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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第139話 模。



「さっきの子、凄く嬉しそうだったね」



 隣で私の顔を見上げながら、エアは無邪気な微笑みを見せる。

 そう言えば、私はまだエアにこの国の気をつけなければいけない"とある部分"の説明をしていなかった事を思い出し、歩きながらその話をし始めた。



 それは彼女があれほど喜んでいた事に少なからず関係のある事である。

 ……ゴホンと、一つ咳払いをしてから、私はこの国では『魔法の価値が高いのだ』とまず切り出した。



「まほうが、たかいの?」



 そう。高い。魔法の道具や、簡単な魔法書、それに類する媒体だったり、兎にも角にも魔法に関係する事に全て価値が高く、それを扱える者達の価値も等しく高くなる。



「ふーん。じゃあ魔法を使えるってだけで凄い人って事になるの?」



 そうなる。そして、この国では、貴族や権力者で魔法を扱えない事は貴族たる資格なしとされる程だ。



「あー……そっかぁ」



 そう、少女が喜んでいたのもそういう理由だ。

 魔力がないわけでは無いから使えない筈はない。勉強も確りとしていて詠唱もちゃんと覚えている。

 なのに、魔法が使えない。



 魔法を使える事がアイデンティティに繋がるその社会で、使えない事のなんと厳しい事だろうか。

 貴族社会の中で、使えなければ仲間に入れて貰えないのだ。

 それは当然、家族の中でも同じ事だろう。

 如何にそこに愛があろうと、その基準を満たしていなければ、家族として扱われない。



 少女の貴族家はそれを守らなければ、そのルールを軽視した事だと見なされて、家そのものが社会からはみ出されてしまう。仲間外れにされてしまう。



 あの少女は恐らく切り捨てられるか、残れるかの瀬戸際に居たのだろう。

 そして、少女の背後にいる御仁からは、如何なる事があろうとも、傍に寄りそうという固い意志を感じた。

 彼と少女がどれだけの関係の強さなのかは分からないが、とても特別な存在なのだろう。

 貴族家の中にある、独特の冷たさはあの二人の中には感じられなかった。



 権力者と言うのは、大概が力を得れば得る程、『人を信じる』と言う部分が難しくなってくるものなのだと、いつだったか私は友から教えて貰った覚えがある。



 実の親や兄弟でさえ、自分の身分を守るためには殺すような社会なのだと。

 結婚も家の繋がりと血を残す為、愛は育まれるかもしれないが、本当に心の底から想い合うという事が難しいのだと。

 結婚し、他の家の一員になろうとも、『実家が危うければ、伴侶を裏切るべし』『愛する者を殺してでも、家を残すのを先ず優先させるべし』と教えられ、そうするのが当たり前の社会なのだと。



 教えとは、残酷なものだと思う。



 ただ、そんな中で、あの少女と老執事の関係は、ちゃんと心で繋がり、本当に信頼していた様に見えた。温かさを感じたのだ。

 少し特殊に感じたのはそれが理由なのかもしれない。

 とても素敵な事だけれど、それが特別だと思わなければいけない、そんな貴族社会を私はやはり好きになれはしなかった。



 少女は貴族として家に戻れる事に喜んでいるかもしれないが……あの老執事と共に、普通の生活を歩んでも良かったのではないだろうかと、そういう道の方が幸福になれたのではないかと、私は少しだけそう思ってしまうのである。





 ──まあ、それももう少女が治った事だし今となっては私達には関係の無い話である。

 彼らはちゃんと貴族へと戻っていったのだ。



 私達は基本的に彼らが住まう貴族街区などにはいかないので、ギルドがあるこちらの平民街区でのんびりする事としよう。



 基本的に、この国の者は魔法を貴族の特権の様に扱っている節があり、特別視し過ぎるきらいがある。


 ただ、魔法使いになろうと思っても、先ほど言った通りになる為に必要な書物や材料などが軒並み価値が高く、平民にはそう簡単に手が出せない。

 


 一応、平民の中からの逸材を確保する為に、立身出世の為の狭き門として、平民街区にもそれ用の学園もあるのだが、聞けばテストで落第点を一度でも取れば、学園から即退学しなければいけないらしい。


 才能の乏しい貴族の子も、最後のチャンスにかけて通っている者も居ると聞くが、退学した時点で完全に自分の家からは追放されて、貴族の枠組みからも外れて平民として生きていくのだという。



 つまり、この国では魔法とは貴族たちのプライドに直結しているのである。

 なので、下手に魔法を気軽に使っていると、貴族だと勘違いされたりもするそうだ。

 その上、プライドが高すぎる貴族に見つかったりすると、『平民の癖に貴族を真似するか!不敬だぞ』と、魔法を使う事を咎めてくる事もあるらしい。

 違いなどないと私は思うのだが、平民達にとっては少し辛い国なのかもしれない。



 だが、その代わりにここは冒険者にとっては仕事先が沢山あって都合の良い場所だったりもする。

 平民街区に住む者は基本的に魔法を使えない事になっているで、そんな人たちの代わりに公の部分で魔法を使ったり、肉体作業を手伝ったりという仕事が数多くあるのだ。



 冒険者として各国を回っている者は、貴族たちからすると下賤で魔法の価値の分からない愚か者として見られはするけれども、態々魔法を使っている事を咎めてくる程のものではないのである。

 この国の貴族はプライドに比例するかのようにそこそこに実力も高い為、冒険者レベルの魔法如きには負けないという強い自負をもっているらしい。



 だから、この国では普通に街に暮らす者が難儀している事が所々にあり、短期間だとしても凄く人々の役に立てる。言葉的にはあまり良くないかもしれないが、人から感謝されたい冒険者達はこの国に来ると居心地がいいらしい。



 私達の場合は特に期間が短い為、その部分を考慮して貰った。

 ……因みに、何をやるかと言うと『水道処理』である。



「すいどう?」



 言葉の響きだけで何かを感じ取ったのか、エアは怪訝な表情で私へと尋ねてきた。

 この街では皆が生活排水やゴミなどを街の地下にある水道と呼ばれる場所へと流しているそうなのだが、そうする事で地表を汚さないようにし、処理もまとめてできる様にしてあるらしい。


 そして、街で流した水は街の少し先にある場所までその水道で運び、地面に大穴をくり抜いて作った溜池へと一旦まとめて、後はそこを魔法使いが浄化する事で一度綺麗にしてから川へと戻す様になっているのだそうだ。



 だが、先ほども言ったけれど、この街の魔法使いは専ら貴族達なので、彼らにとってこの仕事はあまり人気がないらしい。


 その点、冒険者的には、危険も少ないし、実入りも多いし、面倒な貴族に巻き込まれる心配も少ない。

 唯一、臭いへの対処が微妙に大変なのを除けば、これはかなり冒険者的にはおいしい仕事であると言えるだろう。当然、私もそう思った。



「えっ、臭いの……?」



 ただ、私が『臭い』と言う言葉を使うと、瞬間ピシリとエアが固まった。

 そして、その顔を見ると『臭いの嫌だな~。正直行きたくないな~』と言いたいのが一目で分かる素直な表情をしている。

 そのあまりにも嫌そうな表情を見て、私は内心で笑った。



「エアは今回、宿で待っているか?」


「……んーー、うーーーーん、どうしようーー」



 エアは頭を抱えて悩んでいる。

 『ロムが行くなら行きたい』『でも臭いなら行きたくない』そんな二つをブツブツと呟きながら、自分の中の天秤をフラフラと傾かせているらしい。



「……行く」



 そして、なんと行く事に決めたらしい。

 ……だが、いいのだろうか?無理はしないでいいのだが。


 こういう時、人とはだいたい嫌な事を避けるのが普通だと私は思っていたが、エアは自分から飛び込む事が出来る人らしい。これは素晴らしい事だと私は思った。



「……ロムを一人にはさせない。臭い所でも一緒なら大丈夫。最後まで傍に居るからね」



 そんなまるで最後の戦いに挑むみたいな事を言わないで欲しい。何が起こるわけないとは思うが、何かが起こりそうな気がして、私までドキドキしてしまう。


 ただ、エア的にはそれほどまでに臭い場所に行くのは嫌な事で、それに挑むためにはそれだけの気迫が要る決断だったという訳である。


 嫌な事でも自分から進み挑んでやろうと思えるその高潔な精神を、私は尊いと感じた。

 また一つ、エアの良い部分を見つけてしまったようだ。



 それに今回の場合は、臭いとは言っても対処を知らなければ大変だというだけで、私達は浄化を使いながらその水道に異常が無いかを軽く確認しつつ歩いていき、最終的にため池に浄化を使えば終了なのである。とても簡単だ。あまり臭さも感じないだろう。



「なーんだっ!なら大丈夫!一緒にいくっ」



 するとエアの表情がパッと笑顔に切り替わった。

 なんとも現金なものだと思うかもしれないが、私もその笑顔を見るだけで癒されてしまうのだから、我々は似た者同士である。



 そんな風に二人でのほほんと歩きながら、私達はギルドで教えられた水道を管理している場所を訪ねて、翌日の『水道処理』の為の準備に取り掛かるのであった。





またのお越しをお待ちしております。

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