第165話 習。
気長に探して行こうと思う。
失ったものを取り戻したいとは言っても、その答えは簡単に見つかるものではないだろう。
エアとこうして、旅をしていく中でいつの間にか気づいたら元へと戻っていた。……みたいなのがいい。
だから私はあまり気にしない事にした。
自分で今は笑えずともエアが代わりに笑ってくれるし、エアはどうやらこんな不愛想な私の笑顔の見分けがつくのだと言う。
そんな人は今まで一人も居なかったので、私はエアにどうやって見分けているのかと聞いてみた。
「えー?見てれば分かるよーっ!」
見ていれば分かるらしい。
それは、なんとも。
そんなはっきりと笑顔で返されてしまえば、私からはもう何も言う事はありません。嬉しいです。ありがとう。
さて、それでは今日も歩こうか──
『──おや、旦那の歩調が心なしかいつもよりも早い。これは喜んでいる時だな』『エアちゃんに見てれば分かるって言われたら嬉しくなるよっ!』『ほっこり』『私達も気付いてますから』
……君達まで。まったく、そんなマニアックな見分け方を。
一応、言っておくが、私を喜ばせてもなにも良い事など起きないぞ?
ほらっ、魔力ましましのましましだ。沢山受け取ってくれ!
大樹には魔力で滝でも作っておこう。そうすれば皆が好きに浴びられるだろう。皆も楽しんで欲しい。
『喜びの感情表現が出来ないと行動で示しちゃうんだよな』『向こうのみんなも驚いているけど喜んでいるのが伝わって来るね!』『滝は良い物』『私達も後で浴びに行きましょう!なんか凄いらしいですよ!伝わってきました』
ふはぁぁ、嬉しいけれど、自分が凄くポンコツな気がしてならない。
だが、エアも精霊達もそれで良いと言ってくれた。
私が上機嫌な事を察したエアは、私の左手を隣で掬い取ると、そのままガッチリと手を繋いで、ブンブンと振り子のように揺らし出した。
「ロム、また何かお話してっ」
「……ああ。もちろんだ」
そうして、私達は手を繋ぎつつ昔の話をしながら冒険に戻った。
不思議な感覚だが、口では別の話をしつつ、エアと手を繋いでいる部分では魔力だけで互いに喜びの想いを伝え合っている。……手も心もとても温かい。
冒険者としては、『何時いかなる時でも咄嗟に行動へと移れるように、両手は空けておく事が常識』だと知ってはいるものの、半壊した交易船が見えてくるまで、私達は長い事ずっとそうしていた。
私達がまたここ、交易船(半壊)が停泊している港町に戻って来たのは偏に、冒険を再開するならここからかとお互いに意見が一致したからである。
この街は来て直ぐに飛び出して去ってしまったので、まだ何があるのか全然知らないのだ。
「ろ、ロム見てッ、クラーケンが売ってるッ!!!」
体長三メートル程の、確かにクラーケンの姿によく似た軟体動物がお魚屋さんで売られているのを見て、エアは驚愕して声を荒げた。……まあ、確かにミニミニクラーケンだと言えばそう見えなくもない。
「だっはっは!お嬢さん、そりゃクラーケンじゃないだなこれがっ!まー偶に間違える人もいるんで気持ちは良くわかるぜっ!!」
お魚屋さんの店主や、周りに居た他のお客たちもエアのそんな声に大きな笑い声をあげた。
エアは魔力で怨敵クラーケンの姿をちゃんと視て知っているので、未だにこれがクラーケンじゃないと言われてもいまいち信じ切れていないのだろう。警戒を全然解いていない。
……ただ、お魚屋さんで売られていると言う事は食用なのだということなのだろうと私は思った。
ならば、あれ(クラーケン)はほぼほぼ毒ばっかりで食べれた物じゃない為、そこで判断すればこれが別物だとエアにもわかるだろうと思い、そのままを教えてあげる。
すると、エアも『あー、そっかっ!』と納得した。
「店主よ。これは旨いのか?」
「おう。もちろんよ!見た目で嫌う人もいるが味は悪くねえ!それに調理の仕方によって色々と変化が楽しめる良い食材だぜっ!エルフのおにーさん、お一つどうだい?」
「ふむ。エア、食べてみるば更にはっきりすると思うが、どうする?」
「うー、うんっ!なら食べてみるっ!クラーケンは美味しくなかったもんね」
そのエアの『美味しくない』発言に、周りの者達は『……えっ』と言う驚きの声を逆に発して固まってしまったが、私達は気にせずそのまま普通に買い物を済ませると店を後にした。……まあ、普通はあんな毒々しい色をした生物を食べようなどとは思わないからな。気持ちは分かる。
その後は港町にある料理屋でお馴染みの素材を持ちこんで調理してもらい、二人で舌鼓を打った。
これもお土産にしようかどうしようか悩む所だったが、独特な食感だったりするので、お土産用に持って行って、向こうの反応を見てから渡す様にしようと思う。
さて、色々と見て回って楽しい時間を過ごしてはいるけれど、実は今この街はもっと大きな謎に包まれており、この街の人々の関心はそちらにかかりきりであった。
──そう、彼らの関心は専ら半壊している交易船に集まっている。
だがまあ、それも当然の話であろう。
なんと言ったって、帰って来た時には半壊していると言うその見た目のインパクトもさることながら、予定していた期間の半分で戻って来たとなれば、それはもう何かがあったのだろうと誰もが想像できる。
そして、街の人々は先ずこう考えるはずだ。
『きっと途中で巨大生物に襲われ、それでも何とか九死に一生を得て帰って来たのか。交易はできなかっただろうけど、とりあえず命が助かったのならそれだけで十分だ』と。
だがしかし、その予想は半分外れており、実際はちゃんと向こうの大陸にまで行って、交易自体は大成功させてきたのだというから驚きであった。
何故なら、かかった時間が今回は半分で済んでいるのである。
そんな話を聞けば、誰もが次に『はあ?じゃあどうやって帰って来たんだよッ!?』と、興味を持つわけなのだ。
……だがそれも不思議な事に、船員たちは船長含めて交易の成功とクラーケンに襲われた事だけは確りと報告するのだが、肝心の『期間を短縮させた方法』や、『どうやってクラーケンから逃げたのか』、などの話については沈黙したまま全員が何も語らないと言うのだから、報告される側の人々の謎は深まるばかりである。
私の魔法は問題なく効いてくれているらしい。
それに暫くすれば、この騒ぎも何らかの契約を結んで語れない事情があるのだと、街の人々も察してくれるだろう。……心配はない。
ただ、周りの誰も知らない秘密を知っていると言うのは、やはり少しだけドキドキするものらしく。
隣にいるエアの動きが若干緊張して固くなっているのが見れて、私は内心で笑みを浮かべた。
そんなカチコチで動いていると、逆に怪しまれてしまうぞ、と私は思い。
今だけは、エアにとてもよく効く方法でその固さを解消してあげる事にした。
「ぷははははっ!ダメだよロムッ!自分でやっちゃだめ。それにもっとこう~。こうねっ?分かった?」
私が自分で頬っぺたをぐにっと摘まんで持ち上げたら、どうやら笑顔とは違ったらしく、道端でエアは吹き出してしまった。
正直、そこまで吹き出すとは思っていなかったが、リラックスできたようで何よりである。
「ろむ、こっちっ」
私を道端へと引き寄せると、エアはまた笑いながら笑顔のやり方を教えてくれた。
毎回教えてくれる位置が微妙に違うので中々上達するのは難しいが、エアを笑わせる事に関しては大変有効らしい。
なので有効な内は、エアの笑顔が見たくなったらまたこの方法に頼ることにしよう。
ずるいかもしれないが、今だけはエアを笑顔に出来る無敵の魔法を手に入れてしまったようだ……。
またのお越しをお待ちしております。




