第181話 朝盈。
羊飼いの少年と別れた翌日。
私達はまだ変わらずこの森に囲まれたこの街の中に居た。
昨日はまるで街を出て行き、もう二度と少年達とは会えないみたいな別れ方をしたけれど、あれはただ単に少年の気持ちが昂ってしまっただけの話である。
私達は少し長めにこの街で過ごそうと考えていたので、何食わぬ顔で普通にギルドへと行き、今日からは別の仕事を斡旋して貰う事になったのだった。
毛刈りも終わってしまったので、あのまま居続けても私達は遊ぶだけになってしまう為、これは仕方がない事なのだ。
……因みに、既に街中で少女と散歩中だった羊飼いの少年には会った。
少年は私達を見つけた瞬間、『えっ、なんでまだいるの?』みたいな顔をしていたが、私が少年の所での仕事が終わって帰っただけなんだ、と説明すると『それだったら、そのまま僕の家から別の仕事先に行けばいいじゃないですかっ!』と言ってプリプリと怒っていた。昨日のお別れが今になって恥ずかしくなってきたらしい。……エアと二人、私は内心でにやにやしておく。
彼にとっては私達はもう家族と同じ様なものらしいので、あの家を使わない事の方がおかしいでしょうと、彼は嬉しい事を言ってくれた。
……だが、やはりそこは折角お嫁さんになる少女と二人きりで暮らすんだから、私達の事よりも彼女の事を優先して考えるべきだと私は思ったのである。
当然、それにはエアも賛同している。
「一年後のお祝いの時に着るドレスを、密かにロムと作っているから、出来たら持っていくからね」
「えっ!!ほんとですかっ!やったー!」
エアは少女に、私達が密かに作り始めていたドレスの事を教えてあげたらしい。少女がそんなに喜んでくれるのならば、気合を入れて作る事にしよう。もちろん少年の分の正装も作っているので心配はいらない。
「いや、そんな心配はしてないですけど……」
……それにほら、少年にはいっぱい服を作って置いてきたが、お嫁さんになる少女に何も無いのは寂しいだろうと私達は思ったのだ。
だから、家を離れたのは密かにびっくりさせたかったと言う思いもあるので、どうか怒らないで欲しい。
「そう言う事なら……いえ、ぼくも、急に怒り出してすみませんでした」
冷静になった少年は少しだけしゅんとしている。それに良い子だ。
そんな少年を少女が微笑ましそうに励ましていた。なかなかにお似合いな二人組なのかもしれない。
二人が成人するまではあと一年らしく、私達はそれを見届けてから旅に出ようかとも話している。
何度か、大樹の森に帰る事はあるだろうが、それ以外では色々と仕事をしながらこの街で暫くのんびりとする予定だ。
──という事で、私達は今も仕事先へと向かっているのだが……どういう事だか、少年と少女も後から付いてくるのであった。
「えっ、それってうちの事じゃないですか?」
と言うのは、少年のお嫁さん(予定)の少女である。
実は今回の斡旋先と仕事内容は、今まででも特に特殊な部類で、ランクも不明なものであった。
冒険者ギルド側もどうしたらいいのかと悩んでおり、そこに偶々やってきた私達『白石』の冒険者でとりあえず対応させてみて、ダメそうだったらもっと高ランクの冒険者に任せようという事に決まったらしいのである。
その特殊な仕事内容と言うのが『嫁に行かない娘が二人いるので、協力して欲しい』と言うものであった。
「お父さんだ、間違いない……遂にやってしまったんだ……」
なんでも少女の上には二人のお姉さんが居るという話で、『器量よし性格まあまあ、家事そこそこ』で決して悪くない姉達なのだが、どうにも結婚する気配がないのだとか。
そして、そんな姉二人に対して、いつも少女のお父さんは『あんまり嫁にいかないんだったら、ギルドに依頼として出してやるからなっ!』と言っていたのだとか。
それに対して、姉達はいつも『あーはいはい』『大丈夫、心配しないでそのうち直ぐに嫁にいっちゃうから』と言って流していたんだという。
……だが、それが今回遂に、お父さんの計画が動き始めたらしい。
三女である少女が一番初めに嫁へと行ってしまった事で、実は今、家は微妙な空気になっているのだとか。
少女が少年の家に早々とやってきたのも、実は避難してきた部分がないでもないらしい。
……もしかしたら今日、この後、家には血の雨が流れるかもしれないと少女は一人ビクビクしていた。
「…………」
そんな話を行く前に聞かされては、私達の気分もブルーになる。
……まったく、なんという斡旋をしてくれたのだ、ギルドは。
でも、確かにどのランクに任せれば良いのか判断はつかない。
そもそもギルドに依頼する案件では無い、と言うのを私は強く言いたい。
……いや、待て。そんな後ろ向きな発想はいけない。
依頼があり、斡旋を受け、その問題を解決する為にもう動き出しているのだから、今更依頼をしたしないであーだこーだ言っていてもしょうがないのである。
だから、もっと前向きに考えよう。出来る事をする。それでいいのだ。
そして当然、出来ない事は出来ない。それでいいのだ。
それに少女からの貴重な情報も、着いてから聞かされるよりも、心の準備が出来る分だけ、今聞かせてもらえたのはだいぶ大きい。ありがとう少女よ。
「は、はい、すみません。うちの家族が迷惑をかけて……」
いや、いいのだ。大丈夫。なんとかなる筈だ。
それより、君も良い子だな。少年をよろしく頼む。
もし最終的に家族内で血の雨が流れる様な事があっても、私とエアは【回復魔法】が得意なので、何も問題は無い。
だから、安心して会ってみよう。
『旦那、それって前向きなのか?』『前は向いてるけど体は後ろ?みたいな?』『いっそ諦め?』『と、とりあえずは、お話を聞いてみよう!という事ですよね?』
そう。そう言う事である。
実際に、お姉さん二人に話を聞いてみれば、もしかしたら本当は良い人が既にいて、お父さんに隠しているだけかもしれない。
それを三女である少女がたまたま知らない可能性は無くも無いのだ。
だから──
「──父さんギルドに私達が『嫁にいけないからどうにかしてくれ』って依頼したって本当なのっ!?」
「信じられない。さいあく。ちょうさいあく。あー、もうだめ。終わった。私達、一生笑われ者だわ」
「うるせっ!お前らがいつまで経っても嫁にいかないからだろうがっ!俺はちゃんと言った筈だぞ!嫁に行く気が無いならギルドに依頼するってな!」
「だからって、本当にギルドに依頼する事ないでしょっ!おバカーーーーッ!」
「てか、ちゃんと嫁になら行くって言ってんのにもーー。心配しなくていいじゃんさーー」
「お前らそう言ってから、片方は十年、片方は五年、経ってるだろうがっ!俺はもうお前らの嘘には騙されないからなっ!!」
「──すみません。ほんとうにすみません。うちの家族が、ほんとうに、すみません」
三女を先頭に、彼女の家へと入ると、そこでは既にお父さんと娘二人の口論が最高潮を迎えている所であり、そんな家族の様子を目にした途端、三女の少女は私達に何度も何度もそう言って頭を下げ続けるのであった──。
……ギルドめ。
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