第161話 克。
『羅針石』とは、その実とんでもない魔法道具であった。
船長達はただ『大陸間で、目的の街として設定された互いの街までの最短の航路を、石に付いた針で指し示してくれるだけの道具』と言う簡単な認識しかしてなかったが……魔法に携わる者、特に魔法道具を作ったことがあるものであれば、聞けばその性能の高さに驚かない者はまずいないと言う逸品であった。
複雑かつ緻密な魔方陣技術の高さは言うまでも無い事だが、その上その魔方陣が刻まれているのは『ただの石』であり、その魔方陣には密かに別の機能も持たせていて、隠されたメッセージにはある一定以上の魔力を持つ者でなければ探知しても発見できない様に指定もされている。
……正直な話、これを作った者達はお馬鹿さんであると、私は内心で密かに思った。
いや、これこそが"天才"と言うべき者達なのかと、感心する気持ちの方が大きいかもしれない。
これは、単純に言って魔力の【探知】と【判断】、【識別】、【隠蔽】、それから【動作】を同時かつ複雑に高レベルで行っている魔法道具であると言えば、その凄さも分かって貰えるだろうか。
エアでさえ、最近になってようやく五つの事を同時に出来る様になったばかりだと言うのに、この魔法道具は"ただの石"に魔方陣のみで同じ事をさせているのである。
これを聞いて驚かない魔法使いはいない。
いや、理解できないのだとしたら、その者はもう魔法使いとは呼べないだろう。
それほどの魔法道具であった。
これはただ航路を示すだけの魔法道具では決して無い事が分かる。
そこに込められた想いと情熱が段違いであった。
これは彼らの未来をも導く指針であり、彼らの技術が全て詰め込まれた傑作だと感じる。
そもそもの機能として、効果範囲が大陸間と言うその長距離に作用する時点でも素晴らしいのに、更には自分達の救助の為に、魔力が高い者でないと気づけないメッセージを隠しているのも面白い。
メッセージがこの国の者にバレない様にと工夫を凝らしたのだとは思うが、手が込みすぎていた。
魔力がただ高いだけならば、それこそ沢山いるし、魔力が高いだけで反応してしまうのならば海中の巨大生物などにも該当する者は多いだろう。
だがこれは、それらには一切反応する事が無い様に確りと【識別】しており、もし魔力を持つ人がいた場合にはその人物が魔法道具の中に隠されたメッセージに気付けるか否かの【判断】基準も設けていて更なる振るいにかけていた。
それに通って漸く第二の機能が発動するようになる、と言う用心深さを持たせていたのである。
……因みに、その判断基準としたのが魔法道具に【探知】を掛けるか否かと言うものだった様で、たまたま広範囲で私が魔力の【探知】をしていた為、第二の機能が発動して『羅針石』の針が一斉に私へと向いたと言う訳なのであった。
そして、最終的には魔方陣についてそこそこの知識がないと、そこに隠されたメッセージには気づけない様に暗号化もされていた上に【隠蔽】の魔法までかけられており、全てを解いてそのメッセージに気づいた時の私は、謎を全て解けただけで嬉しくなってしまい、満足しそうになった。
監禁している者達に絶対にバレない様にする為とは言え、助けを呼ぶのにここまで条件指定を複雑にしてしまっては中々救助に来てはくれないだろう。もう少し分かり易い方が助ける方としても助かる気分である。
だから、私が内心で『お馬鹿さん達』と評したのも少しは分かって貰えただろうか。
まあ、上手くいったのでそれについてはもうこれ以上は蛇足であろう。
結果的に、バレずに済んだので彼らの頭脳の勝利なのだ。
「着いたねっ」
「ああ。……エア、それでは頼む」
「うんっ。ちょっと行って来るね!」
お父さんたちを救出し、【転移】を使って皆で元の大陸にある魔法店の外へと私達は戻ってきていた。
ただ、私の背後で宙に浮かんで寝たままの五人のおじさん方は少しやつれていたので、私は【回復魔法】と【浄化魔法】をましましでかけて『馬車馬状態』にしておいた。……これから久々の再会なのだから、ちょっと綺麗な方が良かろうと思ったのである。
私がそうしている間、エアは店の中へと侵入して貰って、店舗兼住居となっているその店の奥へと進んで、お母さんと少女を起こして連れて来て貰う様にお願いをしておいた。……まあ、当然奥の方では驚いているのが探知で伝わって来るが、今日だけは勘弁して欲しい。
……そして、しばらくすると、『馬車馬状態』になった事で、元気を取り戻した五人のおじさん方が少し早く次々と目を覚まし始め、その内の一人は目の前の店が自分の家だと一瞬で気づくと、夜中でも関わらず店前でいきなり大声で泣き始めてしまったのである。……ちょっと、気持ちは分かるが、もう少し待ちなさい。君の家族はもうすぐ来るから。
「お父さん?……おかえりっ」
「──ッ!!!」
……それからはまあ、言うまでも無く感動の再会になったわけなのだが、部外者はちょっと離れておこうと言うアイコンタクトが即座に交わされて、私達は四人のおじさん達を連れて少しだけ距離をとった。
……気になるのは分かるが、この先はあの家族だけの大事な一時である。邪魔をしないでおこう。
多少声量が大きい事になっても大丈夫な様に、【消音】の魔法を彼らの周りにだけ使っておいた。
これで一安心である。
──当然、彼らの再会が終わったら、次は四人のおじさん達の番なので、私達は彼らからも少しだけ詳しい事情を聞く事にした。
『家はどこか』『どこに帰りたいか』と言う、そんな当たり前の話がずっと出来ずにいた彼らは、それぞれ嬉しそうに語ってくれる。
中には、『あの王都が自分の生まれ故郷であり、あそこにだけはもう帰りたくない』と言うものも居た。
ただ、悲しい話だとは思ったけれど、救われた事の方が今は大きいのか、その人は笑顔で話してくれる。
……ただ、最終的に彼らが話してくれたのは、『元々、あそこに居たのは我々五人だけではなかった』と言う言葉であった。
魔法道具職人としての技術を見込まれあの国に連れ去られた当時、そこにはまだ数多くの者達が居たのだと言う。
だが、それから月日が経ち、生き残れたのはここに居る五人だけになってしまったのだそうだ。
居なくなってしまった者達の理由は様々あり、中には監禁場所から逃亡を謀ったり、外部との連絡を取ろうとしていた者達も居た。
そんな誰もが成功しなかったのだと言う。
境遇は一緒だったが、そんな彼らとここに居る五人は必ずしも仲が良いと言う訳でもなかった。
いっそ反発も多く、喧嘩は数えきれないほどしたと言う。
……だが、死んでいい者など一人も居なかった。失われていいはずが無かったと彼らは悲し気に語った。
全てはあの国が悪い。
技術を求める為の方法を、監禁と言う卑劣な手段で行ったあの国が憎いと。
最後に生き残った彼ら五人は、助かったら必ず、あの国に復讐する事を誓い合っていた。
その為、彼らはひたすら耐え忍んだ。
あの国に命じられるまま、作れなければ殺されると言う恐怖に晒されながらも、一つ一つ魔法道具を開発し続けた。
自分たちの命を延命させる為にしょうがない事とは言え、時には『魔力遮断』等の特性を持った魔法道具なんてものを作らされ、自分達の境遇を更に悪化させながらも、それでも自分たちの技術を信じ、『羅針石』に全てを託して生き続けてきた。
死んだ者達の分まで、その無念と怒りをあの国へと思い知らせてやろうと、ずっと考え続けてきたのだと言う。
「──だが、あれを見ても、その気持ちはまだ変わらないか?」
そんな彼ら四人に、再会に喜ぶ家族達の姿を見せながら、私はそう尋ねてみた。
その言葉に彼らは息を詰め、お父さんと涙ながらに抱きしめ合う少女とお母さんの姿を、目で追っている。……皆、それを見て優しい瞳をしていた。
私も羽トカゲと言う憎き敵が居るからこそ、彼らの憎むと言う気持ちが少しだけ分かる。
けれど、最近になって特に思うのだが、エア達と一緒に居られる事で得られる心地良さや喜びの方が、私にとっては重要であった。
その時間はとても大切で、言葉に出来ない程に素晴らしい宝物の様に感じる程である。
だから、同じ分だけの時間を使うとしたら、憎んだりするよりもそっちの方が絶対に良いと、私は心の底から思っているのだ。
だからこそ、彼らにももう少しだけ気づいて欲しかった。
やろうと思えば、彼らは今後復讐に生きる事はできるだろう。その誓いを大切にするのも良い。
魔法道具職人なのだからと言って、戦いに身をおくなとも言わない。
だがしかし、復讐の仕方は一つではないのだ。そこだけは忘れないで欲しい。
正直な話をすれば、これからの君達の人生、『どちらに時間を費やしたいのか』と言う話でもある。
……もちろん、あの国と今後も関わっていかなければいけないのであれば、復讐は切っても切れない重大な問題だっただろう。
だが、今なら私が居る。
君達をあの国と全く関りの無い、遠く別の国へと連れて行くことが出来る。
全く別の生き方の紹介も出来るし、望むならば向こうで魔法道具職人として直ぐに働ける拠点の用意もある。
復讐だって忘れなくていい。
先ほども言ったが、復讐の仕方は一つではないのである。
復讐をしながら、それと同時に、自分の幸せを追い求めてもいいはずなのだ。
両立できないなんてことは無い。
それに、魔法道具職人として生き続けると言うのであれば、職人らしい戦い方をすれば良い。
分かり易い復讐の仕方としては、他の国の利になる様な道具を沢山作ってみるのは良いかもしれない。
君達はこれから、魔法道具職人として培った技術とその経験を活かして、新しく住む国で正しい評価と高い称賛を得る。あの国よりもそちらの国を豊かにするのである。
そして、そこに住む人々へ笑顔と幸せを分け与えていくのだ。
それはとっても、職人として素晴らしい戦い方だと思わないか。
武力に頼ったり、誰かを傷つけるだけ、憎しみの為だけに物作りをしていくよりも、君達にはそっちの方が余程似合うと私は思う。
……何より、君達の才能を無駄にするのは、建設的ではない。心底勿体ない。
君達は天才だ。
なにせ、ただの石を宝物以上に変える事が出来る、そんな偉大で素晴らしい者達なのである。
誇りを持って、君達にはもっと良い者を作って欲しい。前を見続けて欲しいと、私は思った。
「……そんな風に言って頂けるなんて……なんと返して良いのか。言葉が上手く出て来ません」
私に『天才』と言われた事が何気に嬉しかったのか、おじさん達は急にもじもじとし始めた。……どうやら少し照れているらしい。
喜んでくれるなら、あと何度でも言って上げられるが?
「──それなら私達も、一緒に連れて行っていただけませんか?その別の国とやらに」
すると、いつの間にか家族の再会が終わっていた魔法店の親子三人も、そう言って話に入って来た。
どうやら彼らはここにこのまま居ると、また危険に曝されてしまう事を危惧したようである。
……確かにと、その可能性は高いと他の四人も頷き納得していた。
「お願いします。私達を連れて行ってください」
もちろんである。
私は彼らの頼みに二つ返事で了承を告げた。
──そして、【転移】で行ったり来たりしながら、段々と大所帯になっていき、最終的にはエルフの青年達が住まう屋敷へと飛んで行ったのだった。
当然、救出前にこうなる予想はしてあったので、王宮に突入するよりも前に老執事達には事前に話を通して、屋敷の準備等をしておいて貰った。
思っていたよりも大所帯だったので少しだけ驚いてはいたが、エルフの青年達も含めて老執事や目つきの鋭い新米女中さんもみんな歓迎して待っていてくれたようである。
老執事達も元気そうに見えるし、元お嬢様である新米の女中さんも、もうすっかりと馴染んでもいる様子であった。……良かった良かった。
それに今回、女中さんは皆を代表して何かを言うつもりなのか、一人だけ一歩前に出ると、新しく来た人達へと向かって、こんな歓迎の言葉を口にする。
「皆さま、いらっしゃいませ!ようこそ──『白銀の館』へ」と。
「…………」
……え、ここの屋敷ってそんな名前だったのか。
知らなかった。
またのお越しをお待ちしております。




