第138話 装。
話しかけられた私達は、一旦彼らの方へと姿勢を正す。
「確かに私は耳長族だが、何の用か」
私は昔からこの手の貴族等や権力者達との相性が頗る良くない。
この不愛想な表情と喋り方がどうにも相手の気に障って向こうは私を無礼に感じてしまうらしいし、私は彼ら独特の傲慢な部分があまり好きではない。
それは良い意味でも、悪い意味でも好きではないのだ。
悪い意味は言わずもがな、良い意味でも彼らのもつ上位者としての責任感だ、高貴なる者の務めだ、みたいな考え方が私には合わない。
彼らは何だかんだとその権利を主張してくる。
血だなんだと良くわからない物に価値をつけて自己主張が激しいのだ。
己の土地に住む民を守るのだと言いつつ、金や食料を絞り上げて自らを着飾っていくその姿は、第三者の視点から見ていてあまり心地の良いものではない。
まあ、感じ方は人それぞれだろう。
私がそう思うだけで、彼らを中心とした社会が成り立ち、彼らに感謝しているものが多いのならば、私から口を出す事は何も無い。
……ただ、そもそも勝手に主張しているだけで、そこは君の土地ではないと言ってやりたくなる時はある。
だがまあ、それは今は置いておくとしよう。
よって、そんな基本的に近寄りたくはない相手なのであるが、目の前の二人はどこか少し、今まで見て来た貴族然とした者達とは違い、なんとなく大丈夫な気がする。
これはただの感覚に過ぎないのだが、話を聞いてみる位はちゃんとするべきだろうという勘が働いたのである。
「あなた、冒険者なのですか?」
おそらくは高貴な身分であろう少女が目を吊り上げたまま私へとそう尋ねて来た。……ふむ。
一見してその目付きの鋭さから、少女が不機嫌なのかと錯覚してしまうが……その声の具合などから私は同じ不愛想仲間として、これが彼女の普通の表情なのだと察する。
「ああ。私は冒険者だ」
少女に付き添う様に背後に佇む老執事は、その優し気な表情は変わらぬまま、自らの主人である少女がちゃんと話せるだろうかと心配し少し気にかけている様に見える。
なんとなくこの二人は貴族なのだろうが、貴族らしくない雰囲気があった。
「わたし、エルフに依頼があるの」
「どんな依頼だろうか」
「わたしに、魔法を教えて欲しいの」
聞けば、この街にある貴族街区には貴族用の彼女たちが通う学園があるそうなのだけれど、どれだけ練習をしても彼女はこれまで魔法の授業で一度も魔法が使えた事が無いらしい。
魔力がないわけでもなく、詠唱もしっかりしているのだが、何故だか魔法が使えないらしいのだ。
その為いつも成績が揮わず、困っているので、エルフの力で何とかして欲しいのだとか。
本当はエルフじゃなくても、魔法を使えるようにしてくれるのなら何でも良かったらしいと正直に話してくれる少女に、老執事は後ろからこそこそとアドバイスを送っている。
「……今のはうそ。『ほんとうはずっとえるふをさがしてました。おほほほほ』……で、いいの?」
「はい。よろしゅうございます」
おそらくは老執事に言われた事をそのまま話したのだろうという事が完璧に分かる。
老執事は少女が上手く話せたことでにっこりと微笑んで肯定した。
……な、なんだか、おままごとを見せられている気分であるが、彼らは大真面目だ。
ただ、そのやり取りがなんとも優しさに包まれていて、見ていてほっこりもしてしまう。
今までの貴族の者はその子供も含めてあまり好きではなかったが、こういう者達もいるのかと思うと、少しだけ考えを改めてもいいのかと私も思った。
「こういう場合はどうすればいいのだ?」
そう言って私が尋ねると、ギルドの受付嬢は先に貴族側の依頼を受けてから、改めて私達に斡旋してくれるそうである。
私達は一旦窓口から退くと、彼らに席を譲り、そのやり取りを眺めた。
『えっ、依頼料ってそんなに』『お嬢様、構いません。じいの貯えがまだございます』『じいじ、でも』『お嬢様の為になるならば、このじいは水のみで一月はもちましょう』『それじゃ、わたしも』『いけません。お嬢様は学園で確りと勉学に励まねば』『でも、それじゃじいじが……』
「…………」
……凄く気まずい。
私は隣にいるエアに目を向けると、エアも私の顔を微妙な表情で見つめている。
彼らはそれだけ煌びやかな格好をしているにも関わらず、お金がなく食事が満足に食べれていないという事らしい。
互いを想い合うその気持ちは分かるが、私は彼らのこういう部分が本当に良くわからない。
貴族の心だか、尊い魂だとか、そういう生まれた時から特別な者であったかのような、そんな貴族らしさにしがみ付いては居るが、それよりも大事なものがあると私は思うのである。……とりあえずご飯は確りと食べなさい。
だが、態々それを告げる程の親しい関係でもない。
大した要件でもないようだから、今回は私の方から折れる事とする。
「会話の途中に済まないが、そもそもの話が君が魔法を使えないという話だったな」
「えっ?うん。そうですわ」
世知辛い話の途中でいきなり話しかけたので、びくっとした少女と老執事はこちらを見ている。
どうやらこちらの存在が頭から抜ける程に、深刻な話し合いの最中だったらしい。
しょうがないとは思うが、その間に少女の事は視させて貰ったので、大体の原因はわかった。
それにより、その原因解決に大した時間もかからないと分かったので、サクッと終わらせて、私達は本来の斡旋をして貰う事としよう。
「受付の方、すまないが私が視た所、この少女の症状はそう時間がかかるものではなく、【浄化魔法】を一度かけるだけで済みそうなのだ。こちらとしてはこれは態々斡旋して貰う程ではないと判断している」
なので、ギルド側には目を瞑って貰って、少女の事はこの場で魔法を使って問題を解決し、それが終わり次第また先ほどの私達の斡旋の続きをしてもらいたいと頼んでみた。
受付嬢的には勝手にギルドを通さない依頼のやり取りは本来は認められないだろうが、彼女も目の前で先ほどの少女と老執事のやり取りを見ていたので、今回は目を瞑ってくれる気になったらしく素直に頷いてくれる。
「──えっ!?それは、いったい」
自分達抜きで勝手に話が進んでいくので、少女は私達の顔や受付嬢の顔を見てキョロキョロしていたが、私はそんな少女にすぐさま浄化をかけ、整えておいた。
これで、もう少女は魔法が使えるようになるだろう。
試しに、何か簡単な魔法を使って見る様に言うと、少女は『そんなまさか』と疑いはしつつ、自分の手のひらの中に少量の水を出す事が出来るようになったのであった。
少女と老執事は、本当に魔法が使用できた事に一緒に目を見開き、次いで私の顔を凝視していたが、そう驚くほどの事ではない。私はただ、浄化をかけただけである。
なので、呆然としている二人には申し訳ないけれど、ちょっと席を退いてもらい、私達は受付嬢と話し合って、斡旋をして貰ったのであった。……何気に受付嬢は先ほどよりも待遇が良い場所を選んでくれたらしい。ありがとう。
その後、他にギルドでやる事もないので、私達は早々にギルドを離れる事にする。
私達がギルドを出るまで、その少女と老執事は依然として放心状態になって私の背中を見つめていたのだが、私達の姿が完全に見えなくなると、少女には少しだけ変化があった。
魔力の感知内であった為視えてしまったのだが……どうやら、先ほどの浄化は少女にとってそれほどまでに嬉しい事であったみたいである。
老執事に抱き付き、他の人には顔を見せない様にはしているけれど、老執事や受付嬢、近くで見ていた他の冒険者等は、そんな少女の姿を微笑ましそうに見つめるのであった。
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