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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第141話 普。





 そんな私の言葉に、目を覚ましたエアと死んだ筈の老執事と少女は三人とも驚いた顔をした。

 彼らが驚く理由はそれぞれ違うだろうが、とりあえずは食事にでもしようか。

 お腹は空いているだろう?

 


「──あなたは死者の復活が出来るのですか?」



 話は食事の時にでもできたらと思ったのだが、既にある程度落ち着きを取り戻していた老執事は開口一番私に向かってそう尋ねてきた。


 エアは目覚めた時に、生きている老執事と少女の姿を見ると、それだけで直ぐに理解できたようでホッとしたような安堵の表情を浮かべる。

 『ロムっ、ごめんね。わたし、また気付かなかった。でも、ありがとうっ!』と言って、微笑みながら少女の方へとスタタタタ―と駆け寄っていく。……エアが怒ってなくて、実は私も一安心であった。


 目付きの鋭い少女の方は、いまいち自分がなぜこんな所にいるのか、なぜ目覚めて最初にじいじに抱きしめられたのか、と色々と分からない事ばかりで不思議そうにしている。



「──いや、死者の蘇生などできんよ」



 『死者』とは、完全に死を迎えた者を示す言葉である。

 そして、死者になればもう元に戻る事は出来ない事を私は知っていた。

 ……それを試した事はこれまでに何度もあったのである。


 だが、結局それは未だに一度たりとて成功していない。おそらくは、いや、きっと不可能な事なのであろう。

 魔法を使った時の感覚で分かるのだ。

 死者とは完全に元とは別の存在になってしまった事が。


 だから、私に出来るのは精々が生きている者の回復だけである。

 例え、命が失いかけていても、完全に死と定まる前ならば、私はそこから【回復魔法】で戻せる。


 老執事も少女も死にかけてはいたが、完全に死んだわけではなかった。

 だから、治せた。ただ、それだけの話だ。



「そんな……お嬢様は、既に身体も冷たくなり……」



 老執事は周りへと声が漏れないように咄嗟に口を手で覆い隠したが、私の耳はその言葉を受け取った。

 なので、そんな彼へと、私は事実と言う名の偶然を告げる。



 元々、私は少女が魔法を使えない体質にさせられていた(・・・・・・・)事も、それが少量の毒を定期的に服用させられているのが原因であろう事も、最初ギルドで視た時に気付いていた。



「っ!?」



 私は、貴族と言う者達があまり好きではない。

 だが、彼らがどういう手を使って来るのか知らないわけではないのである。



 少女の身体の中を視た時、明らかに魔力の淀みが通常では考えられない状態になっていた。

 そんな事が出来るのは、薬だろうという事と、これが長年によるもので既に慢性化してしまっており、身体がこの状態を受け入れてしまっている事で魔法が扱えなくなっているのが直ぐに分かった。

 なので、私は浄化を用いて少女の体内の流れを正常に整えたのである。



 そして、体内の毒に対する耐性を少しだけ強化もした。

 それによって一時的にだが、少女の毒に対抗する力が増しており、次に毒を服用しようとしても自然と身体が中和し調子を戻してくれる様に、守れるようにと一応の保険(・・)の魔法を掛けてはおいたのだ。

 だが、そんなただの保険に過ぎなかった魔法が、今回はギリギリで少女の命を救った。



 私は自分で仕掛けた魔法が発動したことをある程度離れていても感知できる。

 その為に、少女が劇薬を含んで死にかけた際、その保険でかけたに過ぎなかった魔法が少女の命を守る為に発動し、その毒を中和しようとしている状態になった事に直ぐに気づいて、咄嗟に少女の身体の機能を凍結する為の魔法を追加で使用した。


 それによって少女の身体に毒の効果が巡るのを遅らせ、数日はその状態でも身体が完全に死なないようにする事には成功する。

 ただ、その時は遠距離からの咄嗟の反射で使っただけの魔法であり、劇薬がどんな種類の物であるかまでの判断は出来なかった為に解毒まではしなかった。

 毒に類する魔法薬の中には、安易に浄化をかけるとそれを契機に浄化後に効果が表れるものとかあるので注意が必要なのである。



 そして、それと同時に君達が周囲を囲まれ監視されている事にも気付いた。

 直接命を奪うような行為は無い事を視て、これは変に魔法で強引に介入するよりは、自然に任せておいて隙を見て君達を救った方が良いと考え、敵を誤認させる様に行動する。

 相手は人を疑う事に特化した者達だ。一つでも綻びは出さない方がいい。



 本当はギルドで少女を視た時に、こういう事になるかもとは思っていて準備はしていたが、その為の保険でもあったのだが、まさかこんな急に事が起こるとは思ってもみなかった。


 それにもう少し早く気が付いてさえいれば……私も君達が悲しむ姿などみたくはなかったし、毒を飲ませて苦しい思いなんてものもさせたくはなかった。そこだけは済まない。私の判断ミスだった。



「いえ。そのおかげでわたしもお嬢様もこうして命を救って頂けましたので、感謝こそすれ、詰る気持ちなどこれっぽっちもございません。本当にありがとうございます」



 ……そう言って貰えると私としても気が楽になる。

 だが、正直に告白するが、いずれは事が起こり、こうして君達が貴族家から距離を置くことになるだろうと思い、この場所を用意していたのも事実なのだ。

 水底に沈む前に【転移】でここへと飛ばし、いずれはこうなるかもしれないとエルフの青年達に説明し、この部屋を整えておいて貰っていた。



 言わば、ある意味ではこちらの思惑通りだったと言う部分もある。

 これは全て善意で行ったわけではない。君達にやって欲しい事があった為に、下心があったというのも正直な話なのだ。



「……構いません。承知いたしました。私に出来る事でしたらなんなりと」



 老執事は貴族社会の中で生きすぎた為に、こう言った方が納得もし易いだろうと私は内心で思った。

 そして、『君と少女にはこれから彼らの支えをして欲しい』と私は内心を隠したまま、そう告げてエルフの青年達を紹介する。



「私だけではなく。お嬢様も、でございますか?」



 ああ。文句は言わせない。君達は一度死んだようなもの。これからは別の人生を歩んでもらう。

 それにもう元の貴族社会に戻れるとも思わないで欲しい。

 ここはもう君達が生きて来た国とは違う場所、違う大陸、違う街なのだ。

 尽くし仕える事に特化した君の人生を、今度は彼らを支える為に活かし、力を貸して欲しい。

 そして、その生き方を少女と共にして欲しい。



 私の勝手な判断だが、おそらく少女は、あまり貴族に拘っている様にも見えない。

 君がそう望むから、そう振る舞っている様にしか見えなかった。

 ……まあ、こういうのは意外と第三者の目線でないと分かり難いのかもしれないが。



「なっ!?そ、そんな」



 私のそんな言葉に、老執事は少女の方を向き、少女はそんな私達の会話が聞こえていたのか、驚いている老執事に向かって、私の言葉を肯定するかのようにコクンと小さく頷いた。


 すると老執事は瞬間的に脱力し、これまでの努力は無駄だったのかと力を落としかけたが、私は彼が落ち込みかけ思考が沈む前に『無意味ではなかったのだ』と彼の考えを否定する。



 君の行いにはちゃんと意味があったと。

 そうでなければ、そもそも助けようとも思わなかったと。


 君が少女の幸せを願っていたように、少女もまた君の望む姿になろうと頑張っていただけなのだと。

 そんな風に互いに思いやれる関係になれた事には、もうそれだけで意味がある。

 その為に君が頑張った事に何一つ無意味な事等ないのだと、私は彼を、彼の行いの価値を言葉で確りと伝えた。


 だから、これからは少女の事もお嬢様としてではなく、"普通に"君の家族として接してあげればいいのだと。



「ふつう、でございますか……」



 彼はこれまでずっと貴族社会の中で生きて来た。

 その為、私が言うその"普通"は、彼にとっては未知な物にしか見えないのだろう。


 だが、あえて更に正直に言おう。私は貴族なんか大っ嫌いだ。

 だから、生まれ変わった君達に、また同じ様な事はさせたくない。

 ただ自由に生きてくれ。君が思う普通でいい。なんでもいいのだ。

 思うが儘に、自分勝手に、自分達だけの為に生きるだけでもいい。


 今まで、誰かに仕える生き方しかしてこなかったのなら、今後不安になる事も多いだろうが。

 それでも、君と少女が笑っていられる環境で生きて欲しい。



 先程も言ったが、ここは全く別の大陸であり、君達の事を知る人間はもはや誰も居ない。

 そして、同居し、これから君達に支えて欲しいと思っている彼らは剣闘士と言う生業に就いている。

 彼らは己の里を救う為に、たった五人で戦い続ける勇敢な者達なのだ。



 だから、そんな彼らを 君達親子二人(・・・・)で支えて欲しいと私は告げた。



「…………」


「…………」



 私の言葉の"親子"という部分で、老執事と少女は互いの顔を見つめ合った。

 その時の二人のなんと不器用な事だろう。

 今初めて気づいたとばかりの、そんなそっくりの行動をとっておいて、誰が二人を無関係だと思えるだろうか。血の繋がりなんかなくとも、どこからどう見ても二人は親子以外のなにものにも見えないだろう。

 ……ただ、やはりこういうのは本当に意外と第三者の目線ではないと分からないのかもしれない。



 だが、その少女はもう君から十分に生まれてきた事の意味を教えて貰っているだろうと私は感じた。

 愛される事を、温かみを、優しさを、ちゃんと君から教えて貰っているのだ。

 そうでなければ、そんなに互いを想い合える筈がない。


 貴族にある独特の冷たさが君達には無かった。

 大丈夫。君達ならば普通に、互いを思いやって生きていけると私は思う。

 その思いやる心があるならば、他の誰とだって関係を深めていけるのだ。


 この地はあちらとは違ってとても暖かい、いや、人も街も暑いくらいだ。

 慣れるまでは大変だとは思うが、何卒よろしく頼む。




またのお越しをお待ちしております。

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