表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
179/790

第179話 助長。




「みんなで一緒に散歩しよっかっ!」



 引っ越しの翌日。

 エアが言うので私達は羊さん達の毛刈りを終えたその後、街をぶらぶらする事にした。

 エアが先頭、少年が真ん中、私が後方と言う縦一列での移動である。

 なんだろう。狭いダンジョンを歩くわけでもないのに、こんな陣形を取ってしまった。

 少年が少しだけ不安そうな雰囲気があった為、前後からちゃんと私達でブロックしている形である。



「今日はよろしくお願いします」


「プメェ~」



 因みに、少年の腕の間には毛刈りでスッキリし五十センチほどに小さくなった羊さんの一頭が大人しく抱っこされている。

 本日最後の毛刈りが終わった羊さんが、全羊さん達を代表して少年の事を守ってくれる為に一緒に来てくれたのだそうだ。

 今も『安心して街を散歩しな。わたしが守ってあげるよ』と頼もしいお声がかかった所であった。

 一見して、羊さんは可愛らしいぬいぐるみにしか見えないので、街中をぬいぐるみを持って歩いている可愛いもの好き男子に少年は見える。……が、まあ、とりあえずは何も言わなくても良いだろう。


 本人のおっとり具合も相まって、とても似合っているので問題はない。



「好きな所を色々と散歩してみよっ!」


「はいっ!」



 少年は縦一列の陣形を決して崩さず、必ずエアの後ろを付いて歩いていく。

 こうしてその姿を後ろから見ていると、姉と弟の微笑ましい光景に見えなくもない。


 そうして一緒に歩いているだけでも少年にとっては面白い様で、今日はいつものおっとり顔が更に緩んで嬉しそうな雰囲気が全面から溢れている様に感じる。


 少年はエアと一緒に色々なお店を見て回る事にしたようで、好きな場所どころかこの街にある全ての場所へと顔を出す勢いであった。今日だけではとても回り切れないルートだが、それでもいいのだろう。今は興味のある事に全力で触れて行って欲しいと思う。



 ただ、そうして暫く色んなお店を回って行くとその途中で二人は首を傾げて出てくるようになった。

 どうやら二人とも何か不思議な事があったらしく行く先々でなにやら話し合っているのである。

 何かあったのだろうか。



「それがね、ロム」


「ぼく、どこも初めて来たばかりのお店なんですが、どこのお店でも『おっ、羊飼いの少年が来てくれたぞ』って言われるんです」


「それに道行く人もみんな声かけてくるよ?『よっ、羊飼いの少年!引っ越ししたんだってな、これからよろしく』って。なんで知ってるんだろう?」



 なるほど。二人は街の人達の周知度が高い事を気にしているらしい。

 だが、少年が羊さんを抱っこしているのだから、それも当たり前なのではないか?



「うーーーん。確かにそうなんですけど」


「わたし達も最初はそう思ってたんだけど、でも、それでなんで引っ越しした事まで、みんな知ってるのかな?」



 ああ、それは簡単である。

 私が引っ越しの挨拶として街に居る全ての者達(・・・・・)に、『羊飼いの少年がこの度、街の中に引っ越してきましたので、よろしくお願いします。プメェ~』と言うメッセージを添えて、ささやかな贈り物をしたからであろう。



「えっ……」



 引っ越しした際には近隣の者には贈り物を渡す、という風習を私はどこかで耳にした事があった為、それに倣って街の住人達に贈り物をみんなに渡したのである。

 その事を聞いた二人は、呆然としているが、どうしたのだろうか。私は何か間違ったか?



「ろ、ロム、それってもしかして、羊さんの可愛い顔のマークが取っ手に付いてる木製のスプーンとフォーク?」


「ああ。そうだ」


「そうか。それでみんな僕たちに向かってあのスプーンとフォークを見せて来てたのか」



 どうやら、二人はこれまで訪れて来たお店で何度かその木製のスプーンとフォークを目に掛けていたようで、漸く腑に落ちたと納得していた。

 二人的には『羊飼いってそんなに人気なのかなー』位にしか思っていなかったのだという。



「えっ、待ってください。今、全員(・・)って言いましたか?この街の人達全員っ!?」



 言ったのである。街の人達全員。



「そ、そんな、でもあの、スプーンとフォークなんていつ、前から持ってたんですか?」



 いや、昨晩夜なべして作ったのだ。



「…………」



 私も今回の事は力不足を痛感したので、せめてもの償いと言うか補助というか、まあ少しでも助けになればいいなと思ってやってしまったのである……迷惑だっただろうか?



「め、めいわく、なんて、まさか……」


「プメェッ!」


「おっと!……よーしよし」



 少年は私の言葉に急に立ち止まり、そして声を詰まらせていた。

 その際に、腕に少し力が入ってしまったようで、抱っこしていた羊さんが驚いて少しだけ悲鳴をあげている。

 ただ、直ぐにエアのフォローが入り羊さんは確保され、少年の事もエアは頭を撫でて微笑んでいた。


 すると、どうした事か、今まであれほど、おっとり顔が崩れずにいた少年の表情が少しだけ泣きそうなものに変わる。


 だが、涙だけは流さないと決めているのか、ぐっと力を入れては涙を堪えている。

 今までで一番泣きそうな表情だが、それでも涙を我慢しきると少年はエアの方を向き、エアも少年の顔をみて、二人でウンウンと頷きだしていた。それで何か意思の疎通をしているらしい。



 たぶん少年はエアの優しさに触れて心が癒されたのだろう。その気持ちは凄く良くわかる。

 そして、エアもまたそんな少年を偉いと思っているに違いない。その気持ちも凄く良くわかるぞ。



 それならば、ここはまたエアに任せていた方が良いだろうと思い、私は陣形を崩して、今度は先頭に躍り出る事にした。

 私が歩き出すと、二人はその後ろに横並びで付いて来ながら何やら会話をしている。

 なんか、こうして陣形を組みながら歩くのは久しぶりで、少しだけ不思議な気分であった。


 それに背後から熱い視線を感じる気もするが……。

 二人の話の邪魔はしない様に、私は前だけをみて進み続けた。


 『ありがとうございます。絶対に忘れません』みたいな言葉が薄らと聞こえてくるので、どうやら少年がエアに感謝を告げているらしい。


 確かに、今回ずっとエアは動き続けてくれた。

 私が毛刈りの間お茶をズゾゾゾーと啜っている間も、寝ている羊さん達を綺麗に並べて運び続けてくれていたのである。


 エアも本当にお疲れ様。

 凄く頑張ったから、あとで何か喜んでくれそうなものでもプレゼントしたい気分であった。

 ……何なら喜んでくれるだろうか。



 とりあえずは、二人も欲しがっていたので、後でエアと少年にも『羊さんのスプーンとフォーク』を必ず渡す事にしようと、私は歩きながら考えていた。





またのお越しをお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ