第185話 所作。
ここ数日で、エアがまた少しだけ変わった。
私との接し方がまた変化してきているのである。
今までは甘える時には全身からぶつかって来たが、最近ではお淑やかを重んじる様になったらしい。
どうやらパーティでのお姉さん二人の普段との態度の違いに感銘を受けたようで、その真似をしているみたいであった。
今までの様にスタタターっと走り寄って背中にダイブして来るのもなくなり、最近ではスッ、スッと一歩ずつ間合いを詰める様に近寄って来て、いつの間にか手が届く距離で、静かに手をギュッと握ってくる、みたいなのがここしばらくのエアのお気に入りになっている。
他にも細かな仕草をジーっと観察して、密かに自分でも出来るか練習している所を私は見ていた。
今回のパーティはエアにとって新たな技の習得場所でもあったらしい。
……判断に難しいが、これもまた成長しているという事なのであろう。
私はその変化を微笑ましく思った。
この街に来て、他の家の親愛の情や寂しさとの向き合い方みたいな光景を目にする機会が多くあり、エアにとって色々と良き刺激となったように見える。
特に羊飼いの少年と、彼のお嫁さんになった三女との関係性、それから彼女の家族達。
彼らと接している間、今回エアはほぼ裏方に徹し続けて彼らを観察し続けていた。
そして、考えている姿も多かった。
自分ならどう思うか、どうしたいか、考えすぎからか感情移入に力を込め過ぎて少年の時は代わりに泣いてしまったくらいである。
三女の彼女の家に行った時には、何度か『お嫁さんかー……』と言う呟きもしていた。
将来どうなりたいのか、エアなりの想像が出来たのであろうか。
……ん?私の顔に何かついてるか?
私達は今、街にある宿の一室で今回使った色々な道具類の整理をしていた。
私の【空間魔法】の収納には長年集めに集めた資材や道具類が溢れんばかりに溜まっているのだけれど、ある程度は小まめに整理しておかないと後で大変なのだ。咄嗟の時に必要な物が出せないのは困ってしまうのである。
……因みに、エアも自分のお気に入りの古かばんの中身を整理していた。
エアも何だかんだと物が増えて来たらしいが、その一つ一つがエアにとっての『大事な宝物』らしいので、見るたびに微笑み、時々私の顔をジーっと見つめてくるのであった。……おやまた?どうしたのかな?あらら、顔を逸らしてしまった。
ふむ、エアも難しい年頃になって来たという事なのだろうか。最近ではまた名を呼んでもプイっと顔を逸らされる事が多くなった。ほんとうに時偶にだけだが。
見た目は大人の女性そのままであり、最初会った時からその美しさに変わりはないのだが、その内面は確実に幼子から変わろうとしている様に見える。
精霊達などに言わせると、もう充分に淑女だと言うのだが、私にとってはその最初の時のイメージが強くて、どうにもまだ無邪気で危うく可愛らしいエアのままに見えてしまう事が多いのだ。
それが変わってしまうのは、嬉しい事であるのだろうが、同時に寂しくも感じてしまう。
どうしようもない事なのだろうが、上手く言葉にするのは難しかった。
……そうそう。難しいと言えばもう一つ。心配事がある。
この前の夜。
お父さんと二人で語り合う機会があった際に、一つだけ注意するように教えて貰った事があった。
年頃の娘と一緒に居る場合、その内、反抗期と言う時期が来るようだ。
言葉だけは聞いたことがあったが、その内容がどんなものなのかまでは知らなかった。
だが、彼によると、私はその内、エアに話しかけても無視されたりするらしい。
……『それは嫌だから、どうすればいい』と聞いてみたのだけれど、彼は『そりゃ無理だ』と答えた。
どうやら時間が解決してくれるのをひたすら待つしかないらしいのである。
なる前から心配してもしょうがない事だとは分かっているものの、もしエアから『ロム、うるさい。黙って。目障り。どっか行って』とか言われた時、私はどうすればいいのだろう。
私は彼にそう言われて、思わずそんなエアを想像し、唸ってしまった。
そんな私を見て、彼がニヤニヤしていたのは分かってるのだが、彼はそれを乗り越えて三姉妹との今の関係を築いたのだから、私もそうするしか、時間を掛けて良き関係性を築くしかないのだろう。
……だが、もしほんとうに、その日々が来たら、私はきっとショックを受けると思うし、悲しい。
これは そんなとても難しい問題であった。
エアは、自分の道具の整理を終えると、午後からお父さんのお嫁さんや三姉妹と仲良くなる為に一緒にお出かけする約束があるというので『ロム、行って来るねー!』と言って笑顔で出かけて行った。
いってらっしゃい。迷子にならない様に気を付けて。
「ふふっ、ならないよ~っ!行ってきまーすっ!」
お父さん曰く、年頃の子の反抗期と言うのはとても大変なものなのだと、それに三姉妹はまだ彼を支えるべく気遣ってくれたので、かなりましな方だったのだと言う。
ただ、そのマシと言われる状態でさえ、『急に生意気になって、時に殆ど言う事聞かなくなって、口から出てくる言葉がだいたい全部苛烈に変わる』という話なのだ。
それに噂ではそれ以上もあり、毎日口喧嘩が絶えなくなったり、場合によっては直ぐにムキになって手を出してくる事もあるのだとか。そうすると、当然関係はこじれて悪化し、二度と修復不可能になる事もあると言うのだから、彼も随分と私に怖い事を教えてくれるものである。
『へー、そんな事もあるんだなー』
あるらしい。
エアが出かけてしまったので、私は精霊達に少し相談してみた。
すると、彼らも独自の情報交換で、『ふむふむ。確かに』と言っている。
どうやら他の所にいる精霊達から情報を教えて貰ったらしく、それによると嘘でもないらしい。
それを聞いてしまったら、自然と『はぁぁーー』と言うため息が出た。
そんな私を見て精霊達は微笑みながらも、『旦那、心配し過ぎだぜ』と慰めの言葉を掛けてくれる。
こういう優しさがありがたい。……そうだな、エアがそうなる前から心配していてもしょうがない事である。
『うーん、と言うか旦那』『鬼人族って反抗期あったの?』『聞いたことない』『そう言えば、エルフもありませんよね?』
「…………」
……ない。
そう言われてみれば、そうであった。
耳長族は基本的に成熟がゆったりとしているので、反抗期と言うものを聞いた事がない。
そして、幼き頃『里』に居た鬼人族達も反抗期と言うものがあるとは言ってなかった気がする。
彼らも基本的には成熟がゆったりとはしているので、私達と同じだ……。
……ん?つまりこれは心配する必要がない、という事だろうか?君達は知ってたのか?
『いやまあ、今知ったけど』『うんうん。森の人達では殆ど見たことないらしいよっ!』『ほぼ平気』『良かったですね。安心していいかと』
「……そうか」
そうかそうか。それは一安心である。うむ。良かった。本当に良かった。
おっと、そうだっ、君達良かったら魔力を少し貰って欲しい。
この喜びに、何かをお返ししたい気分なのである。大樹の方もシャワーを……。
『旦那が嬉しそうだ』『良かったねっ!』『温かい魔力』『私達は特に何もしてないんですけどね。でも折角ですから頂いておきましょう』
精霊達も魔力を渡したら喜んでくれた。嬉しい。
そうだ。白い兎さんも魔力をあげたら喜んでくれるだろう。
という事で、早速喜んで貰う為に【召喚魔法】を使って、ポンッ!と白い兎さんを目の前に召喚し、私は魔力を与えようと手を伸ばした。
──すると、私の手が触れるか否かで兎さんはピタッと固まり、急に私の手を鼻先でピシッと弾いて、プイっとそっぽを向いてしまったのである。
その様はまるで『馴れ馴れしくしないでっ!』とでも言うかのようであった……。
「えっ……」
『あっ』『あ』『あ』『……これはまさか、反抗期──?』
──そうして、いつも仲良く頭の上に乗ってくれていた白い兎さんが仲良くしてくれなくなってしまった事に、私はショックを受けるのだった。
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