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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第152話 疎。



「ねえ、俺と戦ってみない?」


「えーやだ」


「いいじゃん戦っても。一回だけでいいから」


「めんどくさい」


「そんなこと言って。本当は俺に負けるのが嫌なんでしょ?」


「……じゃあ、それでいいよ」


「なんだよ。面白くねー。せっかくこんな所で同族(・・)に会えたんだから、少しくらい交流を深めたっていいのに」



 寒い季節もだいぶ過ぎて、もうそろそろ芽吹きの季節になろうかという所。

 冒険者ギルドに立ち寄った私達の前に、短い金髪の少年が声を掛けて来た。

 彼の額の上の方には、紅蓮の波紋が波打つ立派な角が二本見える。



 彼はエアと同じ鬼人族の少年だった。

 角の大きさは一般的な鬼人族と言える長さで、背丈はまだ若干エアの方が高くみえる。

 だが、まさかこの街でエア以外の鬼人族に出会うとは思いもしなかった。


 彼は小麦色の健康的で引き締まった身体をしており、エア同様におへその部分が見える鬼人族特有の服を着ている。

 そんな彼は、ギルドに入って来たエアを一目見ると、直ぐに走り寄ってきて、今と同じくずっとエアに向けて嬉しそうに話しかけていた。

 同族に会えたことが嬉しいのだろう。

 その表情からは成人したての少年特有の無邪気さと生意気さが見えて、私は微笑ましく思った。



 だが、一方エアの方はあまり同族と出会えても嬉しそうではない。

 と言うか、同族かどうかよりも先ず、こうしてグイグイと積極的に来るタイプの男性があまり好きではない様に見える。

 折角出会えたのだから、交流を深める為にも殴り合いをするより仲良く食事でもしてお話する方が私も良いのにとは思った。その点でも少年は誘い方を間違えてしまったらしい。



 まあ、見るからにやんちゃしそうなタイプで、運動が得意そうな感じではある。

 基本的に、鬼人族は『天元』で魔力循環をして肉体を強化する事に秀でている為、あまり魔法を使わない者が多い。一見して彼もこのタイプだと私は推察した。



 ただ、普段からエアに見慣れてしまっている私からすると、少し物足りない様に感じられてしまうが、それでも肉体的には彼も十分に強そうには視えた。

 まあ、エアが凄いと言うだけの話である。それほど頑張って来たと言う証でもあった。

 私はエアの事をもっと褒めてあげたくなる。



「ちぇー、つまんねーの。……ん?あ、エルフだ。今気が付いた。めずらしっ」



 私には今気が付いたらしい。

 ずっと彼が話しかけているエアの右隣りにいたのだが、彼には全く見えていなかったようだ。

 素直な子なのだろう。思った事が先ほどから全部声に出ている。


 少年の金髪の間から覗く紅蓮の角は、彼の興味や興奮を表しているのか、絶えず激しく波紋を発生させていた。



「私で良ければ、相手になろうか?」


「……えっ、ロム!?」


「でも、エルフと戦っても面白くないよ。どうせ魔法しか使えないでしょ?」



 私がエアの代わりに少年へと声を掛けると、エアは驚き、少年は嫌そうな表情をした。

 エアはまさか私が彼の相手をすると自分から言い出すとは思わなかったのだろう。驚く気持ちも分かる。

 一方、少年は単純に格闘戦がしたい様で、『魔法しか使えないエルフと戦うのは嫌だな』とつまらなそうな顔をしていた。



「そうか。ならば、私と戦ってまだ元気があれば、エアとも戦えると言うルールでは如何かな?」


「ロム?」


「えっ、マジ!?それならいいよっ!」



 私と戦った後にはエアとも戦えると言われた少年は、嬉しそうに瞳を輝かせて頷いている。

 そして、エアは流石にこういう状況にも慣れて来たのか、私がいつもと違う行動をとり始めた事で辺りをキョロキョロと警戒し始めた。……ちゃんと、今回は事が起こる前に気付こうとしているようだ。

 ……ふむ、彼は私と戦った後も元気でいられると思っているのか。まあ精々頑張って欲しいな。



「それでは、全力で動けるように、街の外まで行こう」


「えっ?わざわざ?ここの建物内にも運動できるスペースあるってよ?」


「君は人前で殴られるのが趣味なのか?」


「……それってつまり。俺を殴れるって言ってんの?」


「まあな。あと、最低限のルールとして、直接的な攻撃魔法は無しで、今回私は木製武器を使ってお相手しよう。君は好きな武器を使うといい。ああ、それともちろん魔法はダメでも魔力の使用は構わないので、『天元』も十全に使って貰って構わない」


「……ふーん。そっちのエアって言ったっけ?その人と一緒に居るなら、あんたもやっぱこのへその力の事知ってんだ。その上で俺に勝てるって、言ってんのね?……了解、分かった。見せてやるよ」



 少年は私の言葉にやる気が出たらしく、ぎらついた瞳をしている。 

 私が戦う時に三種の木製武器を使う事など、当然彼は知らないだろう。

 だから、私に『木製武器で相手をする』と言われた瞬間から、彼は挑発されたのだと勘違いして、私に自分の実力を思い知らせようとしている様に見えた。

 まあ、勘違いさせてしまったものは仕方がないな。思惑通りだが。





 そうして、私達は彼と一緒に街の外まで出て、広い場所へと足を運んだ。

 ここまでくれば誰も居ないし、辺りに迷惑をかける心配もない。


 私と少年の距離は十メートル弱と言った所だろうか。

 エアは私の五メートル程後ろに下がって、未だ何かを警戒している。



 そして私は【空間魔法】から大きな木剣を取り出し、目の前に浮かべた。

 すると、その剣が出てきた瞬間から、少年は少しだけ息をのんだ。


 以前に『天稟』の剣士少女も最初はこんな風な反応をしていた気がする。

 やはり見た目のインパクトがあるから、少し警戒するのだろうか。

 私の細腕で使うには確かに大きな剣だからかな。



「……あんた、本当に戦える人なんだね。魔法で逃げる回る様なエルフじゃないんだ」



 そんな発言をすると言う事は、彼も魔法使いとの戦闘経験はあるらしい。

 だが、見た所彼は武器ももってないようだが、そのままで戦うのだろうか。



「はっ?当たり前だろ?俺は鬼人族だ。この身体に勝る武器はない」



 そう告げる彼の身体の中では『天元』を中心に溢れんばかりの大量の魔力が渦を巻いているのがわかる。……なるほど。自信は有るらしい。



 それでは始めようか。



 私は彼に『準備が出来ているので、いつでも好きにかかってくると良い』とだけ告げた。


 すると、彼は一瞬だけ呆れた様な表情と仕草で肩を竦めて見せると、その瞬間に大きく横へと飛んだ。


 これまでであれば、おそらくそれで『相手の視界範囲外へと抜けて、驚いた相手に接近し、一発殴る』と言う鉄板技でもあったのだろう。そう言わんばかりの自信満々な顔であった。……だが、普段エアの相手もしている私からすると、君はまだ少々遅すぎる。



 既に私の木剣は彼の視界外から接近済みであり、彼が私へと注意を向けているその隙に、走っている彼の脛を軽くポコリと叩いてあげた。



「ぐあっ!!!!」



 すると、勢いがつきすぎていたのか、彼はそれだけでバランスを崩し、ゴロゴロゴロゴロと地面を転がって行く。普通の人であれば、それだけで全身が地面との摩擦でボロボロになっているだろう。



「──あってー。なんだっ?足に何か当たったぞ?」



 だが、流石は鬼人族と言った所か、彼は『よっ』声を出しながら勢いよく立ち上がり、自分の足で強く何度か地面を踏みしめて、身体に異常がないかを調べている。


 私は、そんな彼の疑問に答えるかのように、今度は彼の視界内で木剣をクルクルと回して見せる。

 『君を今攻撃したのはこれですよー』と教えてあげたのだ。

 もちろん私は表情は変えず、声も出していない。

 だが、それだけでも彼の様なタイプには直ぐに伝わるだろう。

 今のが私に手加減された攻撃であると言う事が。



「……なるほどね。そう言う攻撃方法って事か。じゃあ、その木剣を越してあんたを殴ればいいわけだ」



 そういって、ニヤリとした笑みを浮かべると、少年は今度こそ本気をだすと言わんばかりに、木剣に注意を払う事を怠らず、一直線に私の方へと向かって走って来た。

 完全に止まった状態から一気に全力の速度に近い速さで動くのは、どことなく『天稟』の剣士少女を彷彿とさせる動きであったが、彼のそれは剣士少女よりも遅い。

 正直、まだまだ未熟であろう事は最初見た時から分かっていた。



 そこで私はまず、走り込んでくる彼に向かって、大剣でお腹辺りに向かって突きを放ってみた。

 一応、これはまだただの見せ攻撃である。


 つまりは、ただのフェイントに過ぎないのだが、彼からしてみるとそれは実際の突きが来た様に見えたらしく、彼は僅かに身体を逸らしてその突きの範囲外へと身体を逃がした。


 そして、そのまま突きを放っていれば間違いなく彼に避けられていただろうが、そこはまあ見せ攻撃なので、私は十分に引きつけてから木剣をピタッと停止させて、その場でクルっと横薙ぎの攻撃へと変化させる。



「なっ!?」



 当然、その攻撃の変化は彼にも見えていて、咄嗟に防御姿勢を取ったのは素晴らしいと思ったが、既にバランスは崩れているので、やはり先程と同様に彼は地面をまた二転三転と転がって行った。


 まあ、剣士少女と戦った時とだいぶ似たような状況にはなっている。

 剣士少女はまだ剣術の基礎が出来ていた為、目の前の少年よりは強かったとは思うが、彼は本当に鬼人族としての『天元』の利点のみに頼り切った戦い方に……ん?



「ふぅーーはぁーーー。ふぅーーーはぁーーーー」



 少年は転がった先で、暫く地面に仰向けになったまま起き上がろうとはしてこなかった。

 だが、そこで彼が何をしているのかは私も、そして後ろで観戦していたエアにもすぐわかる。

 彼は今、『天元』に土の魔素を通しているようだ。



 それも、戦闘中に寝っ転がったまま、数十秒の時間を掛けて精一杯魔素を通している。

 だが、私の視た所によると、全体の一割程の変化に留まっていた。……まあ、これは鬼人族としては上出来な部類に入るだろう。



 そうして、土の属性を得た少年は完全に怒った表情をして私を睨んでいた。

 その顔からは『もう許さない。本気で倒してやる』と言う声が聞こえてくるようだ。

 だが、遅くて甘い……戦いにおいて常に自分の全力を出せる状況にしていない時点で戦闘経験の浅さも出ている。


 それに、彼は今私と木剣にのみ集中し過ぎているけれど、彼は倒れている間に私が密かに放った木の矢の行方には完全に気が付いていなかった。



「ここからは全力だッ!」



 そうして、彼は態々自分でこれから全力を出すと宣言をし始めたのである。

 ……ふむ。なんとも親切ではあるが、それは戦いにおいて恥ずべき行為の一つであった。

 戦っている相手に態々そんな情報を漏らしても、何一つ良い事はないのである。

 ただのブラフだとしても、彼は少しだけお馬鹿さんであった。



 その声の後、少年は先ほどの五割増しくらいの速度で私に突進してきた。

 今の彼には集中力も増しており、身体は土の属性のおかげで硬度を増している様だ。

 これならば私の攻撃位ならば受け止められると思い、攻撃を喰らったままでも私へと突っ込んで来て、私を接近戦で無理矢理倒すつもりなのだと直ぐに分かった。



 そこで、私は矢先を平にし刺さらない様に施してある木の矢で、走っている彼の足の間をすり抜けさせ、彼の完全な死角である真下から、コツンと顎を撃ち抜いてあげた。



 すると、少年はそのままフッと意識を失って、ズザザザザーと地面に本日三回目となる転倒をしたのである。


 私は倒れた少年が完全に失神しているのを魔力で探知しつつ近寄ると、その身体を仰向けにして、その頭にある二本の角の輝きを見つめた。



 その二本の角の輝きは、最初見た時の紅蓮の照りも波紋が波打つような状態にも見られず、エアの角と比べても遜色ない位の綺麗で落ち着いた色合いに戻っている。



 ……ふむ。これでどうやら応急処置は出来たらしいと、私はスヤスヤと眠る少年の顔を見て、一安心するのであった。




またのお越しをお待ちしております。

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