第169話 厚。
エアが戻って来る前に、何かスッキリとした物でも買いに行こうかと思っていた私だったが、背後から二人の男女にローブをガシッと掴まれてしまっていた。……あの、解放してくれないか。
「まあまあまあ、お礼だと思って」
「まあまあまあ、案内は私達に任せてくださいよ。それくらいはさせてください」
『まあまあ』が『あまあま』、に聞こえてしまうのは私だけだろうか。
彼らは酒場で働くうちにここの街の事がそこそこ詳しくなったというので、是非とも案内したいと言うのだ。……だが、正直遠慮したい。
「俺たちがこうしていられるのも貴方のおかげなんです」
「私達、今は『誰かに何かをしてあげたい気分』なんですよ」
……うっ、その気持ちは私にも分かる。その言葉が出て来てしまったとあらば、受けないわけには私の心情的にはいかなかった。
しょうがない、良い所を教えて貰えると助かる。
「任せてください!」
「絶好のデートスポットに連れて行ってあげますよ!」
そこは二人で行って来なさい。はぁぁ。
この二人、普段はこんなに息ピッタリなのか。とても凄く元気である。
でも、良い場所を教えてくれるというので、エアの為にも美味しいジュースを確保したいと思う。
「よろしく頼む」
そうして連れて来てもらった一軒目が、何かの生き血を用いた健康にバッチリと言う真っ赤なジュースを売っている店であった。……えっ、私、嫌がらせされてる?
どうやら生き血を使っているせいだとは思うのだが、微妙にお店が生臭いのである。
だが、効果は確かなのか、お客さんの入りはとても多い。
特に疲れた感じの人達が、ここのお店のジュースを飲むと『よし頑張るぞっ!』と気合を入れ直して出て行くのが何度も見えた。……確かに私も森で這いずっていた時は、魔力の節約の為に蛇の生き血などで水分補給を補っていた事もあったけれど、あれはあまり美味しい物ではなったのを覚えている。
折角の好意で紹介してくれた二人には悪いが、エアには美味しい物を食べさせてあげたい。
確かに地中を泳いで疲れて帰って来るとは思うのだが、辿り着いた先でこのジュースが待っているとなると、エアもあまり喜ばない気がする。
残念ながら、別の所を教えて欲しい。
「ゴクッゴクッゴクッ、ぷはーーっ!よしっ、分かりました!別の所にいきましょうっ!」
案内者が飲んでいる。元気になってしまった。どうしよう。
その、まるで街全部を紹介しますみたいな元気溌剌さが凄く目に眩しい。……ほどほどで良いから。一つか二つ、美味しいジュースを売っているお店を教えてくれればそれだけで十分だから。
「分かりましたっ!最高の一杯と二杯と見つけられるように尽力します!!」
……少し不安だが、よろしく頼む。
そうして、次いで連れて来てもらったのは若者に人気だという新感覚のジュースを売っているお店であった。
聞くところによると白と黒のまん丸でプニプニした食感の物体が入ったジュースで、喉越しの良さとほのかに甘みがあって大変に人気のあるジュースらしい。
私はそれを一目見て、これは芋系の何かが素材になっているのではないかと予想した。
昔、旅先で何かの芋を溶かしデンプンだけを固めてこんな風に作ってい──「これはスライムですよっ!」
……えっ、芋系の何かが素材になっているのではないのか?
「はい!食用に飼育された特殊なスライムらしいですっ!あげるエサで、このプニプニの色が変わるらしいんですよっ!」
……予想は外れた。やはり、私と『お料理』は相性が悪いらしい。
「それに、食用スライムは身体の中で消化されないので、そのまま出てくるそうなんですけど、その時に身体の中に溜まった老廃物などをスッキリと取り除いてくれるって言うんで、お腹はスッキリするし、便秘とかも治るって評判なんですよ。……あ、因みに、普通のスライムで同じ事は試しちゃいけないらしいです。食用スライムだからこそ大丈夫なんだとか」
ほおー、そんなものもあるのか。
だが、私もエアも普段から浄化を使っているから、そう言うものとは縁遠い生活をしていたりする。
浄化をかけると、身体に消化吸収されなかった排出寸前の物体は、出る前に身体から消えてなくなってしまうのである。……もちろんまだ消化中の物はそのまま残るらしい。
野外や戦闘中だと排出は大きな隙となるので、冒険者や兵士に浄化の魔法が人気な理由はそこにあるのだ。
ただ、それらを考えると、私とエアがこれを飲んでも、浄化の魔法をしたら身体の中で消えてしまうんじゃないだろうか。……おそらくは飲んでも効果がない気がする。
「えっ、いいなー!【浄化魔法】って便利なんですねっ!」
「俺達も頑張って覚えようぜっ!」
「うん。確かに必要っ!」
魔法に興味をもってくれて私は嬉しく思う。
興味があるならどこぞの教会に行ってみるといい。あそこの聖人は綺麗好きの味方だ。積極的に教えてくれるだろう。
だが、残念ながら結局スライムジュースは飲むことなく移動する事にした。
確かに人気らしく人も並んでいたのだが、私達にはあまり効果がなさそうだったので、並んでまで飲みたいとは思わなかったのである。
「それじゃ、最後に今度こそ一番のおススメを!」
……なんで最初にそこを教えないのだ。
普通に彼らが回りたいデートコースに付き合わされている気がする。
だが、まあこれが最後と言う話だし、一番のおススメと言う事なので期待することにしよう。
「いらっしゃいませー」
「お好きな席にどうぞっ!」
そうして、最後に私が連れられてきたのは、彼らが働いているという酒場であった。……なるほどな。してやられた気分だが、存外悪くはない。彼らも良い笑顔で働いている。
それで?おススメと言うのは?
んーー、シュワシュワする飲み物か。それって酒ではないのか?……ふむ。うちの子、ちょっとだけお酒に弱いのだ。他のがあったら、そちらで頼む。
ん?特製のフルーツジュースがある?じゃあ、それを貰おう。
「お一つで良いですか?」
「ああ」
──ん?いや、すまない。やはり二つ貰おう。
「ロム―っ!」
ちょうどエアも街に到着し、私の事を魔力で探知してやってきた。
私達は彼らが元気に働く姿を眺めながら、酒場で特製の美味しいジュースと場の雰囲気を楽しむのであった。
またのお越しをお待ちしております。




