第136話 柊。
2020・06・03、加筆修正。
日差しの季節の『お野菜イベント』は和やかに行われた。
前夜祭で沢山のお野菜を食べさせてもらった筈なのだが、今回からは本番にも私は参加させて貰う事になり、気づいたらエアの隣で同じように私も精霊達に食べさせてもらっている。
エアは見えないかもしれないが、私は君達の事を確りと見えている。それでもいいの?……まあ、嬉しそうならそれでいいのだが。
時々、隣のエアからも『はいっ!ロム食べてっ!』と私にお野菜をくれるのだが、美味しいとは言え私は本当にそこまで食べられる方ではな……はいそこっ!見たぞ!私の方は一人一回のみです。んーん。だーめ。そんな残念そうな顔をしないで欲しい。……もう一回だけだぞ。
正直、楽しいし美味しいが、やはり量は沢山食べられない。エアは凄いな。この量を隣でペロリと食べてまだまだシャクシャクと美味しそうに食べていた。
そこでふと、私からもエアに食べさせてあげようと思い、私の方の列に並んでいた水の精霊にお野菜スティックを幾つか分けてもらうと、精霊達の邪魔にならない範囲で、そっと私もエアへとお野菜を差し出しておいた。
気分は釣りである。……はたしてエアは釣れるだろうか。
私がジッとそうしてお野菜を差し出していると、シャクシャクと美味しそうに食べていたエアが途中で『ん?』と気づき、私の顔をジッと見つめ返してくる。シャクシャクは続いたままだ。
──シャクシャク、ジー、シャクシャク、ジー。
エアは『ロムが差しだしているお野菜は、食べていいのかな?どうなのかな?』と探り探りで私の方へと近付いてきて、私がふっと横を向くと、パクッと一気にお野菜を食べていった。
『むふーー』と別の意味でエアは嬉しそうに食べていたので、釣りには失敗したが、これはこれで良かったとしよう。嬉しそうな顔を見ているだけで私にとっては十分なのだ。
──さて、季節は実りの時分。
穏やかに過ごしていると月日の流れはあっと言う間に感じるが、最近のこの時期にはエアと森を良く歩いた。
森の中にエアのお目当ての『あるもの』を探しにいくのである。
まあ隠す事でもない為、その探している『あるもの』が何なのかと言うと……それは『真っ赤なエノコログサ』であった。"猫じゃらし"と言うと分かり易いかもしれない。それの真っ赤な種類がこの時期になると時々発生するのである。
それも夜の時間帯、森の木々の上をのんびりと浮かびながら月見をしつつ、気になった地点をのんびり歩いて探すと時々見つかるのだ。
私達はそれを別名で『火月草』とも呼んでいる。
姿形はとてもエノコログサに似てはいるのだが、その性質はかなり違っているのだ。
その草は滅多に現れるものではなく、魔素の濃い場所に時々発生してして、夜の森をほんのりと小さく火の色を灯すのである。火が出ているわけではないので、触っても熱くはない。
太陽を見つめる向日葵の様に、この草は月に向かってその灯りを届けようと手を伸ばしているかのように見えた。
エアはこの草を初めて目にした時から気に入ってしまったらしく、時々こうして一緒に森を出歩く際に見つけると必ず確保している。
確保したものは、大樹の傍に作った特殊なスペースで同じように確保してきた仲間の『火月草』達の元へと連れて行ってあげてだ。
この草は毎夜必ずその灯りを光らせているわけではなく、数日間かけてゆっくりと魔素を貯めたものを、気まぐれで放つ性質らしい。そんなとても気分屋な草なのだ。
かなり珍しい為、一つの季節で一つも見つからない事もざらである。
そうかと思えば、今回の様に沢山取れる時もあった。
「はいっ、これでもう寂しくないねっ」
根っこから全部を掬って、大樹の傍へと移し替えるエアは、そう言って満足そうに微笑んでいる。
新天地である大樹の傍で、変わらず今夜も、彼らは優しい灯りを月へと届けようとするが如く、手を伸ばし続けていた。
──とある日。
日々、実りの季節を満喫しながら、私達は次なる旅の計画を話し合っていた。
「んー、今度は涼しい所にも行ってみたい」
そして、エアが暫く考えて出した答えがそれである。
……なるほどと、私も思った。
あっちの大陸は暑かったので、今度は少し気分を変えたいという訳なのであろう。
あのままあちらの大陸を満喫するのも良いが、折角戻って来たので、また新たな方向へと足を広げるのも悪くはない。
少しずつ色んな方向へと進み、また気が向いたら戻って来る。
それはなんとも一般的な旅とは違った楽しみが見つけられそうだ。
私は昔、ひたすら真っ直ぐ進み続ける旅ばかりをしていた。
それが今回は、エアと一緒に究極的な回り道をし続けていくのである。
実際に、それはとても新鮮で、私の心も悪くはないと素直に思えた。やってみたいと。
暖かい地域と寒い地域では色々と食べ物も違うと聞くし、そのほかの大陸にも気が向くままに行くことで、エアが喜ぶものがまた多く見つかるだろう。
本当は少しだけ、世話になった者達にお土産を渡しに行きたいという気持ちはあるが、色々な地域のお土産を一度に渡す方が、食べ比べも出来るし、お得感が増す……ような気がする。
唯一残念なのは、最近作ったばかりの暑い地域用のエアの新作の服を、寒い地域では当然着させてあげられないという事なのだが、寒い地域特有の良いデザインを仕入れる為だと思えば、それもまた楽しみであった。
いずれまた戻った時に、暑い地域用の服もちゃんと活用できるだろう。
「ロム!私、雪山ってのに行ってみたいの!」
雪山?はて、何しに行きたいのだろう。
寒い地域の話になると、突然エアはそう語りだした。
「だって、雪の山だよ!雪で出来てる山なんだって、剣闘士の皆が教えてくれたの、きっとフワフワしてて、冷たくて、気持ちいいんだろうねっ!」
おーう……まあ、なんというのだろうか。
まあ、暑い地域は寒い地域を羨ましがり、寒い地域は暑い地域を羨ましがる、みたいな話だろう。
基本的に冒険者や商人など色々な国に行くことがある者達でないと、自分が住んでいる地域以外は想像するしかないので、遠い場所はとても素敵な所のように思えてしまう事がある。
俗にいう、隣の芝生は青く見えるというやつであった。
まあ、あまりイメージを壊す事を言いたくはないので、私は楽しそうに妄想しているエアの夢を邪魔することなく沈黙しておく。
実際に行ってみて、エアが自分で見て触れ経験する事の方が、より得るものは大きいだろう。
一応私にとって寒い地域に対する認識とは、危険が多く潜む場所としての面が強いので、充分に注意し準備を怠らずに行きたいとは思っている。
エアのこの楽しそうな笑顔が曇る事の無い様に、私が確りとフォローしていく事としよう。
──だが、それから暫くして、私は逆にエアに多大な迷惑をかける事になるなど、この時はまだ何も予想すらしていなかった。
またのお越しをお待ちしております。




