第18話 混。
注意。この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。また作中の登場人物達の価値観や宗教観も同様ですのでご了承ください。
2023・01・05、本文微修正。
冒険者時代、魔法を使う際に、『何故詠唱をしないのか?』と訊ねてきた者達が居た。
私はそんな者達にこう返した。
『必死で戦ってる最中にそんな暇はない。だから詠唱はしないのだ』と。
冒険者時代、回復を使う際に、『何故神に祈りを込めないのか?』と訊ねてきた者達が居た。
私はそんな者達にこう返した。
『目の前で死にかけている者が居るのに祈る暇など無い。そんな居るかどうかもわからない存在が本当に居るならば、ここに連れて来てみろ』と。
「…………」
『教え』とは時に残酷だ。
誰かが目を付け、誰かが名づけ、誰かが定め、誰かが広める。
ただそれだけにしか過ぎないのに、それが絶対のものだと思い込む者達が居る。
それが特別なモノであればある程、それの影響があればあるほど、その『教え』は信頼を得るが、代わりに自由を失わせる。
詠唱も祈りも、きっと誰かの為、大切な者達を想って作られた、ただの『技術』に過ぎない。
それを忘れてはいけない。
それ自体は素晴らしいかもしれないが、それを絶対だと思ってはいけないのだと。
それを心の拠り所や救いにするなとは言わない。
ただ、それらが技術であることを見失わなければいいだけだ。
そして、その技術が全てを幸せにするだけではない事も、知っていればいい。
もっと大事なものから、目を背けなければ、それだけでいいのだと……。
『……エフロム、お前の言葉は辛辣過ぎる。周りはそれじゃついていけないよ。伝わらないよ。みんなの気持ちも考えてごらん?心のどこかでは皆、きっとそんな事は分かってて言っている部分もあるんだよ。……だけどね、それでもしょうがなくてって事もあるんだ。どうしようもない事だって沢山あるんだよ』
誰かの為、皆の為、世界の為……だがしかし、その果てはいったいなんだ。終わりはどこだ。
『神』などいなく、ただ自分と変わらないそんなどこかの誰かが定めただけの教えに、技術に、何を求めている。何を求め続けている。
その場限りの気休めに、いつまで縛られなければいけない。
そんなただの思い込みのせいで、何故に自由を見失わなければいけない。
誰かの定めた枠組みから外され、慎ましくい生きねばならない者達はどうすればいいのだ。
「…………」
……いや、こんなんじゃダメだ。
喚くだけじゃ、何も変わらない。
こんなに『思い』ばかりを加速させ膨らませ過ぎてはいけない。これじゃただの愚者である。
己の『力』など高が知れている。
足元を見失ってはいけない。
いくら知識を積み重ね、賢くなった気になったとしても、勘違いなどしてはいけない。
身の程を誤ってはいけない。
私達はまだ、その『差異』に誰一人到達できていないのだ。
私だってそんな彼らと、何も変わらないただの──
『──しょうがないよ。気づけたのがお前だけなんだから。みんな信じられないさ。……だけど、そんなに悩んでいるんなら、お前が動くしかないな。それがたった一人だとしてもさ』
『…………』
『自分の力に限界が知れてるなら、お前がそれを超えるしかないな。道なき道を歩む事になったとしてもさ』
『…………』
『そしてまだ、誰も到達していないなら、お前がなるしかないじゃないか。その最初の一人ってやつに……』
「……ん、これは」
──それは冒険者時代と子供の頃の自分が、ぐちゃぐちゃに混ざったような恥ずかしい夢だった。
そしてその夢の中で、友に言われた言葉の数々が、飛び飛びに回想され、目覚めても尚何度も何度も頭の中に去来し続けている。
何がきっかけになってこんな夢を思い出したのかは分からない。
……けれど、一つ重要な事には気付けた。
私は今、魔法使いとしてエアへと色々と教えている立場にあるわけだが、そんなエアに対して私は『少々、私の考えを彼女に押し付け過ぎてるのではないだろうか?』と心配になったのである。
……それは、良く言えば過保護、悪く言えば束縛し続けている状態にも思えたのだ。
「…………」
かつての自分が忌み嫌っていた存在──自分の力と教えを妄信し、その教えに固執し妄信させるような者達──に自分が陥りかけているのでは?と思うと、それだけでおぞけを揮った。
静かに深呼吸し『気を付けろ』と、自分で自分の心に注意を促す。……今はそれだけでいい。
逆に気にし過ぎれば、何も教えられなくなるから……。
これもまたほどほどが一番だ。見極めが大事。鍛えていくことにしよう。
……正直、歳を取るとこういう時の復活は早くなるのだ。
そうして、しばし心の整理をつけた後に、私は辺りを見回した。
今居るのは、大きな棚や巨大な木の机が部屋の大部分を占領している部屋だ。
ここには薬や、それの元となる植物の様々な種類が所狭しと並んでいる場所であった。
……普段、私がポーション等を調合する際に使っている大部屋の一つ、である事が一目で分かる。
「…………」
がしかし、はてさて?なんで私はここで寝ていたのだろう?そんな記憶はさっぱりない。
「……ふむにぇ……ゃはは……ふふっ……くかー……」
すると、私の背後からはそんな声が聞こえ……そちらを見るとそこには椅子に座ったまま彼女が健やかに寝ているのが目に入った。そして、寝言で幸せそうに笑ってもいる。
エアの手にはすり鉢とすりこ木、そしてそこから零れるピンクやオレンジ色の粉末の散乱した姿も……。
「……ふむ」
それがきっかけになったか……ふと思い返し、確かに『今日から一緒に初級ポーションの作成を始めよう』と言った様な気がしてきたのだ。
でも、基本的に『初級ポーション』の材料で『薬草』以外の素材は使わなかった筈だが……。
このピンクやオレンジ色の粉末は一体どこから来たのだろう?……正直、謎だ。
「……むにゃむにゃ……」
ただ、恐らく寝てしまったのはこの二種類の薬が原因だろうと、思い浮かぶ。
『……まったく、大事にならずに済んだから良かったものの、いったい何を混ぜたのやら』と。
だいたい私の身体はどんな薬にも耐性がついているので、こんな風にかかる事は滅多に無かった筈。だから、それを突破する薬を編み出すとは、思いもしていなかったのだ。
「……ん?まさか、ネクト(秘跡産果物)を合わせたのか」
ただ、その時ふと朝にエアが食べていた果物の事が頭を過った。
……そう言えばと、作成前に確か『初級ポーションは作るのが簡単な方だが、その味は恐ろしいほど不味いのが難点である』という様な話をした覚えもある。
そして、『折角の機会だから、エアも自分で作ったポーションは自分で飲んでみよう』と、そんな風に促した覚えもあった。
だから、恐らくエアは『マズいものは食べたくない!』と素直に思ったのではないだろうか?
そして『……もしかしたら美味しいものと混ぜたら美味しくなるんじゃないのかな?』と。
その結果、エアの好物であるネクトを混ぜ合わせたのが光景として易々と想像できてしまったのである。
「…………」
……正直、それだったらしょうがないとも思った。こればかりは私が悪かったと。
それに、私としても油断が過ぎたと思う。まさか『初級ポーションとネクト』を合わせてこんな変化が起こるとは思いもしなかったが、正直危機管理が足りなかったと素直に反省する事にした。
そして先の『夢』の事も含めて色々と今日は良き教訓になったと思う事にしたのである。
「……ぽぉ、しょん」
「…………」
それに見方を変えれば、これは一つだけ安心する出来事でもあったのだ。
……エアのこの姿を見れば、彼女を束縛し押さえつけているばかりではないと知れたから。
エアは可憐で無邪気で、その自由な姿を見れているだけで、私は見失わずに済む気がした。
出会いは不思議なものだったけれど、私はきっと彼女と一緒に居るだけで救われている気がしたのだ。
眠り続けるエアを抱き抱え、彼女の部屋へと向かって歩き出しながら……私はまた自分の人生経験に新たな情報を書き加える事にした。
『初級ポーション+ネクト+エア=混ぜるな危険』、『エアは寝言を言いながら、とても良い笑顔をする』と。
またのお越しをお待ちしております。