第13話 石。
何がとはあえて言いませんが(小声)……発売おめでとうございます。
2022・11・17、本文微修正。
「こっちは葉、こっちは根だ」
「は……ね……」
「あれは、蝦、あっちは、油、こっちは、卯、これは、麻」
「か……ゆ……う……ま……」
「そうだ。森の中では時々珍しい遭遇や発見も多い。気を付けて観察していると色々と面白い物が見つかるぞ」
彼女が薬草について興味を持ち始めた。
とはいっても薬草だけではなく、私が話した内容には今の所大体興味を持ってくれているらしい。
教える方としてはこれほどやりがいを感じる存在は居ないと感じる。彼女はいつも真剣で、常に全力だ。
「…………」
効果のある薬草は家の周辺にある『薬草畑』へと移して、そこで幾らか育成もしている。
だからよく見かけるものから珍しいものまで、それなりの種類を彼女に教える事は出来たと思う。
ただ、流石に口頭だけで採取方法や効能、どんな症状に効くのかなどを説明するだけでは味気がないと途中で思い直し、実際にそれを手に入れられる場所まで森を案内しながらそれらを教えて行く方針へと切り替えた。この森の事はそこそこ把握できているので森の歩き方はお手の物だ。
それに、この森は結構人里からは遠く離れた極地にある。なので、他の者に出会う事も滅多にない。
凶暴な動物や魔物と呼ばれる危険な生物たちも、初めてここに来た時に少しだけ本気で狩りをした為、私の家がある周辺にまでは中々やって来ないだろう。彼らも頭が悪いわけではない。
肉食系の外敵が少ないと言う事で、家の近くには比較的穏やかな生物、本来森では見かけない様な生物の姿も良く見かける。家から少し離れると、次第に野生の熊や鹿、狼なども出たりする。
魔物が出る事は少ない。家から大部離れると、漸く『石持』と呼ばれる魔物の姿が見られるようになってくる。
「いしもち?」
「そうだ。一般的には『魔石』他には『淀みの結晶』等とも呼ばれるそれらの石が、体内に発生した存在の事をそう呼ぶ」
奴等は各土地によって生じる種類が異なってくるのだが、この森だと出るのは動物のアンデット系統が多い。動く骨やゾンビ等が主だ。
そもそも大体どこの土地においても『石持』はアンデット系統以外にはあまりいない。
『石持』は大体が自然の中で死んだ生物の死骸に淀みが溜まり、それ自体が仮初めの命を得て動き出す事が殆どであるから、基本的にアンデットばかりとなる。
もしそれ以外の『石持』がいたとすれば、それは大体が『人為的』や『何かしらの要因』があってのことなので気を付けなければいけない。
「どらごんは?いしもち?」
「いや、あの羽トカゲ達は基本的に『石持』ではない。だが、あいつらは図体が無駄に大きく、力の気配に敏感な上に戦闘中は食欲が刺激されやすい生き物だ。だから、賢いやつはその限りではないのだが、結構相手をそのまま丸のみにする癖がある」
奴等はアンデット系統だろうとなんだろうと気にせず丸のみにしてしまうので、自ら淀みを体内に溜め込んでしまい、結果的に『石持』の様な状態になってしまう事もある。だからこれも『何かしらの要因』に含まれる話だ。
だいたい冒険者などに狩られる事になるドラゴンの多くは、こうした理由で『石持もどき』になり、己の自我が薄くなって凶暴化するが故に起こったりもする。
そうでなければ、わざわざ人街を襲ったりなんだり、自分から危険な相手へと戦いを挑む愚かな事を野生生物がするわけないだろう。あれはただ凶暴化して己を失っているだけに過ぎないのだと。
「だからな。一流の冒険者ならばドラゴンを魔物だなどと宣う事は絶対にしない。もしそう言う冒険者がいたとするなら、それは自らが二流であると宣伝している様なものだ。よく覚えておくと良い」
「うんっ!」
遠い昔、私がまだ冒険者として活動して居た頃は、その手の二流がうじゃうじゃと居た。
だがそれも『石持』に対する知識が少なかったからの話であり、今ではそんな事はもうない筈である。
それに前回……確か五十年ほど前に街に出た時に聞いたのは、その冒険者も今では活動の幅が広がり、狩りだけではなく他の様々な仕事にも活躍するようになっているという噂も聞いた。
多種多様な知識を覚える必要もある為、それ専用の環境施設や仕組みを作り、賢い冒険者を増やしているらしいと。また各地の冒険者協会も連携して冒険者達を手厚くサポートしているのだとか……。
「…………」
まあ約五十年前の話ではあるので、それからまた少しは変化しているとは思う。ただ少なくとも私が冒険者をしていた頃よりは間違いなく良くなっている筈だ。
これから彼女と一緒に冒険者になって活動する予定もあるので、昔との違いなども見つけながら一緒に私も楽しみたいと思う。
さて、そうこう話している内も森を探索していた訳だが……家の近場から回り、段々と遠くへ向かって薬草案内をし続け、そろそろ『石持』が出現しかねない場所へと近づいてくる。
なので私は、そこで彼女へとこんな風に訊ねてみた。
「薬草も大事だが、そろそろ使い勝手の良いものから、魔法も覚えてみるか?」
「まほう!?うんっ!!!おぼえるッ!!」
彼女の反応は良かった。即答だ。凄く嬉しそうである。
普段から体内の魔力循環を行なって居る為、彼女の魔力運用はかなりの腕前だろうと思う。
使う機会に恵まれなかった為これまでは教えて来なかったが、これをいい機会だと私は考えた。
中途半端に魔法を覚えていくよりも、最初から基礎をしっかりと固めて鍛えていくのも良いだろうと。極めた時の技量にも大きな差が出てくるのではないだろうか。最終的に習得するまでの期間も短くて済む様な気もする。
必要にならない限り、無駄なリソースは割かないし戦力の小出しもしない。
何気にこれは『冒険者』にとっても基本である。
「なにっかなっ!なにっかなっ!」
精霊の歌を覚えてしばらく経つが、最近の彼女は嬉しい時には歌のリズムに乗る癖がついて来たように思う。嬉しさのレベルに応じて毎回その時々のノリの良さは異なってくるのだが、今回のはかなりノリノリな状態である。
食事以外の欲求はあまり自分から言ってこないので気付かなかったが、もしかしたら私が考えていたよりもずっと彼女は魔法を学びたかったのかもしれない。
ただまあ、使い勝手が良い物として今回は『あれ』について教える事にしたが、はてさて気に入って貰えるだろうか……。
またのお越しをお待ちしております




