第178話 模様替。
そうして、私達は動き出した。
ただ、計画については既に少年の了承は得られているので、問題はもうほぼ解決している様なものである。
なので、ここから先はサクサクと進めていこう。
そこで、私は先ず街に行き、不動産を取り扱っている商店へと入って行った。
「……家はいらず、土地だけでございますか?」
そこで、普通は商店が取り扱っているの土地と言えば家を含んでいるものの事を指すの為、この注文にはかなり変な顔をされたが、拡張したばかりの地域でまだ手付かずになっている部分をなんとか手に入れる事に成功した。
もちろん、彼の家からは一番近い場所を押さえてある。
そして、次はギルドにも行き、羊飼いの少年の事を正確に報告する事にした。
こればかりはギルドを含め街の者達の怠惰でもあり、少年が彼らからどう思われているのかの証明にしかならないのだけれど、ギルド側は彼が『召喚士』であるという事を全く把握していなかったので、それをちゃんと伝えに行ったのである。
「はいっ!?あの羊は【召喚魔法】で出していたんですかっ!!」
と、案の定受付嬢も驚いているけれど、実際にあの森まで行く者は少ない為、それもしょうがないのかもしれない。
羊さん達のお世話はこれまで曽じい様と少年だけで完全に行えていたし、彼らも態々これが【召喚魔法】で出した羊さん達なんです、などと報告した事はないだろう。彼らからみたら羊さんは召喚されていようといまいと普通に羊さんなのだから。
それに日中はほぼほぼ召喚したままなので、偶に街の者が目にしたとしても、『あー、森に生息できる珍しいタイプの羊さんだなー。元気にプメェ~っと鳴いているなー』位にしか思わないのだろう。
あの数の多さから見ても、そもそも召喚された動物達だとは誰も思い至らなかったのである。
それほどに、あの召喚士の一族が、隠蔽に力を入れていたこともまた理由としては大きい。
魔法陣も、詠唱も、極力人にバレない様な作りになっている上に、かなり腕のある者が魔方陣を作成している。
その作りからして、その胸中にどんな思惑があったのか何となく私には想像できるけれど、もう日の目を見ていいのではないかと私は思った。
……ん?なんだ君達。ああ、その思惑がなんなのかって?
それは恐らく、私が普段から力を隠しているのと同じ理由なのである。
簡単に言えば、余計な混乱や騒ぎを起こしたくないから。その上面倒事に巻き込まれたくないから。
その力はあるべきものの為に、己の信念が為に使用したい。
魔法陣の作りから、その人物のそんな穏やかな心を感じたのだ。
この人は偉大なる力を持ちながらも控えめで優しい人物だったのだと思う。
少年たちの先祖は、彼らと変わらず、またそれ以上に和を重んじた人物だと私は察した。
……ん?つまりはどういうことかって?
私の傍で精霊達が聞きたそうな顔をしていた為、もう少しだけ詳しく説明する事にする。
気づいたものは居るとは思うが、つまりあの隠蔽は、『戦力』をただひたすらに隠し続けたかったのである。
あの羊さん達の可愛さと鳴き声で、そこまで脅威に感じなかったかもしれないけれど、よくよく考えてみて欲しい。
彼らの一族は、『一度に千頭を超える動物を召喚できる術』を持っているのであると。
そして、それは恐らく長年かけて編み出し、技術を培い、契約先である羊さんの数を少しずつ増やしていき、今後もまだまだ増える可能性がある。
その上、羊さん一頭の体当たりは一般人に大けがをさせる程に強いのだ。
一頭につきそれだけの攻撃力があり、それが数千頭分あると考えれば、その脅威は簡単に想像がつくだろう。
もしもの話、街中でその技を使う事が出来たのなら、それだけで街一つは容易く壊せるの程である。
──いや、もっと、ハッキリと伝えようか。
あれだけの数の動物を召喚できる魔法使いなど、他にいないのである。
言わば、彼はその召喚数において、『世界で最高の召喚士』と言う事なのであった。
一般の者達からすれば、千を超える動物を召喚できるというただそれだけで、彼が持つその力は既に遠くかけ離れた存在となり、恐ろしい脅威にしか見えないだろう。
だから、今後彼が街の者達とどう付き合っていくにせよ、変わらず羊さん達の羊毛などがこの街の特産品として考えられているのならば、街の者達はその事を把握しておくべきだし、彼にとってもそこはちゃんと伝えておくべき事であると私は判断したのだ。
『あいつはいずれ街を襲うつもりだ!』なんて、謂れのない誹謗中傷の的にしない為にも、確りと伝えておくべきなのである。
そして、使おうと思えば、戦争の道具にすら出来てしまうその脅威を、勘違いさせない為に、絶対に使わせない為に、私はここへと来た。
私はこのままギルドに報告し、更に街の上の者達にも確りと伝えるつもりなのである。
彼は決して蔑ろになどにしてよい存在ではないし、その力は決して悪用などするべきでもないと。
そして、その事を私は彼らと『約束』をしに来たのであった。
……これは今、私にしか出来ない事。
私と言う魔法使いの全力をもって、心優しき世界最高の『羊飼いの召喚士』を守らせて貰うのである。
彼や彼の子孫に受け継がれていくその力を、決して悪用などさせない。
そもそも、あの羊さん達を戦いの道具にする様など見たくもない。
これは私の身勝手に過ぎないけれど、少年には最初に納得してもらっている。
彼は羊飼いの仕事が好きなだけの少年で、戦力などとは考えもしていなかった。
そしてそれはきっと、あの魔方陣を作った彼の先祖もまた、羊さん達をそんな戦いの道具にはしたくなかったから、隠し続ける作りにしたのだろうと私は察したのである。
「では、この街の代表者として、その力を悪用したりはしない事を約束して貰えるかな?」
「はい、もちろんです。知らせて頂きありがとうございました」
街の代表者達に伝えたら最初こそ驚かれたが、感謝される結果となったので、私は一先ずの安心を得た。
彼らが本当にそれを約束したのか、建前でそう言ったのかは既に私の興味にはない。
既に契約はここに成立しているからだ。
私の全魔力に近い魔力を費やして行った契約なので、おそらくはもう誰にも侵すことはできないだろう。
そして、その力の事については必要以上に思考できない様にもしてあるので、この話が終わり次第もう彼らの間で話に上がる事すらない筈である。
これは既にこの街の全員へと適応される契約となった。
少年も森で暮らしていたとは言え、この街の人間である事には変わらないので、少年自身も悪用できない。この街をその力で傷つける事は出来ない。力を意識する事も出来ないようにしてある。
……本当に、身勝手な事ばかりをしているが、それでもどうか許して欲しい。
因みに、今回、ギルドに来ているのは私と精霊達だけだったりする。
エアと少年には昨日の毛刈りの続きをやって貰っているのだ。
魔法道具で一瞬で出来る事に興味津々な羊さんも居るが、昔ながらの方法でハサミでチョキンチョキンされるのを好んでいる羊さんもいるらしく、少年はそれに応えていた。
そして、エアはそんな狩り終わった後の羊さん達の運搬係をまたやってくれている。
もちろん運びながらも羊さん達を愛でる事を忘れていないので、エアはずっと笑顔でやっていた。
──さて、これで土地は確保は出来たし、街の代表者達とのお約束も終わった。
そして、次に何をやるのかと言えば、……後はまあ、彼のお引越である。
森でやっている羊飼いの仕事を、私は全て街中で出来るようにしたかった。
正確に言うのならば、家の中の空間を拡張して、羊さん達を召喚できる環境をそのまま家の中へと作り、彼には街で生活できる環境を作りたかったのである。
手に入れた土地には、あの『羊さんハウス』をそのまま持ってきてしまう予定なのだ。
……結局、愚かな話ながら、私は彼の寂しさを完全に埋めるための方法を思いつけなかった。
だからせめて、とりえず私は彼を街に連れて来ようと考えたのである。
人の多く居る環境に移り住む事で、彼が新たな良き出会いを得る事に期待するしか出来なかったのであった。
それに必要な家と、魔方陣、羊さん達が召喚できる場所を用意し、その際に降りかかりそうな悪意や脅威を事前に約束を通す事で排除する、という計画であった。
私にはそれだけしかできなかった。
大言壮語を語ってしまったと反省するばかりである。
皆を笑顔にする、それの、なんと難しい事だろうかと打ちのめされた気分であった。
一応、街の者達にとっては拡張で森を大きく囲う必要がなくなったので、利は十分にあるだろうし、それにはにっこりとするだろう。
そして、少年も毛刈りが終わって帰ってみれば、街の中に家が引っ越し済で家の中が前よりも凄い事になっていると喜んではくれたけれど……、羊さん達にとってはにっこりできる部分が殆どなかったのである。
森に施された魔方陣をそのまま『羊さんハウス』に改良して施し直し、一個の魔法道具とする事で家の中で羊さん達を召喚できるようにはしてあるし、家の中なのでいつでも好きな時に召喚できるだろうし帰るのも時間を気にしなくても良くなった。それぐらいしかないのだ。
一応、広さはかなり頑張って拡張したのであの森よりも広くしてあり、木々や土などもそっくりそのまま持ってきてある為あまり居心地の違いは感じないだろうとは思う。
精霊達の協力も大きく、日の光は家の一部を吹き抜けに変えさせて貰い、それを魔法で拡散させて外と同じにし、風は常に心地良い状態に調整した。
水は大きな水場を用意し、常に綺麗な水が出る様に魔法道具を設置し、余分な分は周りの木々に散布されるようになっている。。
完全に外と同じに出来なかったのが心残りではあるが、それでも精霊達曰く『ほぼ一緒』らしい。……皆のおかげだ。本当にありがとう。
──だが、ここだとやはり雨が降ったりだとか自然の移り変わりと言うものを感じられなくなってしまうという問題がある。
きっと私は、それが出来てないが故に、まだ納得がいっていないのだと思う。
だが、こればかりは力不足であった。本当に申し訳ない……。
「──いやいやいや!充分ですっ!ありがとうございます!思ってた以上ですっ!」
少年は私の事を気遣ってか、そう言ってくれる。
ほんとうに優しい子だと思う。
……いや、まて、そうか。
魔法陣を指輪型にし、魔力の効率と充填率をあげて、数日に一回は大きな魔方陣を使わなくてもその指輪だけ使えば召喚も可能な様にすれば、羊さん達ものびのびと外の空気を吸えてにっこりに──
「あ、あのー」
「ふふふっ、良かったら、あのままロムの好きにさせてあげて」
「でも、僕なにも返せるものなんてないですけど……良いんですか?こんなにしてもらっちゃって」
「うんっ、良いと思うよ。羊さん達可愛かったし、君みたいな魔法使いが居るってだけでロムはすっごい嬉しかったんだよ」
「……そう、なんですか。でも、僕自分ではただの『羊飼い』だと思ってるんですけど」
「うん。だから、今後もそのまま羊飼いを頑張ってくれるだけでロムにとっては充分なんだと思う。それに、君にとってはこれからの方が重要でしょ?私達の事は気にせず、自分の事を大切にして」
「……本当に、ありがとうございます」
「ううん。私は何もしてないよ。ロムが凄いだけ」
「凄すぎて、近くにいるのに、遠くにいるように見えます。僕はこんな人がいるなんて思いもしなかったです。森をそのまま家の中に移し替えちゃうし、家の中はとんでもない広さに出来ちゃうし」
「ふふふっ、そうだよねっ。びっくりした?」
「しましたっ」
「わたしも同じだよっ。ずっと一緒に居るけど、いつもロムは凄いなーって思う」
私が密かに魔法道具の事で悩んでいる、そんな背後で、エアと少年は二人して笑顔のまま何かを話し合っていたようだ。
街中に来ても少年も嫌そうにしていない事に私はとりあえずの一安心した。
楽しそうで何よりである。
またのお越しをお待ちしております。




