第173話 羊。
「ようこそ。来てくれてありがとうございます」
羊型のお家を尋ねてみると、一人のおっとりとした少年が私達を出迎えてくれた。
まだ成人前と言う話ではあったが、かなり落ち着きのある少年だ。
曽祖父である魔法使いの男性が亡くなってからまだ一月弱だというのに、彼は立派に立ち振る舞っている。
そして、私は彼を視ていて、『なるほど』と納得も得た。
確かに彼の魔力は普通の人よりもかなり多い。
普通に一般的な魔法使い達と比べても、上の方に来るくらいの素質を備えていると感じた。
魔法使いとしての訓練前でこれならば、将来は魔法使いとしても成長を期待したい逸材である。
「僕はこの仕事が好きなんです。どうか力を貸してください」
少年は挨拶を終えて、私達を真っ直ぐに見つめると、直ぐにそう言って頭を下げて来た。
どうやら、遠回しに世間話をするよりも直接仕事の話をしてくれるらしい。
その言葉に対して私達の心は最初から決まっていた為、直ぐに了承を伝える。
『出来るだけの事を精一杯頑張らせて貰う』と、真面目な少年に応じて、こちらも確りと真摯に返した。
すると、少年はおっとり笑顔を一つ浮かべて『ありがとうございます!それでは、早速いきましょうか』と一言だけ告げると、家から先に出ていき、森の中へと一人でズンズン先に進んでいってしまう……。
「…………」
私とエアは互いに見つめ合うと『直ぐに追いかけなければ』と急いで彼の後を追った。
よく見ると、この羊ハウスの周りには木々があるばかりで、羊達の家や専用の施設的な建物も開けた土地さえない。このような場所に本当に羊たちが飼育されているのだろうか。
エアも『羊、何処にいるのかなー』と言っているが、確かにその通りである。
私達の魔力で探知する限りでは、この森に羊など一頭もいない。
それなのに少年は一体どこまで森の中を進もうというのか。
「……うーん、この辺かな?『うん、大丈夫そう。みんな元気だったみたいで、安心したよ──』」
すると、その途中で少年はいきなり立ち止まると、森の奥へと向かって突然そう話しかけ始めた。
私とエアはそんな少年の背後で、魔力で森の奥を探知しながら一緒に首を傾げている。
かなり先まで探知しているのだが『羊など何処にもいない』……それが現状での私達の判断であった。
ついでに、私達の背後では精霊達も首を傾げているので、探知が間違っているという訳でもないだろう。
「『うわー。今日のエサやりとか少し時間が遅れてるかも。急いで準備しなきゃなー……』」
少年は相も変わらず、未だ森の奥へと向かって話しかけ続けていた。
まるで見えない何かが、そこに居るかのよう──
「そうか……これは、あれか」
──と、そこまで思った所で、私はハッと気づき、理解を得た。
……なるほどと思う。これは確かに理に適っている。上手い方法だ。
「ロム、羊いたの?遠い?」
エアが私の反応を見てそう尋ねてくる。
……うむ。居た。というか分かったのだ。
これもかなり古典的な方法だったので、私も少し忘れかけていた。
そして、私は自分の魔力の探知範囲を広げて森を広く視る。
すると、その"巨大な魔方陣"の様相も捉える事も出来た。
その魔方陣を視るに、空気中の魔素だけで仕掛けに反応出来るように、効率重視の構成。
隠蔽にも力を入れており、他の者にバレて破壊される事を防ぐ為、自然修復もかけられた匠の技も施されている。
ここまでの手間暇を掛けられて作られた魔法陣は最近ではとんと見ない。
「『今日は天気も良いし、みんなで歩き回ろうか。きっと気持ちが良いと思うよ……』」
それにあの詠唱にも懐かしさを感じた。
昔は流行ったが、今では威力と安定性、効率、難易度の面から使われる事が少なくなった手法なのである。
そのまるで日常会話の様なその詠唱は、『周りの者に魔法を使っている事を悟られない様に』を前提にして作られた詠唱方法であった。
「エア、近くの木の上に移動しよう。少し高めの枝が良い」
「うん?うんっ、分かったっ!」
私達が、揃って木の枝に飛び移ると、それまでは背後を全く見ていなかった少年が、少しだけ顔を向けて目を見開き、そして微笑んだ。……なるほど。彼は私達の力の程を試してもいたのか。
「ロム、どういう事?」
エアにはまだ魔法で教えていないことは幾つかあるが、流石にこれを教えるのはもっと先の事になるだろうと思っていた。
だがまあ、隠す事でもなく折角の機会でもあるので、私はその魔法の正体を告げる。
「これは巨大な召喚魔法陣を用いた、古典的な【召喚魔法】なのだ」
──つまり、あの少年は『羊飼いの召喚士』であったと言う事である。
すると、そんな私の言葉とほぼ同時に、少年を中心として辺りには『ポンポンポンポン!』と、急に真っ白くてフワフワした存在達がどんどん溢れ出て来た。
あのまま少年の背後に私達が居れば、あの白いフワフワ達に危うく巻き込まれてしまうところである。
「…………」
……彼の邪魔をしない様にと思って離れたが、『もう少し残って居ても良かったかもしれない』と私はほんの少しだけ後悔する。
一方、羊達に囲まれている少年はとても気持ち良さそうに羊達を撫でながら、微笑んで私達を見上げていた……。
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