第131話 研。
古くから人は戦いに身を投じて来た。
その理由は様々で、その多くは自分が生き残る為である。
そうした戦いは基本的に命を奪うものであるが、時は過ぎ人はその技術を、その精神や肉体を、純粋に競い合わせる事に価値を見出すようになった。
どの様な種族か、性別か、能力かに関わらず、個が持つ輝きを純粋に発揮し、己の価値を試す事が出来る場。
その為に、人は『剣闘場』と言うある種の聖域を作り出した。
その場所では、『剣闘士』と呼ばれる者達が、日夜己の技と命を削り合い、磨き合って、光り輝いている。
実力をつけたいと言う想いを抱くのであれば、そこはまさにうってつけの場所であった。
エルフの青年達は冒険者として、先ず戦う力を求めた。
その為に紹介させ斡旋されてきたのがまさにここ、力を求める者達の聖域『剣闘場』である。
そこに『剣闘士見習い』として身を置く事で、戦う者達の姿を目に焼き付け、己の技術の糧とする事はとても理に適っていると言えるだろう。
エルフの青年達五人に、私とエアを合わせた計七人は、今日から『剣闘士見習い』として、働き始めた。
「おいっ、この部屋を片付けておけっ!」
「おういっ、この武器の手入れしとけっ!手を抜くなよ!」
「おいおいおい!まだ窓の隅に埃が残ってるじゃねえかよ!もう一度やり直しだっ!」
「おいお前っ!芋の皮むき一つ出来ねえのかよ!使えねえな!見た目しか取り柄がねえのかこらっ!」
「おうおうおう?その首の上に乗ってるのはなによ?頭じゃねえのか?ただの飾りか?何度も何度も同じ事言わせんなよ!この馬鹿がっ!」
「おいっ!この破れちまった服を縫っ──えっ?もう出来てるって?あっ、そ、そう?おおっ、上手いじゃないか。ありがとうな」
──ダンッ!!!
エルフの青年の一人が、『剣闘士見習い』としての初日を終えて、七人で夕食を共にしている時、怒りのままに机を激しく叩きつけた。
その顔は憤りが溜まりに溜まって今にも噴き出しそうである。
「こんなことをしていて、強くなれるわけがないッ!!」
今日は一日、剣闘士見習いとして剣闘士たちが使う設備の掃除だったり、予備の武器の手入れだったり、食事の準備の手伝いだったりと、大凡戦闘とは関係なさそうな事に終始した彼らは、不満と疲労で不機嫌極まりない状態である。……私はそんな彼らに若さを感じた。
一日中慣れない事をし続けて、叱られ続けて、時には意味が分からない事で怒鳴られまでして、それでも強くなるために必要な事だと我慢して雑用を熟していたら、結局最後まで雑用しかしなかったのである。
どこかしらで技術指導的なものがあるかと思いきや、そんな時間も余裕も全くなく、彼らのスキルアップに繋がる要素など何一つない様に思えた。
青年達は皆、こんな事をしていても強くはなれないと確信している。
それに、最初にギルドの辣腕職員に聞いていた話と全然違うので、それに対する裏切られたような気持ちが膨らみ、『あの男は俺たちを騙したんだ』と思い込んで、憤りが止まらないのだろう。
『剣闘士』と言う言葉に最初はあれほど目を輝かせていたのに、今ではその言葉に対する憧れは何処へやら、すっかりとどんよりとした光のない瞳になってしまっている。
確かに、魂の叫び後のあのギルド職員の話の振り方は巧みであった。青年達は私が気づいた時にはもう既に『剣闘士見習い』になる事の契約サインまで済ませていたのだから驚きである。
ただ、あのギルド職員は何も間違った事は言っていないのだ。
全ては彼らの勝手な思い込みである。
『剣闘士』と言う言葉から、彼らはここで自らが戦いながら、戦いを通して成長する事を勝手に想像し、勘違いしていたのではないだろうか。
だが、彼らは大事な事を忘れている。
私達はここに"冒険者"として『剣闘士見習い』をしに、来ているのだと言う事を。
つまりここの職場では、掃除、武器の手入れ、料理、衣服の修繕などが私達のメインの役割であり、戦う事は二の次というか、そもそもないのである。
それに、掃除や武器の手入れ等はどれも冒険者として覚えておいた方が良いと思われる技能ばかりであり、その為の練習場所としてここはちゃんと理に適っていると言うわけなのだ。
……因みに、怒られ続けたのは青年達だけで、私とエアは得意の『お裁縫』をずっとやっていた為、かなり有難がられている。
剣闘士が沢山居るこの場に来た事で、自らもそんな剣闘士の一人になったような気がして、錯覚してしまう気持ちは分からなくもないけれど、私達は冒険者だし現状ただの見習いと言うだけで、言わばお手伝いをしに来ているだけなのだ。
彼らはもっとちゃんと、冒険者としての自覚を持ち、弁えなければいけないと私は思う。
そもそもが、なりたての『白石』ランクの冒険者に、いきなり実戦の戦闘をさせるような事を、昔ならまだしも今のギルドはやっていない。
だから現状は、剣を振りたいのならば、休憩時間などを利用し、地道に自らで鍛錬に励むしかないのであった。
だが因みに、見習いからちゃんとした剣闘士へとランクアップする事は可能らしい。
当然、青年達も途中でその事を耳にすると、『では見習いではなく剣闘士として戦わせてくれ!』と言ったらしいのだが、いきなり頼んでもみても『はっ、芋の皮一つ満足に剥けない奴が何言っていやがる!口じゃなくて手を動かせ手をッ!』と言われて、すげなく鼻で笑われ却下されたようだ。
……ただ、彼らはいきなり成功し、成長する事にばかり目を取られがちであるが、実はその言葉一つ一つに教訓が含まれている事に、先ずはちゃんと気付かねばならない。
そもそも、芋の皮むきだって馬鹿には出来ない。
手先の器用さとは、あって損のない凄く便利な技能なのである。
それに、何事も一生懸命に集中してやってみると、意外と他の事に対しても違った見え方がするものなのだ。
芸は身を助くと言う言葉もあり、一芸をもっていれば何かと活用できる場は増えるのである。
その上、もっと大きな範囲で見ると、『物を覚える事』と言うのは『集中力』がとても大事であり、集中していれば一度聞いただけでも覚えられることが、集中していないと何度聞いても覚えられなかったりする。
それは好きな分野と、嫌いな分野で考えれば凄く分かり易いかもしれない。
尚且つ、『集中力』が高い人物と言うのは、大体が他の分野でも何かと高い能力を発揮すると言う事が少なくない。もしそれが嫌いな分野だとしても、そこそこの結果が出るのは『集中力』の影響が関係しているのだろう。
つまりは、エルフの青年達は、『たかが芋の皮むき』と馬鹿にしていたかもしれないけれど、あれも言わば、彼らの『集中力』を測るためのテストの様なものであったのだと考えれば、納得も行くのではないだろうか。
すげなく拒否されたのも、相手は理由も無しに断ったわけではないのだ。
ただ単にテストに落ちた。
つまり青年達は、『集中力』がないと判断された為に、断られたのである。
もしも、彼らが今日与えられた仕事を全て常人以上で熟して居れば、もしかしたら『剣闘士としてやらせてくれ』と言うその要求も、受け入れられていたかもしれない。
最初は怒られるかもしれない。上手くできないかもしれない。
だが、慣れる事でそれらは確実に一つずつステップアップしていける。
ただ、集中していれば、更にもっと一気に二段飛ばしで上がっていけるかもしれない。
ここは、その大事さに気づかせてくれる場であり、それを鍛えていく為の場なのである。
──と、私はいつの間にか、そんな話を彼らに語ってしまっていた。
……これは少し、口を出し過ぎたかもしれない。
本当は本人が、それに自然と気づくのが一番良いのだ……私はそれの邪魔してしまった形である。
けれど、これは彼らにとっては初めて街だし、初めての冒険者でやる、初めての現場、と言う事もあり、初めて尽くしなのは少々難儀かと思って、少し手助けをしてあげたくなってしまったのだ。
「なるほど……芋の皮むきにそんな意味があったなんて……」
ただ、彼らは人の話をちゃんと聞ける子達であり、素直でもあるので、きっかけさえあれば今後はすくすくと真直ぐに育って行けるだろう。この素直さは彼らの美徳であると私は思った。大事にして欲しい。
彼らなりに教訓を得たのか、翌日からは彼らは文句ひとつ漏らさずひたすら熱中して作業に没頭していた。
『これが俺達の第一歩になるのだ』と皆、真剣に取り組んでいるようである。
これから彼らは毎日、少しずつ変化していく事だろう。
ダメだと思った部分を修正し、より良い方に変えていける力を、その種を、今から育て始めるのだ。
それはやがて、皮むきの仕方だけではなく、自分の剣の振り方や、魔力の使い方等、その他全ての向上に活かしていける様になる。
──これは確かに、大きな意味で、『戦闘技能の向上が望める職場』であると、私も納得するのであった。
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