第17話 想い。
2023・01・01、本文微修正。
「エア?」
「ああ。魔法使いの世界において、初めて魔法を発動した者には『魔法使いの名』を贈ると言う古い風習がある。恐らくこれが初めて発動した魔法だろうと思い、私からも贈りたくなったのだ。……無論、名づけは強制ではない。その名を受けるも受けないのも自由。気に入れば使えば良し、気に入らなければ忘れてよしだ。大方のそれは名付ける方の勝手なる願いがこもっているものなので、ろくでもないと思った時には名乗らない事もある。自分で決めると良い」
「……ねがい」
私は彼女へと名を贈った。受け取った彼女としてはいきなりの事でまだ理解が追いついてないかもしれない。よくよく思い返せば、私は彼女の中身が幼子と変わらぬと分かっているくせに、今日は大人な見た目に引っ張られ過ぎたのか、難しい事ばかりを要求してしまった気がする。
『反省しなければ、冷静にならなければ』と今更ながらに思う……。
それに短時間で済んだとは言え、強い集中には多大な精神力も消耗しただろう。
先の心配も記憶に新しい。元々体調面での心配もあったのだから、今日はこのまま早く家へと戻ることにしよう。
せっかく覚えたエアの【浄化魔法】もお披露目ならばまた後日できるのだから……。
「さあこっちへ。疲れたろう。今日の所はもう休むと良い」
「……うん」
そうした思惑から、私はエアに背を向けてしゃがみこむと『おんぶをするから乗ると良い』と促した。エアはおずおずとではあるが、しっかりと私の背へと身を預け、首へと手を回す。
彼女が落ちないようにと注意を払いながら、私は初めてエアをこうして運んだ時の様に同様に樹上まで飛びあがると、木々の間を枝伝いに歩き始めた。
「さっき、ねがいがあるって」
背負って暫くの間は私の背中で微妙に据わりが悪そうにしていたエアは、漸く落ち着いてきたかと思う頃にそんな事を尋ねてきた。
どうやら彼女はまだ先の『名』について知りたいこと残っているらしい。
「……ああ。魔法使いの名付けと言うのは大体が何かしらの願いがある。中には音の響きが好きだからと言う理由だけで付けるものもいるが、私の場合『エア』と言う名には二つの大きな願いを込めている」
「どんな?」
「聞きたいのか」
「うん」
「……そうか。では、一つだけ教えよう」
「ひとつ!?一つだけ?」
「ああ。魔法使いの願いとは時として重い枷にもなる。私はそれ(願い)が君の重荷になる事を望まない。何しろ私が願った内の一つは、『君がいつまでも自由に笑っていられますように』と、その様な重荷を背負う事無く、魔法という新たな『力』と共に、上手く楽しく生きていますようにと想ってつけたものだからだ」
本人に向かって『いつまでも可憐なまま無邪気でいてくれ』などとは、流石の鈍い私でも恥ずかしさを覚えたので、嘘にならない程度に少しだけニュアンスを変え、彼女にはそんな風に伝える事にした。……意味合いは一緒だ。ほとんど一緒。間違ってはいない。
「んー、じゆうってなーに?」
「それはまた、難しい質問だな。……だがそれの答えは、きっと正解が一つではないと私は思っている。あるものは心の赴くままを、あるものは己を縛る鎖からの開放を、それを望む者の本能や欲望、希望によってそれは姿形や色、音を変える。要は自分が望むもの、自分が好きだと思う言葉をそこに置き換えてみれば、自分なりの『自由』の答えに近付けるかもしれないと」
「……んー」
長年生きて来たが、私はこの手の哲学めいた話が少し苦手だったりする。
冒険者時代はそれこそ命がけの日々でありそんな事を考えている余裕がなく。今はのんびりと楽しい日々を過ごしてはいるが、これを自由と言っていいものかどうか……なにも考えていないだけの様な気がしてならなかったから。
そんな事をつらつらと考えながら、私は木から木へと魔法を使って飛び移っていたのだが……次の木々はその間が少し遠く離れていた為、一度気合を入れ直し、エアを落とさないようにとしっかり体勢を整えてから高めに飛んだ。
「じゃあ、"いっしょ"がいい」
「……一緒?」
「うん。じゆうは、二人でいっしょにいること」
そうしていると、彼女は、エアは突然そんな事を言ってきた。
私の背中から聞こえてきたその声は、どこか少し恥ずかしそうな響きを含んでいた様な節がある。
「……そうだな。いずれ一緒に冒険者になると言う約束もある。共に頑張って行こう」
「う、うん……うん」
でもそれに対する私の返答は、どうやらエアの満足いくものとは少しだけ異なっていたらしく少々微妙な反応だったが……鈍い私がそれ以上の些細な心情の機微に気づけるわけもなく、それが今の精一杯だったので許して欲しいと思う。
ちょうど次の木への着地の瞬間でもあった為、魔法で滑るように歩みを進め、内心『なんと答えるのが正解だったのか』と、そんな複雑な心境を誤魔化すかのように家へと急ぐのであった。
「…………」
その後家へと戻ると、既にその頃には背中でほぼほぼ寝かけていたエアを寝床へと運び、私は今日の当初の目的であった薬草を採取してきた分だけ処理し始める事にした。
植え替えられると判断した物は、株毎植え替え薬草畑で育成もする。他の熱を加えたり、特別な水に浸したり、それぞれの活用法に合せた処理を進めて、必要な分量だけ必要な物を作っていった。
大量には確保して来ていないので少量の作業をそれぞれの用途に沿った手順で熟して行くだけ。
だが、久々にしたと言う事もあってか、結局終わった頃にはもう朝を迎えてしまった。
しかし、それだけの時間をかけた効果はあったらしく、各種ポーションを満遍なく、少量ずつだが高品質な物をちゃんと作成出来ていたので個人的には満足であった。
「……なんで少ししか作らないの?」
ただ、私が朝食時に薬草の事とポーションの話をしたら、エアはそう訊ねてきたのだ。
私はそれに対し、『備えあれば患いなし、されど過ぎたるは猶及ばざるが如しである』とだけ簡単に説明して『だから、ほどほどが本当は一番良いんだけれど、その見極めはとても難しい事なんだ』とも付け加えて教えたのだった。
更には言葉だけだと分かり難いかとも思い。私は一度全力でエアへと【浄化魔法】を施してみた。
今朝、朝食前にエアが覚えたての浄化を自分で自分に使っており、『今ならばその違いが分かるのでは?』という思惑もあった。
「えッ!?」
すると案の定。その結果にエアは驚愕に目を見開く事になる。
例えるなら、水面に高い所から水滴を垂らそうとする場合、今朝のエアが発動した浄化は水滴が垂れてきて水面に触れた瞬間少量の飛沫があがり水面全体へと衝撃がじわじわと広がっていったのに対し、私が今発動したそれは発動した瞬間にはもう水面の変化が一度に全部終わっている様な状態になっていた。
正直、何を言っているのかあまり伝わらないかもしれないが、それこそが『差異』であり先の言葉への私なりの『答え』でもあった。
どちらも『浄化魔法』で、言ってしまえば効果は同じなのだ。
必要に応じればエアの浄化だけで充分に事足りる……その後の私の浄化は、例えその効果が凄くとも今回の場合は無駄にしかなっていないのだと。
「…………」
技量が上がれば、エアの魔法ももっと水面に触れた瞬間の飛沫の量がもっと少なくなり、身体へ広がる衝撃の浸透速度もかなり速くなるだろう。
そうなっていないのは未だ過不足が色々と出ている状態で、無駄があると言う事に過ぎない。
だからその無駄をなくせば、限りなく結果のみを効果として起こせるだけの『力』を得る事が出来る筈。
『……けど、正直そこまで極めなくても十分だよね?』と言うのが私なりの皮肉でもあった。
魔法使いとして『力』を蓄えたが、時として『ここまでやらなくても良かったんじゃないか?』と想う事もままあるのだと。
勿論、私も最初からここまで出来たわけではなかった。
いくつかの段階を踏んでやってきて、色々な者達から多くを学んできたからこそ今の私が在る。
「…………」
そういう意味では、ポーション作りも似た様なものなのだと。
今必要な分を作るだけで充分。使わない物を無駄に増やす事はしない方が良いだろう。
『ほどほどが一番いい』のだ……。色々な意味でも……。
「……え?」
「ああ、いや、なんでもない」
そんな『詰まらない話』よりも、もっと有益な話をエアにはしたいと私は考える。
そして、そういえば一般的には『ポーション作り』と言えば、時に魔力の調整を小まめに行う必要があり、魔力の過不足を学ぶのに適した練習になるかもしれない事を思い出したので、魔法の練習に興味津々なエアに対してはそれを伝える事にしたのだ。
「ほんとっ!!それじゃやるっ!ポーション作るッ!」
案の定、エアはその想いに乗っかってくれて、私は彼女に『ポーション作り』を教える事になった。エアのやる気に燃える姿に、密かに心の中では私が微笑みを浮かべていた。
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