第134話 固。
2020・06・02、後半部分を加筆修正。
緊急送別会イベントが始まろうとしている。
その名も、『エアちゃん対剣闘士達上位十人、実は勝つためにこそ練していましたが、もう居なくなってしまうというので、急遽集まって試合をすることにしたよマッチ』が始まる事になった。
以前のエルフの青年達五人と一緒に参加した集団戦の時に、エアの実力に触れた者達──王者を含めた剣闘士達上位十人は、密かにエアを倒すための策を練り、その為の訓練を十人でこそこそとしていたのだという。……全部喋ってしまったな彼ら。
彼らは集団戦の時のエアの素早い動きを見て、エアと戦うとしたら実際にこれだけいれば対等な戦闘になるだろうと判断し、本気で勝ちに来ているというわけなのである。
それに、今回の戦闘形式は『使用武器は木製。直接攻撃系の魔法は無しで、それ以外の魔法は有りの"一対複数"戦』。
これは、戦いに誇りを持っている剣闘士達がエアとは一対一で戦っても負けると自ら認め、自分達は十人居て漸くエアと吊り合うと、それほどの強者であるという事を明言しているようなものであった。
……彼らは戦いに身を置く者だ。そこには甘さがない。彼らの顔は十人で吊り合うなどとは考えていないだろう。十人でならばエアを完全に狩れると、本気でエアに勝とうとしているのがあの目を見ていれば直ぐに分かった。
エアは私に『ロム、わたしやってもいいかな』と尋ねて来た。
私はそんなエアの顔をみると、『もちろん。エアの好きな様にするといい』と答える。
ただ恐らく、普通にやればエアは負けるだろう。
だが、私の視線の先にあるエアの顔は、彼ら以上にぎらついた瞳をしており、とても嬉しそうな表情であった。
王者は自分の絶対の自信のある戦闘形式を軸に、エアを人数差で攻め続ける事で隙を作り、勝つ気でいる。ありきたりだが、この戦法は間違いなく強い。
エアの素早い動きに対応できる仲間を集め、本気で対策を練って来ていた。
王者を含めてこの街の剣闘士の上位十人が本気でエアを潰しにきているのである。
だが、エアはワクワクしているように見えた。
これまで日々の鍛錬が欠かしたことがないエアは、これまで対人戦闘では苦戦と言うものをしたことがない。
唯一、対海中巨大生物の『クラーケン』には勝つことが出来なかったけれど、あれは対人ではないので例外であろう。奴にもいずれ勝ってくれるとは思う。
それ以外であれば、現状はどんな相手にだろうと勝って来たエアは、例えそれが十人いたとしても、負けるわけにはいかないと強く気を引き締めていた。
エアのおへそにある『天元』が、エアの体内でいつも以上に活発に魔力を循環させているのが分かる。
私は隣で、そんなエアの魔力の高まりを感じていた。
その魔力の気配だけで、エアが凄く楽しみにしていることがここまで伝わってくる。
──そうして、送別会と言う名の戦いは早速『剣闘場』にて行われる事になった。
一応、私にとっての送別会でもあるので、今回は剣闘士達の計らいで私はレフェリー役に収まっている。
また棒立ちになって見ているだけでいいからと、優しく剣闘士達は教えてくれた。
今回は大衆にも告知はしていない。
剣闘士達だけのお楽しみであり、剣闘士達だけの特別な送別会なのである。
剣闘場の中には十人のトップランカー達、それに対するはエア、審判は私である。
十人以外の他の剣闘士達は、エルフの青年達も含めてみんないつもは大衆達がいる場所にて観戦するようであった。
全員が真剣な目をしている。
戦闘開始の合図は、私が小さな火の玉を打ち上げてそれを『ポンッ』と弾けさせる事らしい。
見れば既に、全員の準備が出来ているようで、私は両者に軽く視線を送って今から打ち上げる事を告げてから、魔法で小さな火の玉を空へと打ち上げた。
──ポンッ!
ザッと、火の玉の弾ける音と共に、剣闘士達は全員が身構えている。
集団戦の時の様に、いきなり目にも止まらぬエアの素早い突撃に備えて、彼らはいつの間にか互いに死角を失くすような位置取りになっていた。
……見事だと私は思った。
あれならば、エアがどれだけ素早く突撃して行って意表を突き、誰かの背中を取ろうとしても直ぐに他がフォローへと入る事が出来る。
エア用に完全に対応した陣形を組み、そこへと突撃してきたエアを、カウンターで集中的に狙う作戦なのだろう。その動きには誰一人として淀みも迷いも無かった。
流石は、この街の剣闘場の上位十人に入る剣闘士達である。
──だがしかし、決してそれを読んだ居たわけではないだろうか、彼らには一つだけ大きな誤算があった。
それは今日のエアが、彼らと同じく、"本気"であるという事である。
それはつまりどういうことかというと、エアはその場で木製の短槍を構えて彼ら十人を真剣な表情で眺めて、"待って"いた。
エアは本質的に、その戦闘思考は攻撃よりも防御寄りの人物である。
集団戦の時の様に、足を使って適当に相手の隙を突いて剣を振り回すのは本来のエアの戦い方とは真逆であった。
それは奇しくも、彼らがエアの対策として持って来た戦術と同じ、『待ちと反撃』に重きを置いた立ち振る舞い。
エアは最初の位置から一歩たりとも微動だにせず、未だ真剣な表情で敵が動くのを待っていた。
その堂に入った自然な立ち姿を見て、剣闘士達は悟る事になるだろう。
自分達が思い違いをしていた事に。
集団戦の時のエアは、あれでも全力などではなかったのだと。
いっそ遊びであのレベルの動きが出来る程に、目の前に居る相手は正真正銘の"強者"であるのだと。
それに気づいた者から、彼らは武者震いをしている様にみえた。
それはつまり、あの強者と、これから戦える事に対して喜びを感じている様だ。
彼らは今から想定以上の敵と戦うという事に自然と笑みを浮かべていた。
これを喜ばずに、これを誇りと思わずに、剣闘士であると名乗れるだろうか。……いや、名乗れまいと、その表情が語っている。
剣闘士達は、自然と陣形を崩していた。
対するエアも、無邪気な微笑みを浮かべて、最初からずっと誘っている。
その表情は『どこからでもどうぞ?先手は譲るよ?』と言う言葉が、声に出さずとも聞こえてくるようだった。
──瞬間、十人の剣闘士達だけではなく観戦していた者達も全て、目をぎらつかせた。
『生意気な』と思いつつ、だがこれは行かざるを得ないだろうという楽しそうな目付きである。
俺達は戦いに誇りを持っている。
己の技とこの命に、自信を持って、全力で戦っているのだと。
その誇りが告げるままに、剣闘士達はその挑発へとあえて乗った。
そして、各々が全力をもってエアへと向かって駆け出していく。
当然、戦端を切ったのは王者であった。
彼女は誰よりも早く、エアのその意図に気付き、誰が動きだすよりも一早く、エアへと向かって飛び出していった。
そんな王者の姿を目にすると、エアは手に持つ木製の短槍に最初からずっと込めていた魔力の注入を一旦止め、その短槍を肩の高さに構えて、王者へと向け真っすぐに全力で投擲した。
大きな踏み込みと全身のバネ、集約した力の全てを魔力で包んだ一本の短槍に込めて放たれたそれは、もはや剣闘士達にとってただの投擲槍と呼べる品物ではなくなっている。
その速さと威力はエアが普段使用している物と比べれば数段は衰えているとは言え、剣闘士達全員にその投擲槍を畏怖させるには充分そうであった。
放たれた槍はほぼ瞬きする間も無く、王者の寸前へと到達し、その身体を穿たんと最も回避がし難い身体の中心部へと向かって飛んで来ている。エアの狙いは完璧だった。
だが、そこはやはり流石は王者と言うべきだろうか、完全に意表を突かれ、完全に反応が遅れたにも関わらず、長年その身に沁み込ませた技術は自然とその槍の軌道を読み取り、盾は自然とその威力を受け流そうと最適な行動をとっている。
これこそが剣闘士達であると。この練度と力を見てみろと。
まるでそう主張しているかのような、素晴らしい盾さばきであった。
……だが、一つだけそこに誤算があったとするならば、その槍には尋常でない程の魔力が込められていたことで、その威力は彼女の想像の埒外にあった、という事である。
──ドゴンッ!
結果、凡そ木製の槍と盾が打ち鳴らす音とは遥かに異質なそれを響かせ、王者の盾は一瞬で砕け散ってしまった。
ただ、王者にとって幸いだったのは、その技術の高さから衝撃をほぼ完ぺきに受け流す事に成功しており、身体へとダメージがほぼみられなかった事。
そして、盾を失ったとは言え無傷であるならば、エアが槍を失っている分、彼女達の方が有利な状況になったという事である。
その上、剣闘士達はまだ十人いる。
王者は盾を失い戦力がダウンしたが、でもそれだけだ。剣はあり、まだまだ戦える。
このまま攻めれば問題なくエアを倒せる。
──と、王者を含め、剣闘士達が全員そう思った時。
上空から飛来した何かが、エアの手の中へとすっぽり納まっていた。
「ばかな……」
王者の女性は、その瞬間、足を止めてエアの手の中にあるその"短槍"を凝視していた。
弾かれた槍が何故だか、エアの手元に戻ってきているのである。
おそらくそれは剣闘士達にとって、信じたくない光景であった。
その正しい答えを知っているのは、この場においてただ二人のみ。
使用したエア本人と私だけである。
それは、私が教えた独自の投擲系魔法【誘導】を用いた、基礎技の一つであった。
直接攻撃系統の魔法とは違い、これはちゃんと武器の内部に作用する魔法である。
言わば武器に施す身体強化の魔法と言えるだろう。
剣闘士達からしてみれば、『そんなのありか!?』と思わずにはいられない光景だろうけれど、今回の戦闘形式には何ら違反はしていない。これはエアの作戦勝ちである。
実際、投げて敵に当たるまでは純粋にエアの力のみだった。
ただ、王者に弾かれた後の槍の飛ぶ方向を少しだけ誘導し、自分の手元へと戻って来させただけなのである。
光の槍に備わっている力のただの模倣ではあったが、今ではこれをエアは自分の技術として行う事が出来るようになっていた。
これもまた、王者が盾で弾いたのと同じで、単なる技にしかすぎない。
だが、今一度その結果へと目を向けて見れば、王者は盾を失い、エアは既に次の槍を投げられるように構えている。
対する剣闘士達は、信じたくないものを一瞬目にした事で、足が止まってしまっていた。
そして、次に動き出せば、その者が確実にあの槍の攻撃を受ける事になると、誰にでもわかる。
王者だからこそ、初弾をなんとか弾く事が出来たが、次はあの攻撃が今度は自分に飛んでくるかもしれない。そう考えた時に、剣闘士達の足には少しの恐れが生まれている様に見える。
そしてそれは、盾を失ってしまった王者にも言える事であった。
恐らくは王者でも、もう次の槍は弾けない。
あの槍の攻撃は、たった一発で、ここにいる剣闘士達の動きを止めてしまったのである。
今の彼らでは見てからの回避ができるようなものでは無いのかもしれない。
ちょっとした気づき、さえあればまだ光明はあるのだけれど、果してそれに気づけるだろうか。
それに、僅かに狙いが逸れたとしても、きっとあの【誘導】の魔法で確実に当ててくると、彼らはそう察しているようにも見えた。
弾かなければ、確実に一人はやられる。当たり所が悪ければ即死するかもしれない。
王者でさえ弾く事が出来ないものを、他の誰かに出来るだろうか。
……いや、恐らく、次に動けば、まず間違いなく最初にその者が行動不能になるだろう。
そんな色々が、彼らの頭には浮かんでいるだろうか。
前へと進むには誰かを犠牲が必要であると。
そんな一瞬の空気が剣闘士達の間には流れた。
……いや、既に戦いの中でそんな事を考えさせられてしまっている時点で、不利に陥っていた。
剣闘士達は、誰かがやられた場合、他が前に出て戦う事は想定していたが、誰も倒されていない状態で、こんな風に動けない状況にさせられる事までは、想定できていなかったのであろう。
やれと言われれば出来るが、その心構えはまだ誰も出来ていないように見えた。
そもそもがこんな状況で直ぐに反応できる所まで、時間が足りずに彼らは訓練が詰められていなかったのかもしれない。
これ以上は兵士達など、連携をとる事を普段から意識してやっている者達ではないと難しい分野の話なのである。
彼らは、今回こそ十人で連携し陣形なども組んでいたが、普段はあくまでも個の強さを磨き続けた剣闘士達なのだから、こればかりはしょうがない事ではあった。
「そこまでにしておこう」
なので、私はそう声を掛ける。
突然のレフェリーからの中止に、エアも剣闘士達も完全に動きを止めた。
これは送別会なのだろう。
これから先は、無理に進めればそれこそ命掛けの試合になる。
それはそれで楽しいのかもしれないが、今はそこまでする必要はないのだ。
もう既に十分、互いの技と心は見せてもらった。楽しませて貰った。
互いに取っていい勉強にもなっただろう。
「何よりも、私達の為に密かに訓練までしてくれて、本当にありがとう」
私はそう言って、皆に向かって頭を下げた。
それと同時に剣闘士達とエアからは弛緩した空気を感じる。
残念だが、確かにここらが潮時かもしれないと、両者ともに思ったらしい。
うんうん。良い思い出を頂いた。それだけで満足なのである。
「そうだ。代わりに私から一つ、この様な場合の対処法を教えておこう──」
なので、私も頂いてばかりは悪いかと思い、私からも一つだけお返しをする事にする。
「……対処法ですか?」
「そうだ。エア、私に槍を投げてみて欲しい」
「ん?うんっ!分かった──」
「えっ!?ちょっ」
いきなり言い出した私の言葉と、エアが私に躊躇なく先ほどと全く同じ威力の槍を投擲したことで、王者や、他九人の剣闘士達、さらに観覧席に居た他の全ての剣闘士達も目を見開き驚いていた。
それも槍は先ほどとは微妙に軌道を変えてあり、完全に私の背後から身体の中心部を狙う軌道を描いている。
……なるほど、エアもやるならば彼らにとってちゃんと為になる方が良いと思ったのだろう。素晴らしいサポートであった。
そこで私は、剣闘士達の見ている前で、背後から飛翔してくる槍を──
「こうするのだ──」
と言って、槍が当たる瞬間に身体を斜に構えて狙いを外し、飛んで来た背後の槍を私は片手で掴んで受け止めた。
「──はいいいいいいいっ!?」
槍を掴んだ私に、剣闘士達は信じられないものでも見た様な顔をしているが、これは慣れれば誰でもできる事なので、驚く必要はない。……まあ、手掴みする必要はあまりなかったかもしれないが、これもまた演出である。
──ゴホン。では先ず説明すると、今回で大事なのは、狙いの外し方と受け方、そして魔力の使い方である。
エアの投げ槍は正確ではあるが、逆に正確過ぎる為、どこに飛んでくるのかが読み易いという欠点があった。
今回はそこをつければ剣闘士達ももっと簡単に回避はできただろう。
エアはもっと微妙に狙いを散らせるようになったら更に良くなると私は思った。
最初に、これからする話は、魔法を使う者や投擲武器をよく使う者によくありがちな話なのだけれど、『攻撃先を視線でずっと見ている事』がよくあるのだ。エアもまだその癖が抜けていない。
つまりは、受け手はその視線を読む事で、その攻撃がどこを狙っているのかを察する事が出来る様になるのであった。
よって、後は相手のその視線を読み取り、狙いを外したいなら着弾点から離れれば良い。
受けるならば、その着弾点の前に何か障害物でも置けばよいのだ。
この場合では、己の武器だったり、来ている服、落ちている石、魔法で出した壁などが使えるだろう。
特に今回の場合では、直接攻撃系でなければ、防御魔法の使用は大丈夫というルールなので、もっとそちらを有効に活用するべきだとも私は思った。
剣闘士だからと言って肉体強化の魔法のみではなく、もっと色々と使える魔法の種類を増やしておくことで、対応力は格段に上がるだろう。
そして、最後に魔力の使い方だが、私が槍を手掴みにした事で既にわかった者も居るとは思うけれど、槍に込められた魔力よりも、より大きな魔力で手を守っていれば、それだけでもう充分な防御魔法の代わりにはなるのである。
……まあ、効率は良くないし効果も魔法より期待はできないが、それでも魔法に苦手意識を持つ者はこの方法でも充分に良いと私は説明した。
『以上の方法は、どれも練習次第で簡単にできる様になるので頑張って欲しい』と私は告げる。
だが、その説明に彼らは一斉に固まった表情になってしまった。……はて、どうしたのだろうか?
見ると、『無理だ!簡単じゃねえ!出来るわけがねえッ!』と言いたげな表情の者ばかりである。
……いや、大丈夫なのだ。本当に出来るから、嘘じゃないから。
だが、幾ら私が言葉を尽くしても、彼らには全然信用して貰えなかった。……悲しい。
なんだか辺りの空気も全て微妙な雰囲気になってしまっている。
『旦那、遠距離の相手の視線を読むなんて、普通は無理だぞ』『そもそも彼ら槍も全く見えて無かったよね!』『無茶』『まあまあ、説明の失敗くらいは誰にだってありますよ。元気だしてください』
悲しい事に、私のアドバイスは優しくしてくれた剣闘士達の役に全く立たなかったようだ。
今までにも、自分の話がこういう風に理解して貰えない事は多々あった。
自分的には上手く説明できたつもりでいたのだけれど……いったい何がいけなかったのだろうか。
だが、そうして私が首を傾げているそんな隣で、エアだけは一人『ねっ?言ったでしょ、ロムは凄いんだからっ』と言いながら、嬉しそうに微笑むのであった。
またのお越しをお待ちしております。




