであった。
私はそこでようやくホッとして、兎さんと元通り仲良くなれたと心底安心した。
『旦那。良かったですね』『仲直りできたねっ!』『パチパチパチ』『兎さんも安心できたみたいで良かったですね。凄く嬉しそうな気持ちが私達にも伝わってきました』
……君達もありがとう。本当に助かった。
ただ、今回は『召喚獣の嫉妬』だったからまだ何とかなったけれど、これがもし本当に反抗期だったりしたら、今頃私はどうしていいか分からなかっただろうと思う。
『でも、旦那はそうなった時もやっぱ、今みたいに少しずつ仲良くなろうとするんじゃないか?』
そうして私が不安に思いかけると、火の精霊がそんなことを言ってくれた。私はそんな器用ではないぞ?
『うんうん。でも結局は相手がどう思うか、どうして欲しいか、その気持ちを酌んであげるだけだよねっ!』
風の精霊は難しい事は考えずにそれをすればいいだけだとは言うが、それがとても難しかったりするのだ。
『大丈夫。いつもやってることをやるだけ……』
水の精霊はそんな難しい事を私がいつも出来ているかのように言ってくれるが、果たしてそうだろうか。
『……出来てますよ。私達がいつも見てるんですから。それは間違いありません!』
最後に土の精霊がそう言うと、精霊達は皆それに頷いていた。
『あなたが私達にしてくれた事です』と、更にそんな胸に来る追加の一言を添えてくるのは少しズルい気がする。……胸にジーンときてしまった。
「ありがとう。頑張ってみる」
もしエアや兎さんが本当に反抗期になったとしても、私は前向きに頑張ってみようと思った。
耐える事が必要なら必死に耐えて、気持ちを酌む必要があるなら全力で酌んでいこう。
君達との様な、こんな良い関係でずっと居たいからな……。
君達も、今後も変わらず私と仲良くしてくれると嬉しい。
『ふははっ、旦那。今更ですよ』『これからもずっとよろしくねっ!』『末永く』『仲良くしてくださいねっ』
精霊達はそう言って四人とも微笑んだ。
君達の優しい気持ちが魔力を通して伝わって来る。
私は君達とこうして話が出来て本当に良かったと思った。
『差異』へと至れた事で今一番の幸せに感じるのは、君達とこうして仲良くなれた事である。
──ピクン。
すると、スヤスヤと眠りながらも、頭の上から兎さんの想いも伝わって来た。
『もっと仲良くして。もっと呼んでくれていいんだからね』と。
私はそんな寝ている兎さん(?)に魔力を注ぐと『ありがとう。よろしく頼む』と伝えながら、心の中で微笑みを浮かべるのであった。
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