第158話 飭。
「こんな事くらいしか出来ずに、申し訳ない」
「いえいえ、こちらこそ大変助かりました。ありがとうございます」
大陸間の交易船の責任者兼船長でもある壮年の男性と私は、互いにペコペコと頭を下げあっていた。
周りでは私へとジトーっとした視線を向けてくる乗組員達の姿もある。
彼らは人相がとても強面で、海の男らしく日に焼け引き締まった身体をしている者達ばかりだ。
『へへへっ、騙されたな。実はここは海賊船だっ!』と、冗談でも言われたら信じてしまいそうになる雰囲気だが、この船はれっきとした交易船で間違い無いらしい。
船長兼国の外交官でもある責任者の男性だけはそんな周りの者達とは異なり、『実際に海賊と間違われた事もあるんですよ』と笑いながら普通に穏やかな雰囲気で話しかけてくる。
「それに、こちらとしてもこんな事は初めてだったので、いい経験をさせて頂きました。水や食料の補充ばかりではなく傷病者の治療まで行って頂きましたので、こちらとしては文句もありません。お互いにこの航海を無事、乗り切れたらそれだけで十分かと」
責任者である男性は笑顔でそう話す。
だが、その実、私はその言葉に少しだけチクリとした痛みを覚えた。
……実は、彼らがこちらへと向かって来たのは、どうやら私に原因があったらしい。
最初、彼らが『土のハウス』に船が近づいてきた時、私は『何用か?』と強気で彼らに要件を尋ねてみた。
すると、その返答として『大陸間の交易で使っている進路を示す為の魔法道具が、この近海に来た途端に異常な大きさの魔力に干渉されて壊れてしまい、本来ならば大陸を指す所を、何でかここの方向ばかりを指すようになってしまった』と言う言葉が返って来たのである。
『あっ、旦那』『あっ』『あっ』『まさか魔力の放出が……』
「…………」
……ふむ。さっぱりなんの事かわからないな。
ただ、その魔力の干渉と言うやつにより、彼らは航路を大きく外れてしまい、しょうがなくここまでやって来てしまったのだと、そう言う話であった。
船長さんは私に『何か心当たりはありませんか?』と尋ねながら、『羅針石』と言う見た事が無い魔法道具を乗組員の一人に渡し、それで私達の周りで何やら計測をしだした。
すると、その魔法道具を持った者が私の周りを一周歩くのに合わせて、魔法道具の針も常に私の方を指しながらその歩きに合せてグルっと一周回ったのである。
「…………」
「…………」
「…………」
「……実は私は魔法使いなんだが、必要があれば水や食糧の補給と、もし傷病者等が居れば治したいと思う。いや、是非とも治させて欲しい」
言い逃れする暇も無くなった私は、直ぐに彼らに『ごめんなさい』をした。……いや、そこまではっきりと謝ったわけではないのだけれど、心の中ではちゃんと頭を下げている。
彼らからすれば、ここまで来るのも生きるか死ぬかの瀬戸際に立つようなものであった。
普段ならばその魔法道具があるから、まだ安全に交易が出来てはいるものの、それが途中で上手く機能しなくなったとなれば、その途端に命の危険に陥ってしまうのは明白であった。……特に海上での迷子は、それほどまでに恐ろしいものがある。
彼らの魔法道具は何らかの原因で壊れてしまったとしても、普段から予備を幾つか用意しており、それと交換する事で今までは対応していたらしいのだが、今回はその予備も含めて全てが一緒に壊れてしまったと言うのだから、もうお手上げ状態になってしまった。
船には交易船を守るために凄腕の魔法使い達が乗ってはいたそうなのだが、彼らは船を外敵から守るために居るので、魔法道具が壊れた原因については専門外で全く見当もつかず、修復も不可能であったのだという。
それによって、彼らは選択をする事になった。
魔法道具に頼らずに先へと進むか、それともここは一旦港へと戻るか、のそんな二択である。
進む場合は、当然先の長い旅路を昔ながらの方法で船乗り達の勘と経験のみによって何とか乗り切るしかない。
戻る場合は、比較的近くてまだ安全には戻れるだろうが、交易は失敗した事になり、沢山の損失を出す事になる。命には代えられないかもしれないが、その損失によって失われる命が出る可能性もあった。
それに、戻る場合は、出航したばかりの港にただ出戻るだけではなく、『何でこうなったのか』その原因を知ってから帰る必要がある。
もしそれをしないで戻りまた次の航海に出た場合、これと全く同じ状況に陥ってしまう可能性がある為だ。だから、なんとしても原因を調べるのは必須であった。
どちらを選んでも危険性は消えない。
……だが、結局は進む場合にしても、その原因を知っておかねばいけない事に、彼らは遅ればせながらに気づいた。
そこで彼らが選んだのは『原因を究明し、それによってまたどうするかを選ぶ』と言う選択に行き付いたのである。
もしこれが異常な魔力を持つ海中の巨大生物の罠でしかなかったのならば、彼らは全員海に引きずり込まれて海の藻屑になるだけだ。
でも、そうなるかもしれないと分かりつつも、行かないわけにはいかない。
そんな恐怖と戦いながら、彼らは勇気を振り絞ってここまでやって来たのである。
──当然、そんな話を聞かされてしまったら、もう私は全力でフォローせざるを得なかった。
壊れたと言う魔法道具も全部直せそうだったので直し、というか『効率化』とかがまだついていないタイプの魔法道具だったので、書店で得たのとはまた違う私特性の特別な効率化の処置を施しておき、尚且つ私の魔力には反応しない様に完璧に調整もする。
更に、水でも食料でも、たったかすり傷一つだとしても全員の傷を癒し、浄化をかけて精神的にも強化しておいた。……これで少しでも彼らの交易の安全が高まればと思う。
私にも経験があるのだが、常に死ぬかもしれないと思いながら生きる時の辛さは言葉では言い表せない程に精神を消耗させていくのである。
それも彼らは運命共同体として、全員が一丸となってその覚悟をしたと言うのだから、その大変さは言うまでもないだろう。
誰もが本当はそんな原因なんか探らずに、危険な事に身を突っ込むような事はせずに帰りたいと願ったに違いない。
だがそれでも尚、彼らは決意し事に望んだのであった。
次の航海に、その先にある未来に、不安を残すわけにはいかないと彼らは勇気を奮い立たせて、困難へと飛び込んできたのである。その心意気のなんと素晴らしい事だろうか。
彼らは皆、勇気ある者達だと私は感心した。
私は最初、彼らが来た時には戦闘の可能性もあり得るのではと考えていた。
だが、彼らは気の良い者達ばかりだったようで、私が原因だと思っても許してくれたのである。
まあ、彼らとしてもまさか『海の上に家があるなどとは思わなかった』と驚いていたが、同時に家を見て『救われた』とも思っていたらしい。
海の中の巨大生物では話が通じないが、家に住んでいるのなら話は出来るだろうと思ったからだと言う。……さもありなん。
「……もし良かったらなのだが、このまま私達も同道するのはどうだろうか。自慢ではないが、共に居ればこの辺りの海であれば敵は居ない。安全に向こうの大陸迄は連れて行けると思うが……」
と私は魔法使いとして交易船の守護を買って出た。これが私にできる最大のフォローであったし、彼らにとっても魔法使いの護衛が増えるのは良い話なのではないだろうかと思ったのである。
……だが、『流石にそこまでは手を借りるわけにはいかない』と、船長には断られてしまった。
「これは私達の仕事ですから」
というその一言を聞かされては、私達は冒険者として彼らの仕事を邪魔するわけにはいかなかったのである。
彼らだってちゃんと船を守るための戦力は揃えてきている。
『だから見くびらないでくれ』と言う強い意思が、その時の船長の瞳からは感じられた。
私はその言葉に了承し、エアと共に『土ハウス』へと戻って彼らを見送る事にしたのである。
船長たちは私達に手を振りながら『魔法道具を直していただきありがとうございます。一足先に向こうの大陸で待っていますね』と微笑んで去って行った。
「ロム?」
去って行った交易船の後ろ姿を見つめながら、エアは私の顔を心配そうに見つめてきた。
その心配そうな気持ちは、確かに私にもよく分かる。
……だが、断られてしまっては仕方がないのだ。
こればかりは相手の気持ちを尊重するべきだろう。
「……うん。そうだよね」
──だがしかし、その後私達が見守る中、船は数キロメートル進んだ先で『クラーケン』に遭遇し、交易船は何も出来ずに沈みかけたので、私とエアは慌てて救い出したのであった。
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