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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第147話 偽。



 本格的に寒い季節へと突入した。



 この街は雪が降り積もらないのであまり変化はない様にも見えるが、気温は一気に落ちて水回りの作業がとても厳しく感じる時分である。

 ……魔法が無いと掃除や洗濯、食器洗などがかなりつらいだろうな。


 世の奥様方はさぞかし大変な想いをして日々の生活を送っているに違いない。

 だが、そんな時にはこれ。

 この特性『保湿ポーション』があると指先のひび割れやあかぎれがあっと言う間に治るし、飲めば持続して効いてくれる優れものである。

 私は以前にそこそこの量を作ったので、折角だからと少しギルドへと売ってみようかと考えた。

 もちろん全てを売るわけではないし、素材も『クラーケン(あれ)』なので、直ぐに誰かが複製できるとは思わない。お試しに近いだろう。

 だが、商業ギルドならば、これを数本渡せばそれを基に何かしら新しい代替品でも作ってくれるのではないかと思った。

 私一人ではこの街全ての女性たちにポーションは配れないので、こればかりは商業ギルドに頑張ってもらうとしよう。



「このポーションを売ろうかと考えている」



 そして、私達は早速とばかりに、商業ギルドの受付で二本ほどポーションを取り出すと、受付嬢にそう話しかけた。


 彼女は最初は笑顔で受け取りながら、私から受け取った紫色のその液体ポーションを眺めていると、暫くして『……どく?』と呟いた。……大変失礼である。ちゃんとしたポーションなのだ。



 因みに今回の『保湿ポーションは』無味無臭の無香料タイプを持って来た。扱いやすさ重視である。

 そして、味は無いけど安全安心効果抜群のれっきとした『保湿ポーション』で、私達の愛用の品である事を少々熱弁してみた。


 すると、最初は疑っていた受付嬢だったが、『保湿ポーション』であると聞くと少しだけ目の色を変えて、自分の手に少量のポーションを垂らし掛けるとその効果を実際に使って確認しだした。



 見れば確かに彼女の手もこの季節の乾燥に負けて少々切れて赤くなっている。

 本当は飲む方が効果が高いのだけれど、塗布しても十分に効果が表れるので、彼女の手も見る見るうちにあかぎれが治って行き、最後にはツルツルしっとりの綺麗な手に戻った。



「うっそ……長い事治ってなかったのに……」



 どうやら、彼女は慢性的な乾燥肌で長年悩まされていたらしい。

 一般的に出回っている薬はどうにも肌に合わなくて、これまではずっと我慢していたのだが、ここまで効果が高い物を見た事が無いと言って、凄く驚いていた。



「あっあっの!ししょうしょうっしょうおまちいただけけますか?」



 ……少し落ち着きなさい。

 そんなにギュッと瓶を握りしめなくても、誰も取ったりしない。

 最初に言ったが売りに来たのである。



 私達がそう言って頷くのを確認すると、彼女は紫色のポーション二つをがっしりと握りしめ一目散に奥の方へとスタタタタ―と走って行った。……転ばない様にな。



 『見てくださいよ!これ右手と左手の違いッ!』『この機会(情報)を逃しちゃいけません!』『ギルドマスター!決心してください!』『この製法は広く世に知らされるべきものです!』『いや、しかしな、それに金貨千枚はちょっと……』



「なんか話し声が聞こえるね」



 ……そうだな。何やら奥の方で、女性達と男性のやり取りがギルド中に響いている。ドアが開けっぱなしなのかな?



 するとその声と内容に惹かれて、エアだけではなく、ギルド内にいる他の者達も興味津々でこちらの窓口へと視線を送って来ている。 



 彼らも皆商人達であろう。商売の種と言うかネタになりそうな話は聞き逃すまいと言う、そんな強い意志が瞳から感じられる。



 暫くすると、漸く話がまとまったのか、今度は受付嬢と一緒に小太りで額に汗を浮かべた男性もやって来た。

 なんとなく気苦労が絶えない職場なのか、彼の苦労が分かる頭髪の薄さをしている。……ふむ。

 そう言えば、『保湿ポーション』を作る際の枝分かれ先と言うか、他の効能を持ったポーションも幾つか作っていたのだが、その先の一つに特製『育毛補助ポーション』もあった為、それを試しに彼の前へと置いてみた。



 二人は紫色のポーションについてこれから話しをしようとしていた矢先に出てきた、その新たな(よもぎ)色のポーションに首を傾げたが、私が一言『彼にはこちらが効くと思う』と告げると、二人の反応は劇的に変わった。



 先ほどまでは女性の方が目を血走らせていたのだが、今度は一転して男性の方が蓬色のポーションを目ん玉が零れ落ちるんじゃないかと思う程に見開き見つめている。少し怖い。……ん?頭に効くのかって?そうだ。髪が生えるタイプである。



「……っ!?」



 すると、私の言葉を聞いた瞬間、男性は自然とその瓶に覆いかぶさり、絶対に死んでも逃がすものかと抱きしめて確保した。

 そして、暫くの沈黙を経て正気を取り戻したのか、『お客様、少々お待ちください』と朗らかな笑みを見せると、男性は女性を連れて再び奥の方へと全力で走って行ったのである。……転ばない様にな。



 『済まない!今すぐこれをわしのここにっ!ここにに少しかけて見てくれ!今すぐにっ!!』『早くッ!そっちの紫色のポーションは分かった!製法の買い取りに金貨千枚出してもいい』『だが、こちらはそれどころじゃない価値があるかもしれない!人類の未来がかかっている』『…………』『うわああああああ!』『すごーーーい!ギルドマスターの髪がっ!!』『きゃあ、やだーギルドマスター泣いてるー。良かったですねー』『これで奥さんも帰ってきますよー。元気だしてー』



「なんか歓声が聞こえるね」



 ……そうだな。長くかかるのだろうか。出さない方が良かったかな?いや、あれほど喜んでいるみたいだし問題ないだろう。もう少し待とう。



 エアと私は待ちぼうけにされて少しつまらない。

 だが、つまらなそうにしているのは私達だけで、周りの商人達はみな先ほどよりも興味津々で、ギルドの奥の方の会話を聞き逃すまいと、皆カウンターに傍まで近付いて来ていた。恐らくはギルドマスターの変化が見たいのだろう。



 製法がどうのとか聞こえたので、おそらくは作り方を聞かれる事になるのだろうと、私は今の暇な時間を使ってその製法と材料を書き出しておこうと思った。

 エアも隣で何かしたそうにしていたので、『保湿ポーション』の方はエアに書いてもらうことにしよう。

 そうして私達は【空間魔法】から羊皮紙と筆を取り出してスラスラと書いていった。

 二人で書いていればすぐに終わる筈だ。時間が余ったら二人で一緒に絵でも描いて遊んでいようか。



 そうして、ちょうど書き終わったかと言う所で、先ほどの紫色のポーションを握りしめた受付嬢と一緒に、半分程使ってしまった蓬色のポーションを泣きながら抱きしめて壮年のポニーテールの男性が戻って来た。……随分、伸びましたね。



「えっぐ、此度は当ギルドに大変素晴らしいものをお売りくださると言う事で心よりお礼申し上げます。ありがとう」



 涙ぐむポニテの男性は先ほどよりもだいぶ若々しく見える。

 そんな男性の姿に、商業ギルドの中も騒めき、幾人かがギルドを飛び出して行った。

 『これは凄いものができたぞ!』と、いち早く情報の拡散に向かったのだろう。

 商人達のこういう時の行動の早さは、戦闘を生業にしている者を凌ぐ素早さだと聞くが、まさにその通りである。



「さすが『エルフの秘薬(・・・・・・)』と申しますか。効果の程はこの通り、……確りと確かめさせて頂きましたので、こちらとしましては超高価で買い取らせて頂きたいと存じております。ただ、一つだけお願いがございまして……」



 別に『エルフの秘薬』などではないのだが、作った私は確かに耳長族(エルフ)だし、素材も中々取れる様なものでも無いので、秘薬と言っても間違いはないのかもしれない。

 だが、流石に金貨千枚等と言う望外な金額をこの数本で受け取る気にはなれなかった。何事も程々が一番である。欲張った所で良い事はない。


 それに他のエルフの者達にも迷惑がかかる可能性があるし、ここは買い取りの金額を抑える代わりに情報の秘匿を強めて貰うことにしようと私は考えた。まあ、いつものやつである。

 彼らのお願いと言うのもどうせ製法や素材だろうと思って、私は先手を打り、先に教えてあげる事にした。



「これを……」


「えっ?こ、これは?……っ!?ま、まさか宜しいのですか!!」



 ポニテの男性はまさか話を切り出す前から、私に製法を聞けるとは微塵も思ってもいなかったのだろう。

 だが、その代わりに私は確りと私達の情報を他に漏らさない事と、素材が特殊なのでこのまま作るよりかは何か他の素材を用いて広く一般的に扱える商品を開発し、それから売り出して欲しいとお願いしておいた。金貨千枚も要らないと伝える。



「こんなに素晴らしいのに」



 男性は自分のポニテを何度もサラサラと風になびかせる動作をしているが、嬉しいのは分かるけれどちょっとやめて欲しいと内心で私は思った。

 まあ、彼らが高価格をつけたい気持ちも分かる。その方がギルドとしても儲かるだろうからな。

 だが、そうすると一般的に手が届かなくなってしまうので、私は断った。

 受付嬢の彼女の様に、この時期の手のあかぎれで辛い思いをしている人は多い。

 これが良いものであるならば、それを皆に知って欲しいと思ったのである。



 彼からすると、私はもしかしたら突然現れた凄く親切な人か何かだと勘違いさせたかもしれない。

 だがその実は、ただの気紛れなのである。

 エア達に色々と迷惑をかけて、優しくしてもらい、人の温かさを知った影響だろう。

 ちょっとだけ何かをしたくなったのだ。それだけなのである。



 だから、製法は君達が独自に研究して開発したことにしてもいいから、この辺りで安価に手に入るもので類似品の様なものが作れないか試して欲しい。間違っても製法だけを売ったりしないように。

 この街は魔法が他よりも発展している様に視えたので、他の街で試すよりは上手くいくだろうという思惑もあった。


 以上の事を約束して貰えるならば、今回の取引は君達が使用した分として、私達の取り分は銀貨一枚で構わないが、どうだろうか?と私は商業ギルドへと持ち掛ける。

 彼らはそれに対してにっこりと笑みを浮かべた。



「……承りました。その気持ちを酌ませて頂きましてお約束させていただきます。多くの方にこの喜びを共有できるよう、私共も誠心誠意務めさせて貰いたいと思います」



「ああ。頑張って欲しい」



 何から何まで全てを私一人でやるのは無理なので、ここから先は彼らに任せる事としよう。

 どうか頑張って欲しい。



 本当にただの気まぐれなので、大した事ではないのだけれど、何か良い事をした気分になった。

 今日も私は満足である。

 そんな私の事を見て、いつもとは逆にエアや精霊達が微笑ましそうに笑っていた。



「ロム、嬉しそうっ!」



 ……ああ。そうだな。

 ただの気まぐれで、偽善と呼ばれる行為でしかないかもしれないが。

 それでも何かが出来る事が、素直に嬉しかったのかもしれない。



 こんな日もたまには良いと、私はしみじみ思った。




またのお越しをお待ちしております。

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