第154話 受。
「なんなんだよっ、あの人っ!」
「ロムだよ?」
「名前を聞いたんじゃないって!」
私達は今追いかけっこをしている。
「おかしいだろっ!あの人エルフなんだろっ!」
「ロムだし?」
「だからそれはもうわかったって!……くっそ、追いつけねえ!」
追いかけているのはエアと鬼人族の少年。追いかけられているのは私である。
今回はとりあえず魔力が溜まった時の対処法の一つとして、簡単に『走る』と言う方法を行なっていた。これならば広い場所があれば簡単にできるだろう。
まあ、体力をつける為の訓練として昔から誰もがやっている方法ではあるが、これを当然魔力を用いて全力で行うのである。……まあ、しいて問題点を挙げるとするならば、そこそこの時間がかかると言う事だろうか。
因みに、魔法は無しなので、私も【飛翔】を使わず普通に走っている。
なんかこうして汗を流しながら走るのは久々だ。風がとても気持ちいい。
「そんな高い所走ることないだろっ!もっと低く走れよッ!てか、そもそもなんで魔法を使ってないのに、あの人普通に空を走ってんだ!それも速いしッ!あんたは鬼人族じゃないんだろッ!」
「ロムだから?」
「だからわかったってばっ!もうそれ言わないで良いからっ!」
魔力の消費効率を考えなければ、ある程度の魔力を大量に消費することで走る事は誰にでもできる。
感覚的には魔力を固めて足場にする感じだろうか。
それに今言ったように、空を走った方が消費魔力は多くなる。この『空中全力ダッシュ』は彼におススメだ。知っておいて損はないだろう。
それにエアも鬼人族の少年も、一応は私の後に続こうと空をちゃんと走ってついて来ているのである。
少年は通すまでに時間はかかったが、ちゃんと『天元』に風の魔素を通して、空を駆ける事が出来た。
エアはそんな彼のフォロー役として一応隣を走って貰っている。
それに、私の場合は空を走っているとは言え、彼らの様に縦横無尽に動き回れるという訳ではない。
エアや彼の様に、鬼人族達の場合は上下左右どこへも走っていけるが、私の場合はただただ真直ぐに進む事が出来ると言うぐらいなのである。
まあ、大量の魔力の無駄遣いをして脚力を強化してある為、速度だけはエアの全力でも追いつけない速さを出してはいるが、二人ともまだまだ私の背中が見えているらしい。……叫ばなくてもちゃんと聞こえているから。確りと付いて来なさい。
──そうして、私達は空を走りきり、この間きたばかりの雪山へと到着した。
ちょうど私が地面に下りると、偶々近くをお散歩中だったのか白い兎さんが居たので、今回は召喚無しで私の頭の上に乗せておいた。……ごめんね。お野菜スティックは後で渡そう。
「はぁ……はぁ……もう、この方法だけ知っていれば十分なんじゃ……」
息を切らした少年と、普段の訓練ではこれの十倍以上は軽々と走っているので楽勝そうなエア。
その対比が何とも言えないけれど、少年の発言はあえて聞こえなかった事にして、私達は雪山で出来る次なる訓練を始めることにした。
私は、雪をギュッとして投げる。
「あてっ!」
雪をギュっとして投げる。
「あてっ!」
雪をギュッとして投げる。
「あいててっ!だあああああー!なんであの人の投げた雪玉はこんなに躱しにくいんだっ!!」
雪山では二人で出来る訓練法を今は実践している最中で、これは片方が雪玉を投げて片方が躱すと言う訓練である。魔法でも似たようなことは出来るが、今回は雪玉を使った。
今は、雪玉を投げてくれているのはエアで、それを躱しているのが少年だ。私はおまけである。
エアはそこそこ躱しやすい様に軽めに投げてくれている。
私は少年がエアの投げる雪玉を躱す動きを先読みして、どうしても回避できないポイントに山なりでおまけ雪玉をポイポイし続けた。
この訓練はどうしても回避できないポイントを作らない様にとちゃんと考えて動く事が求められる上に、動きの緩急に慣れる事が出来る訓練でもある。
それに、視野も広がるだろう。彼は少し猪突猛進タイプだからこういう訓練はよく効くと思った。
因みに、辺りは当然寒いのだが周囲の風を暖める為の魔法を今回もエアが使ってくれている。
これだけはまた私が風邪をひかない様にとエアが念を押して来たので使って貰った。……ありがたい。またエアの優しさを感じたので、そのおすそ分けとして少年にもプレゼント(訓練)を更に増やそうと思う。優しさのおすそ分けである。
「そう思うんだったら、ちゃんと優しさをわけてくれっ!」
まだまだ魔力的にも余裕がありそうだし元気がありそうなので、このまま暫くは頑張って貰おう。
とりあえずは辺りの雪が無くなるまではやるつもりだ。
「そんな無茶な。……やばい。この人達非常識だ。対処法を教えて欲しいなんて気安く頼むんじゃなかった」
『旦那のヤバさがちゃんとわかるとは、この少年は確りしている』『エアちゃんはもう毒されちゃったからね!』『希少』『今だけですよ。訓練に慣れちゃえばその内彼も心変わりします』
……君達、背後で言いたい放題だな。
まあ、訓練のやり方を聞いて来たのは確かに彼からであった。
私が彼の過去をずけずけと詮索する話をしてしまった事を謝ったら、彼は快くも直ぐに許してくれて、その代わりに魔力が溜まった時の発散方法を教えて欲しいと、彼の方から私へと頼んで来たのである。
……しめしめ──ゴホンゴホン。いやいや、なんでもない。
ただ、彼から直接そうまで頼まれてしまっては、さすがの私も責任感と使命感から教えないわけにはいかないと強く思った。
そこで、私が知っている方法を幾つか彼へと教える事を約束したのである。
本音を言えば、彼にもエアの様に魔法使いになって欲しかったのだけれど、残念ながらそれは彼に断られてしまった。彼はあまり魔法には興味を持てないらしい。
……まあ、鬼人族的にはその考え方の方がポピュラーなので、私はすぐに納得した。
──そうして、私達は芽吹きの季節が来るまで、少年の訓練に付き添い続けるのであった。
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