第183話 稀。
私の胃が少しだけキュッとなったのは、この手の色恋沙汰の分野が少しだけ苦手であるからであった。
幼き頃から、友(淑女)がこの手の話が大好きで、それに良く付き合わされたと言うのが原因の一端で、冒険者になってからは生きる事に精一杯になり気にする余裕も無く、そしていつの間にか、薄れてしまった色々な欲求と共に、忘れてしまっていたからである。
ただ、友に付き合わされたことで、色々と知識だけはあった。
……そんな昔を少しだけ思い出す。
目の前の嫁に行けていないお姉さん達は、片方十年、片方五年、嫁に行くと言って行けてない時期を過ごしたそうだが、私の友はその遥か上を行く。……一応言っておくが、決して馬鹿にはしていない。ただの事実だけを述べるだけなのである。
そんな数百年お嫁さんに行っていない友(淑女)曰く。
『恋と愛は一晩で出来るが、本当にお嫁さんになるんだったら数年後の二人の将来が自然と思い描ける関係じゃないとダメなの。分かるかなロム?分かれよ?……そしてね、その為には運命が必要なんだ。びびっと来る運命がね。それに素晴らしい事にその運命ってただ待っているだけじゃなくて、自分から追い求める事が出来るものでもあるの。──だからねロム。わたし五分後の未来であなたが買ってきてくれる都の美味しいお菓子を食べて微笑んでいる姿が今思い浮かんで来たの。……後はもう、言わなくても分かるでしょ?うん?察して。そうそう、今から買って来て欲しいの。誰がって?ロムが、よ。……う、うん?そうそう、決して冗談とかじゃないから、完全完璧に本気だから!本気だけしかないから!うんっ!はい!よろしくねっ!はいはーい!待ってるよー!……あーっ、いっけなーい。そう言えば、行く前に一言だけ、言うの忘れちゃってたー!私もドジねー。えへへー。……あのねロム、そのまま逃げたら絶対に許さな──』
──うっ、頭が……。
その後の記憶はよく思い出せない。
だがまあ、私がこの手の話題にあまり触れたくないのはそう言う訳なのである。
それでもやれるだけの事はやっていきたいと考える。
少年がこっちをジッと見ているので、逃げるつもりもない。
大丈夫だ、君を残して逃げたりしないから、出来たらその達人の眼差しをやめて欲しい。
それに今はまだ三女のお叱りの言葉が続いているので、私ももう少しだけは様子見である。
今はお姉さんたちが、若干少女へと言い訳めいた弁明をしている最中であった。
「か、勘違いよ」
「そうそうー!ほんとそれ!」
「私達は、別に取ろうとしているわけじゃないの。ただ一緒に居られないかなーって思って」
「ほら家族だしーみんなで幸せになる方が良いんじゃないかなーって?ねっ」
「うんうん。だから、私達も一緒にその彼に嫁ぎに行けば、みんなで笑顔に──」
「──それって、私が彼と二人きりで過ごせる時間を、取るってことじゃないの?」
「うっ……」
「そっ、それは確かに……」
……三女の言葉は深い反論だった。
本来、幸せに値はつけられないし測れるものでもない。
それでは、愛や恋の大きさを何で測ればいいのか。
そこを彼女は『時間』で見ているのだという。
関係の深さや浅さに囚われるよりも前に、彼女は彼と一緒に過ごす時間を大切に考えているという話であった。
だから、彼女はそれを姉二人に『取っちゃダメ』と言ったのである。
姉二人は少年が持つモノや家に少しだけつられてしまったが故の提案だったが、三女はその点、少年との時間だけを目に入れていたらしい。
それはつまり、少女はもう少年と一緒に居られるだけで幸せになれるという未来を描けているという事でもあった。
もしかしたら運命も既に感じていたのかもしれない。
そして、それは一目ぼれでそんな彼女を目に留めた少年も同じだろう。あの瞬間にびびっときたのだ。
それに少年は、彼女が想像以上に自分の事を想っていてくれたということに気づき、おっとり顔を見たことないくらいに真っ赤に染めている。とても嬉しそうであった。
本当にお似合いの二人なのだろう。
見ていてとてもほっこりする。
そして、私はこの二人の様に、互いに想い合えて運命を感じられる相手を、姉二人にも見つけてあげる為にここに来た。
「…………」
……いや、違う。そうではないか。
見つけるのはあくまでも彼女達自身でやるのだ。
だから、私はその場を作ってあげればよいだけなのかもしれない。
そう考えると、私のやるべきことは……アレしかない。
──という訳で、羊飼いの少年にも了承を取り、街に流れる彼の噂を更に活用して、今回私はまた街中へと大々的にお知らせをする事にした。
当然、何をしたのかと言えば、以前にもやったパーティの開催である。
独身の男性と女性にたくさん集まって貰い、楽しくお話や食事をし、運命の相手を見つける為の場所を用意する事にしたのだ。
その為に、各ギルドへも通達して、パーティー会場を押さえ、パーティー用の準備を進めて人手を増やしていく。
参加者には一応礼服やドレスを着用して貰う事にしておき、服を持ってない人は無料で私が新品を作って渡す様にした。
無料で参加できるうえに、ちゃんとした登録をすれば礼服やドレスまで貰えるという事で、参加してくれた方々はかなり多い。
それに、登録する際に悪い考えを持つ人や、服を転売する目的で参加するだけの人は『お約束』をして弾かせて貰ってもいる為、パーティーに出るのは完全にみんな夫婦になる為に相手を探しにきた者達ばかりである。
パーティー自体は、完全にいい流れで始まった。
会場も大きいし、食事も音楽も確りと用意してある。
参加者たちの表情も殆ど良い。
これを一種のお祭りだと思って、街の人々の人気も上々であった。
中には直ぐにも意気投合して夫婦になる事を決めた者達も出ている。
このパーティーを開いた甲斐があったと私も内心で微笑ましく思った。
会場は広い為、そんな成立した者達から音楽に合わせて思い思いに踊っていた。
……だがしかし、そんな中で、とある二人の女性の表情は凄く暗い。
まあ、言わずもがな、例のお姉さん二人である。
街の人の噂とは広がるのも早いもので、二人の為にギルドが用意したパーティーだとみんなが知っていた。
ただ、それにもめげずに、多少二人は動き辛さや恥ずかしさは感じてはいたものの、最初はちゃんとこのパーティーを楽しんでいたのである。
ちゃんと二人は相手を見つけようと頑張っても居た。
良い感じの雰囲気を男性達と築けそうにもなっていた。
……だが、それも途中までの話である。
今では、とある事情からそんな気持ちは全て吹き飛んで、消えてしまった。
──なんと、娘の相手の男性を見極める為、こっそりと影から監視するという名目で一応参加していただけのお父さんの方が、新しいお嫁さん(歳は十代)と運命の出会いをしてしまったのである。
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