第159話 匿。
彼らを助けた時、交易船は既に半壊していた。
船長のあの力強い瞳と言葉を信じて、本当に対応可能なのかどうかを見守る為に数秒待った結果、クラーケンの叩きが一度ペチンと船に当たってしまったのである。
流石に二発目は耐えきれないと見て、すぐさま助けに入ったが、まあ見事にやられていた。
……まあ、事前に【回復魔法】と【浄化魔法】を強めに使っており、船員達全員に『馬車馬状態』を施していた為、みんな頑張ってクラーケンの攻撃は避けられたらしく、死者は出ていなかった。海に投げ出されたものもいないのを確認してある。
実はこの海域、異様にクラーケンの数が多かった為、私達も一々相手をするのは面倒だと思い、狩りはせずに追い払うだけにしていたのだ。
海に影響が出ない様に威力を抑えて『こっちに来るな』と牽制目的で魔力を海中へと打ち込んでいたわけなのだが、それでクラーケンを上手く追い払う事は出来ていたけれど……逆にまさか交易船の魔法道具に影響が出て、彼らがこちらにやってくるとは私は思いもしていなかった。……ふむ。
それにクラーケンたちは魔力を出している私を狙っているとばかり思っていたが、離れた瞬間に交易船の方を狙ってくるとは、なんて目の付け所が鋭い魚(?)なのだと驚きも覚える。
一応、船長達にはちゃんとその危険性がある事は示唆しており、『同道するか?』と尋ねた際にもクラーケンが居る事も告げたのだが、『分かっています。心配してくれてありがとう』と、そこまで本気に受け取って貰えていなかったのかもしれない。ここでも私の口下手が発動してしまったらしい。
同じ注意を何度重ねても、私ではこれ以上上手く説明できる気がしなかったので、あまりしつこく言わなかったのだが、もっとちゃんとよく言った方が良かったのかもしれない。
だが、あの時点ではまだクラーケン達が、離れていく交易船を襲うかどうかまでは私達でも判断できなかったので仕方ない。大きな魔力を放つ方を積極的に狙って来るものだとばかり思っていたが、クラーケンの生態も中々に不思議なものだと再認識した。
ただ、再度言うが船は半壊したものの、乗組員を含めて皆無事だったらしいので問題は無い。
まあ、航行不可能と言う話だが、それも何とかなるだろう。
何せ、船は守れなかったが、凄腕の魔法使いが船にはいるらしいのだ。船を運ぶくらいは出来る筈である。
「なっ!?ば、馬鹿な事言わないでくださいっ!魔法でどうこうできる問題じゃないでしょう!」
だが、そう言ったら私は怒鳴られてしまった。
そうである。私としたことが、彼らは今し方戦闘を終えて魔力を使い果たしたばかりなのを忘れていた。
だが、そう言う事ならば仕方ない。私に『ここは一つ任せて欲しい』と心の中で思い浮かべながら、私は彼らが乗ったままの状態で、交易船を宙へと浮かべた。
「(一応)魔法で、どうこうできる問題だが?」
と、一言告げたら、彼らは唖然として怒鳴り声も止んだ。
君達の仕事を取ってしまったかもしれないが、今だけは任せて欲しい。
言葉で伝えるのは少し難しかったので行動で示してしまったが、彼らも十分に理解してくれた様で私は安心した。
「……このまま空を行けば、問題ないだろう。やはり同道した方がいいとは思うが、どうかな?」
「ぜ、是非とも、お願いします」
「そうか。では任せて欲しい。……ああ、ただその代わりと言っては何だが、色々と話を聞かせて欲しいのだ」
「わ、わたしが知る事でしたらなんなりとっ!」
やはり少なからず彼らには迷惑をかけてしまった為、フォローする事が出来て、私も肩の荷が下りた気分になった。折角だから交易のお話等をエアと一緒に聞きたいと思ってそうお願いしてみたら、船長は額に汗を浮かべつつも少し引き攣った笑顔で了承してくれた。……引き攣っているのは未だクラーケンと戦った時の動揺が抜けないのだろう。気持ちは分かる。だが、もう安心していい。
向こうからしたら、やはり私は少し嫌な奴に見えてしまっているのだろうか。……微妙に距離を感じる。
出来るだけフレンドリーに接しようとはしているのだが、やはりコミュニケーションというのは難しいと私は思った。
今回、浮かんだ船(半壊)で行く事になったので、私は『土ハウス』を仕舞い、エアと一緒にそこへと乗り込んだ。
船体は依然として半壊したままで、何時これ以上の崩れてもおかしくない状態であったが、魔力で全体を包んで固定もしてある為これ以上崩壊することはなく、風に乗って浮かんだ船(半壊)は一気に空を飛翔していった。
──これぞまさに空飛ぶ船(自力)である。
正直な話をすれば、一人一人浮かべて運んだ方が早いのだけれど、雰囲気的にはこちらの方がロマンを感じるだろうし、交易船が無いと港に到着した後彼らが困ると思って、私は持って行く事にした。
空飛ぶ船(自力)海面すれすれをそこそこの速さで、飛んでいる。
魔力で包む範囲内は穏やかなものだが、そこから外を見るとあっという間に風景が流れていくので、乗っている交易船の船員達からはどよめきが起こった。私の隣でエアも同じように楽しそうに笑っている。
今回こんなに派手な事をしてはいるが、一応彼らには船長を代表者としていつも通りに私達の情報を他者へと話せない様に契約しておいて貰った。
……何故なら、昔他国で同じような状況になった時、空飛ぶ馬車(自力)を見たそこの権力者が、その馬車の乗り心地と速さに夢中になり、私はかなり付きまとわれた覚えがあるのだ。
その時から、この『空飛ぶ自力系』はあまり世に広めない方が良いと思ったのである。
そもそも、どうやったのかと方法を聞かれても結局はただの力業でしかないので、理解を得られず。
最終的には使える私を力ずくで国に取り込もうとする者が続出し、こちらがそのつもりはないと幾ら断っても『他国へとその技術を広められたら困る』とかなんとか勝手な言い掛かりばかりをつけられて、拘束しようと襲い掛かられるのである。
本当にそう言うのは面倒なので、やめて欲しい。
なので、それからは契約で話せないようにしてもらっているのだ。
私がそう言うと、船長含め船員達も唸る様に納得していた。
それに、数日で大陸を移動出来る事を告げると歓声も沸く。
『そりゃ確かに。国には居て欲しい人材ですね』と船長も笑っていた。
そして、約束通りに色々と交易船の話も教えてくれるのだが。
どうやら彼らに聞いた所によると、驚いたのは彼らはこちらの大陸から出発する交易船の者達ではなく、その逆で彼らは向こうからこちらに来て、これから帰る所だったという事であった。
私達は丁度これから向こうの大陸に行くので、色々と街の特色だとかおススメを教えて貰う事が出来て、凄く有意義な時間を過ごす事が出来た。
だが一点だけ注意があり、実は大陸間の移動で使ったあの魔法道具も本来は向こうの大陸で独自に開発された特殊な魔法道具らしいので、契約をして縛ることまではしないが、あまり他者へと言いふらしたりはしないようにしてほしいと言われたので、私達もそれを了承する。
──そして、エアと一緒に冒険者として活動し始めて、今年で四年目となる芽吹きの季節。
私達は空飛ぶ船(半壊)に乗り、二つ目の大陸へと到着した。
あまりの速さに船長たちはひたすら驚いていたが、まだまだこれでも遅い方である事は秘密にしておこうと思う。
水面すれすれを飛んでいたとは言え、その速さから街の住人達にも流石に気づかれて、船が港に着いた頃には船の前は見物人で溢れんばかりになっていた。
私は船長たちの誘導に従い静に港に船を接岸させると、見物人達に見つからない様に船の裏側からサッと下りて、水上を密かに移動し、大事になる前にサッと身を隠して街の中へと溶け込んでいった。
船長たちはこれから色々と報告だったり何だりがあるだろうが、ここまでくれば私達にはもう用事はないので、ササっとお暇させて貰うのである。
「あっ!今回の件のお礼を──」
──と、下りる時に背後から船長たちのそんな声が聞こえた気がするけれど、私達はそれに首を振って『要らない』という意思表示をしてから去る事にした。
礼や褒美などに興味も無いし、必要もない。
それよりも、今の私達にはこの大陸で、いくべき所があったのだ。
その為、私は船長達の話を元に大体の方角を見定めると、魔力をこの港街から一気に広げて、この港町を有する国の首都となるであろう場所を探り始める。
目印の当ても得ているので、おそらくは直ぐに見つかるだろうと言う予想が私にはあった。
「間に合って欲しいね」
「ああ。そうだな」
隣のエアは、先ほどまでの笑顔からどこか真剣な目付きへと変わっている。
きっと私も同じような雰囲気ではあるのだろう。
なにしろ、最初に目にした時から、ずっと気になっていたのだ。
名称と言い、形と言い素材と言い、『羅針石』という魔法道具に、私とエアはずっと興味を引かれていた。
そして、それを直すために、実際にその魔法道具へと触れ、その中身を魔力で探知している時に、魔法道具に刻まれた魔方陣に、密かに隠されたメッセージを私は発見し確信を得る。
『監禁・助け・求む』と分かり辛く分散されて刻まれたその言葉を、私は確りと受け取った。
特定の条件と、それを満たすであろう相手にしか伝わらない様に隠された特殊な魔方陣。
これを製作したその人物が天才であると言う事を、私とエアは以前にとある魔法店の母子から耳にしていたのである。
長い間帰って来る事が無いと言われており、死んだとさえ思われていた人物の助けを求めるその声に、私とエアはすぐさまに空を駆けだした。
目指すは『羅針石』を製作している場所──この国の王都へ。
またのお越しをお待ちしております。




