第144話 相。
──コホンッ、コホンッ。
私は、どうやら倒れたらしい。
そして風邪をひいた。
現状、頭が多少ボーっとする。
それ以外は大丈夫だ。
魔法を使い過ぎた時には良くある事。
子供とかが良くかかる症状だ。
私は、子供じゃないのに……とは思う。
いや、これはつまり若いと言う事だろうか?
そうだったら、うれしい。
少し思考はふわふわしている。
未だぼーっとするので、語彙もいつもより貧弱だ。
ただ、久々に体調を崩してしまい、やってしまったと反省もしている。
冒険者として情けない。
こんな状態じゃ、本気で羽トカゲが襲って来た時に苦戦するだろう。
原因はおそらく、まやかしを使いすぎた事による衰弱。
だが、こんな風にまでなったのは初めての事だった。
やはりあれにはあまり頼らない方が良いらしい。
調子にのった。風邪を引くのも当然である。
国一つを無理矢理変えてもしまった。
そんな事がしたかったわけではないのに。
何となく行けるとこまで進めていたら、そうなってしまった。
あれは彼らの自業自得でもあるが、私的にほどほどの見極めが出来ていなかったとも言える。
それに今回、一番迷惑を被ったのはエアだ。
突然私が倒れた後は、ここまで運びずっと気丈に看病してくれたらしい。
そう精霊達が教えてくれた。
ご飯も食べず。ずっとだそうだ。申し訳ない。
一晩中【回復魔法】も掛けていてくれたと言う。
エアにはまた後で、ありがとうと伝えたい。
それに、エアの看病は完璧だった。
そのおかげで一晩寝たら、ほらっ、もうこんなに元気。
少しボーっとするぐらいだ。
……ん?もう何度も同じことを言っているかもしれない。
だが、そんなエアも私が目を覚ましたら、ずっと気丈に振る舞っていた反動からか泣きだしてしまった。一安心して気が緩んだら、涙が止まらなくなったのだそうだ。
今は私の傍で疲れて寝てしまっている。
本当にごめん。
『旦那、もうしないでくださいよ』『心配したんだからねっ!』『自重』『後先考えて行動してくださいね』
精霊達もぷんすか怒っていた。
すまない。君達もありがとう。
はい。もう調子にのりません。自重します。
……時々出る私のポンコツな部分が、よりにもよってこんなタイミングで出てしまった。
体調を崩したのは、今までの積み重ねでもあったのだろう。
今回使ったまやかしは、回数的には少ない方。
もっと多く使った時も過去にはある。その時には何も起きなかった。
だから、今回のはきっとこれまでの分が積み重なって、溢れた結果だろうとは思う。
これがもし戦闘中であれば、そうでなくとも、もし冒険中で傍にエアがいなかったとしたら。
……私はもっと大変な事になっていたかもしれない。
ただ、不謹慎かもしれないけれど、何となく熱を出したことで、いつも以上に人の温かみを感じることは出来た。
感謝してもしきれない想いが今、私の心に満ちていくのを感じる。
元気になったら、皆に何かお返しができないだろうか。
私に何が出来るだろうか。
エアや精霊達が喜ぶ事をなにか無性にしたくなった。
……だが、とりあえず、それは治ってからの話である。
今はとにかく治す事に全力を尽くす事にしよう。
これ以上、皆を心配させたり悲しませたりしないように。
今回の事は、私にとって自分を見つめ直す良い機会にもなった。
──結局、二晩寝たら体調は元へと戻った。
「ロム、大丈夫?熱ない?頭は?気分が悪かったりしない?」
「ああ。大丈夫だ」
「はいっ、これ食べてっ!くだものっ!こっちは水ね!えっと、それから──」
『おおっ、旦那がエアちゃんにお世話されてる』『甘やかされてる!』『逆過保護!』『とても健気で、見ていてほっこりしますね』
精霊達の言葉通り、私はエアに甲斐甲斐しい世話を受けていた。
今日はこれから雪山へと赴くつもりなのだが、エアは私をグルグル巻きにする勢いで暖かい格好をさせて、水や食事の用意をし、今日は私があまり魔法を使わないで済むようにとエアが私達の周囲の風の温度調整までもしてくれた。至れり尽くせりである。
エアは私が寒くない様にと、暖かい風で私達を包みこんでくれている。服でもグルグル巻きになっているので、本当は少し暑かったりもするのだけれど、その優しさだけで凄く嬉しかった。
どうしよう。どんどんと感謝の念が積み上がって行く。
私はエアや精霊達にどうお返しすれば、彼らが私へと向けてくれているその気持ちに報いる事が出来るだろうか。
私はとりあえず、彼らに『何か私にして欲しいことはないか?』と尋ねてみた。今なら私に出来る事は全て叶えてあげたい状態なのだ。。
「ないよっ!」
『ないぜ』『ないね!』『ない』『ありませんね』
すると、誰も無いのだと言う。
ふむーーー。それじゃあ、いったいどうしようか。
私は、少しだけ贅沢な悩みを抱いている気がする。
だが、このままなにもせずにはいられない。胸がムズムズするのだ。
「──だって、今まで、全部ロムがしてくれたことだよ」
『そうだ。エアちゃんの言う通り』『うんっ!私達の方がいつも何かお返ししたかったっ!』『右に同じ』『私達もずっと同じ気持ちでした』
私が内心のムズムズを解消しきれないで何かいい方法がないかと考えていると、突然彼らからそんな胸に響く言葉を頂いてしまった。……おっとっと、また少し風邪がぶり返したかもしれない。目と鼻から不思議な水がでそうになる。大き目の手ぬぐいはどこにしまっただろう。
「これで、少しはロムに返せたかな?……でも、ずっと元気でいてね……急に居なくなっちゃいやだよ」
泣きそうな笑顔と言うのだろうか、これまでとはまた少し違うそんな顔で、エアは私へとそう言って来た。精霊達もそんなエアの言葉にウンウンと同意するように頷いている。
そんな素直な好意を改めてはっきり言われると、流石に少しだけ恥ずかしい。
それ程までに君達に大事にしたいと思われている事に、私は心の底から幸いを覚えた。
この想いを、私はきっと一生忘れないだろう。
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